全面勝利の門番
全面勝利の門番

全面勝利の門番

 

『あ、お帰りなさい! 他の皆さんはどうでした?』

 

 硬質で無機質な巨大な扉を抜けた先。同様に特殊な金属製の通路へと出た反転者リバーサーとロコを明るい声が迎えた。

 青く長い髪を一纏めにした糸目の美青年。アッシュ・ヘテロジニアスである。

 

『アッシュ……貴方、またやられたの? いつも貴方ばかり相手が悪いから、今回は一番低い戦力のところにやったつもりだったけど』

『はい! ところでその情報っていつの情報ですか? 全然役に立ってないので今すぐ破棄した方が良いですね! 俺が戦ったヘルズガルドさん、かなり状況が限定されますけどあれはヤバイですよ。きっと門番の中で一番強いです! いつもこんなのばっかりで嫌になりますよ!』

『なら後で確認する。アッシュはいつも通り再訓練』

『勿論です。今回の敗北は学ぶことも多かった。俺はまだまだ強くなりますよ!』

 

 アッシュは帰還した二人に笑みを浮かべ、片側の手のひらに拳を当てて礼をする。
 アッシュの表情は晴れやかだったが、それを見る黒髪黒瞳前髪ぱっつん女性――――ロコは、大きなため息をついて眉を顰めた。

 

『ふぅ……アッシュは一度因果の確認をした方がいいかもしれない。戦ったら絶対負ける収束が起こっていたら可哀想』

『そう言ってやるな。今回は俺もヴァーサスに完敗している。本来の目的も達成できたか怪しいところだ。単純に門番の戦力が俺たちの予測の上を行ったと言うことだ』

『団長も駄目だったんですか? これは雲行きが怪しいですね。俺みたいに戻って来れるならいいですけど、捕まったりしてたらまずいんじゃないですか?』

『その時はその時だ。むしろ、やつらの特異点に交わることで俺たちにも恩恵があるかもしれん』

 

 反転者リバーサーは言いながら破損した因果結晶オールフェイトをロコに手渡す。すでにその立方体は輝きを失い、機能を完全に停止していた。

『それ、因果結晶オールフェイトですよね? もしかしてそれ使っても負けたんですか? なら訂正します。やっぱりヘルズガルドさんより門番ヴァーサスの方が強いです!』

『俺もまさか一方的に因果結晶オールフェイトが押し負けるとは想像していなかった。このままでは日毎に手が付けられない化け物になるだろう』

 反転者リバーサーはそう言うと、そのまま通路の奥へと歩みを進めようとする。反転者リバーサーの冷え切った青い瞳には、僅かな焦りの色が浮かんでいた。だが、その時後方から大きな声が三人にかけられた。

 

『すまない……っ! このゴッドライジン、月面での決戦に敗れ、グレートライジンキングを大破させてしまった! 俺の勇気が足りなかった!』

『お帰りなさいライジン! って、あの三十四体合神グレートライジンキングがやられたんですか? ライジンさんの相手って誰でしたっけ?』

 

 その声の主は、獅子のたてがみを思わせる逆立った黄金の髪を持つ巨躯の男。男は所々焼け焦げた外套と戦闘スーツに身を包み、心の底から申し訳ないという思いで絞り出すように声を発した。

 

『同じロボ乗りだ……っ。名はシオン・クロスレイジ……乗機はアブソリュート。シミュレートではライジンキングの状態で十分勝利できるはずだった。だがあいつは俺の想定を上回った! あいつにはネオ・アブソリュートなる奥の手があった……!』

『ほう……? それは興味深いな。アブソリュートとかいう搭乗兵器は強化などせずとも、すでに現時点の人類技術の到達点のような存在だと思っていたが』

 

 忌々しげに言葉を続けるライジンに反転者リバーサーが興味を示した。ライジンは反転者リバーサーに対しても申し訳ないと僅かに目礼すると、拳を握り締めて壁面へと叩きつける。

 

『そうだ! あいつがパワーアップするなら、俺にもまだ究極合神グレートライジンキングがある! 俺は躊躇なく三十四体合神し、死力を尽くして戦った! 最後にはお互い武装を使い果たし、月面でのグレートライジンソードと因果破断剣アブサルトゼロなどという敵ながら痺れる名前の武装での決戦になった! そして――――!』

『――――話が長い。それで負けたのでしょう。お疲れ様、ライジンも再訓練』

『ぐわーーーーッ!』

 

 無慈悲なロコの発言に、頭を抱えて絶叫するライジン。そしてその様子を見ていた反転者リバーサーはその口元に手を当て、アッシュへと目線を向けた。

 

『――――アッシュよ。これはお前の言ったとおりになるかもしれんな』

『でしょう? 団長が負けたって聞いた時に嫌な予感がしたんですよ!』

『――――アルゴナート・アライサム。ただ今帰還しました。R02も一緒です』 

 

 二人が目を見合わせたのとほぼ同時、通路に繋がる別の扉が静かな音と共に開かれ、そこから漆黒の全身甲冑を身につけた男が姿を現わす。

 

『お帰りなさい、アルゴ。貴方が戦いたがっていた門番皇帝はどうだった?』

 

 ロコはアルゴナートの姿をみとめると、見定めるようにして口を開いた。見たところアルゴナートの甲冑などには破損は無く、特に傷は負っていないように見えた。

 

『このアルゴナート、一生の不覚。 ――――我が主よ、あの男は危険すぎる。私では戦うことはできぬと判断し、R02の援護へと向かいました』

『ええ!? まさかおめおめと逃げたんですか? 普段あれだけ名誉とか恥とか言ってるのに、一騎打ちから敵前逃亡するなんて辛かったでしょうね! 心中お察ししますよ!』

『貴様……どうやら首を飛ばされたいと見えるな』

『アッシュ、止めなさい。 ――――それで、ドレスはどうだった? 強いというだけなら貴方は逃げたりしないはず』

 

 無遠慮なアッシュの物言いに怒りを見せるアルゴナート。ロコはそんな二人をなだめるように割って入ると、アルゴナートへと話の続きを促す。

 

『私が危惧したもの。それはこちらの情報の漏洩です。あの男の領域の性質は全知全能。恐らく戦えば手傷を負わせることも出来たでしょうが、万が一私が敗れ去った場合、我々の情報は余すこと無くあの男の物となっていたでしょう』

『――――そういうことか。これは人選を誤ったかもしれんな。ドレスには俺が当たるべきだった』

『わかった。R02は?』

『――――彼女は強力な障壁に囚われておりました。そこから脱出しようと自らの破損も顧みず暴れていたようです。障壁は我が剣にて両断し、彼女はすでにラボへと送り届けております』

 

 片膝をつき、深々と頭を下げて報告するアルゴナートに、反転者リバーサーとロコは理解を示したように頷く。

 次々と訪れる予想以上の報告。だが反転者《リバーサー》はそれらにもあまり驚く様子は見せず、しかし気がかりがあるとばかりに隣に立つロコへと声をかけた。

 

『――――クロガネはどうした?』

『負けて死んだなら戻ってくるはず。まだ戻ってないと言うことは――――』

『――――もしかして俺の推理、完璧に当たっちゃいましたか?』

 

 ●    ●    ●

 

 森の中にある巨大な門。そこから僅かに外れた小屋の前。

 既に日が暮れた一帯に、光り輝く領域の中で椅子に座らされ、特殊な捕縛用ロープでぐるぐる巻きにされたトレンチコートの男が一人、勢揃いした門番に囲まれていた――――。

 

「う、ううむ……さすがにこれは、この者が可哀想な気がするのだが!?」

「甘い! 甘いですよヴァーサス! 蜂蜜よりも甘いですっ! こいつは私の母と父! さらに別世界の私! その上私の大切なあなたまで根こそぎ殺して回っていたとんでもない奴の仲間なんですから! 徹底的に吐いて貰いますっ! ほらほら、美味しいカツ丼食べたかったら全部話してください!」

「クククッ! いますぐ貴様の脳髄をいじくり回してやっても良いのだぞッ! カツ丼が食べたければ大人しく知っていることを吐くのだッ!」

「あの……アツマさん。私が言うのもなんですけど、全部お話しした方が身のためだと思うんですっ!」

「今回はお手柄だったねミズハさん。そんなことしなくても、僕の皇帝領域エンペラードメインに取り込めばすぐに全部わかるよ! ハハッ!」

『……………いや、こりゃマジに参ったな。冗談抜きで人生最大のピンチだ』

 

 簀巻きにされた男の名はクロガネ・アツマ。

 かつて世界の支配者と呼ばれた存在にたった一人で抗った不屈の男だが、彼は今その長い記憶と生の中で過去最大級の危機を迎えていたのであった――――。

 

 

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