努力する門番
努力する門番

努力する門番

 

『敵性門番とエンゲージッ! 領域展開無し! 相手に不足ありと判断! これは楽勝ですね!』

「おいおいおいおいッ! 何が不足だってぇ!?」

 

 流麗な動作でゆらめくように歩法を刻むアッシュ。しかしアッシュの周囲に展開された純銀の領域は触れたものを飲み込み、跡形もなく破砕する。それはウォンの絶対領域と似ているが、本質的に異なるアッシュの闘技だ。

 

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『アッシュ・ヘテロジニアス』
 種族:人間
 レベル:16400
 特徴:
 青く長い髪を後方で一つに纏め、清潔感ある身だしなみの好青年。
 はきはきとした口調だが、その内容は相手への配慮にやや欠ける。
 領域操作の能力に非常に長けており、その技術は最早絶人の域。
 非常に初期の次元で最強に王手をかけた人物。
 しかし次元喰いラカルムによってその可能性が消滅。ある人物に救われた。

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 侮るような言葉を発したアッシュに、ヘルズガルドは狂相を歪め、身を屈めた体勢から一瞬でトップスピードへ、アッシュの領域を恐れもせずに突撃する。 

 

『貴方のことですよ! 高次元戦闘能力を持たない貴方では、この俺には触れることすら――――』

「死ねッ!」

『――――出来ないッ!』

 

 ヘルズガルドの大剣が振り下ろされると同時、アッシュの領域が前に出る。ヘルズガルドの斬撃は並の速度ではない。恐らくその剣技だけならばドレスやヴァーサスにも匹敵する。しかしアッシュの闘技はすでにそういった次元の話ではなくなっているのだ。

 

「――――チッ!?」

『寸前で躱しましたか、いい読みです! 動きも素晴らしい! どうやら良く鍛えているようですね! とても立派ですよ!』

 

 ヘルズガルドは咄嗟にその振り下ろした大剣を止め、大剣が持つ重量を利用して空中で全身をねじるように回転、迫り来るアッシュの領域を回避した。ヘルズガルドが首に巻くマフラーの端が純銀の領域に巻き込まれ、跡形もなく消失する。

 

「めんどくせぇ……あのクソジジイと同じような技を使いやがって……」

『ほほう!? 俺と同じような領域の使い手がこの世界にはいるんですか! それはぜひ一度お手合わせ願いたいですね。これは急いで貴方たちを片付けないといけなくなりましたっ!』

 

 ヘルズガルドは捻った状態で崩壊しつつある地面へと着地すると、即座にアッシュとその銀色の領域から距離を取る。アッシュは感心したようにヘルズガルドに笑みを浮かべると、そのまま追撃とばかりにヘルズガルドを遙かに上回る速度で加速した。

 

「クソがッ! 速すぎんだろッ!?」

『なんなら武装領域を収めて戦っても良いんですよ! 体術だけでお相手しても、俺は貴方より遙かに上ですけどね!』

「――――舐めんじゃねぇッ!」

 

 アッシュの身のこなし、それはヘルズガルドの想像の遙か上をいった。彼が今まで刃を交えた中で最強の相手、それは門番皇帝ドレスだろう。しかし今対峙するこのアッシュという男の力量は、ヘルズガルドが知るドレスのそれを確実に上回っていた。

 ヘルズガルドは大剣を片手で振り回しながら跳躍。礼拝堂の壁面から壁面、そのまま直上の高い空間へと飛翔すると、片手で即座に印を結び、眼前に巨大な魔力弾を複数展開。アッシュめがけて撃ち放つ。

 

「剣が駄目なら魔法で行くぜッ!」

『これは高次領域のエネルギーですね? よく練り上げられている! ですが――――』

 

 しかしアッシュ、ヘルズガルドの放った破壊の魔力塊へと躊躇せず突貫。周囲の建造物と同様、アッシュの領域に触れた魔弾は容易くかき消え、頭上のヘルズガルドめがけてその領域で刃を形成、なぎ払うようにして一閃する。

 

「ガアアアッ! くっそがああああ! めちゃくちゃやりやがるッ!」

『これも避けますか! 貴方、鍛錬だけでなく相当な死線を潜ってきているようだ。俺の領域などほとんど察知できていないだろうに、ここまで反応できるとは!』

 

 アッシュの横薙ぎ一閃。それは礼拝堂の天井を一点の隙間なく完全に両断する。それだけではない。その先にあった神殿の尖塔もまた巻き添えを食らって破断され、凄まじい破砕音と共に聖域に破壊の渦を巻き起こした。

 ヘルズガルドはまたもや生き延びた。彼に領域を認識することはできないが、寸前に放っていた魔弾の閃光がアッシュの手刀に合わせて切り裂かれていくのを見たのだ。ヘルズガルドは天性の戦闘勘でその軌道に自らの死を感じ取り、アッシュの領域を辛くも回避した。

 

『見事です! 指示がなければ連れて帰って直々に鍛えてあげたいくらいですよ! 俺が見たところ、貴方のソレ、全部我流ですね? 残念ですけど、我流ではそこが限界です!』

「ぺらぺらぺらぺら……良く喋る奴だぜ……! いいんだよ俺は! 今のままでも十分つええんだからな! 修行だの鍛錬だの、めんどくせぇったらねぇぜ!」

『嘘が下手ですね! 貴方は才能ではなく努力と鍛錬でそこまで到達したはずだ! 今までそういう人は何人も見てきました! 本当は修行大好き、鍛錬大好きなんでしょう!?』

「んなわけあるか! 死ねッ!」

 

 崩落を続ける礼拝堂の壁面を走り抜け、飛びすさり、さらにはそれを盾として縦横無尽に空間を駆け抜けるヘルズガルド。粉塵を目くらましに、アッシュの死角となる位置から丁寧に魔弾を連射する。

 しかし、そもそもアッシュの領域に死角など存在しない。

 ウォンの絶対領域とその特性は異なるものの、低次元の事象から自身を切り離すということにおいてはアッシュの武装領域も同質だ。ヘルズガルドがアッシュの領域に届きうる攻撃手段を持ち合わせていない以上、なにをやっても徒労に過ぎない。

 ――――焦るヘルズガルド。アッシュの言う通り、それは絶望的な力量差だった。

 ヘルズガルドはアッシュが見抜いた通り、努力と鍛錬で今の戦闘力を身につけた男だ。剣技も、体術も、魔術も、メルトを守ることに役立ちそうなものは全て見よう見まねで覚え、自分なりに研鑽を重ねた。それを一日たりとも欠かしたことは無い。並のヒーラーなど足下にも及ばぬほどの治療術すら身につけているのだ。

 ある意味、ヘルズガルドは並の人間が努力で至ることのできる境地の到達点だった。しかし生死をかけた戦いの場において、それまでの努力などなんの意味も成さない。あるのはただ、対峙した相手よりも強いか、弱いか。それだけである。

 

『そろそろ終わりにしますよ! 閃! 円天!』

「なっ!?」

 

 瞬間、閃光があたりの粉塵全てを消し飛ばした。

 油断はなかった。崩落を続ける壁面に身を隠しながら、アッシュの視線と体術の軌道上を緻密に避けて動いていたはずだった。

 ヘルズガルドの大剣がその半ばから消失していた。そして――――。

 

「クラウス――――っ!?」

「がっ……! く……そがぁっ!」

 

 メルトが悲痛な叫びを上げた。

 ヘルズガルドの大剣を持った右腕。その右腕が肩口まで完全に消滅していたのだ。

 まるでこの世で最も切れ味鋭い刃物で切断されたような断面。数秒の間流血すら発生しないほどの凄絶な威力。

 しかし高速機動中だったヘルズガルドはその一撃で全身のバランスを崩し空中で錐もみに回転。無様に壁面へと激突すると、そのまま地面へと落下した。

 

『今のも回避しようとしていましたね? ――――やはり普段の鍛錬は裏切らない。俺も貴方を見習って、これからも日々鍛錬を続けます! 初心を思い出させてくれて感謝しますよ!』

「ち……くしょう……っ!」

 

 並の人間ならその出血量でショック死に至るほどの流血を見せるヘルズガルド。

 自らの鮮血と崩れた泥の混ざり合ったぬかるみでもがくヘルズガルドの前に、無慈悲な笑みを浮かべながらアッシュが一歩一歩近づいていく。

 

『――――どうやらもう一人の女性はさしたる戦闘力もないようですし、これでこの場での任務は終わりですね。ではさようなら!』

 

 アッシュの破砕の領域がヘルズガルドに迫る。

 だがしかし、その領域を見つめるヘルズガルドに恐怖はなかった。自分が長年共に過ごした相棒が、自分に再び戦う力を与えてくれることを、ヘルズガルドは確信していたからだ。

 

――――ねぇ、この世界が夕闇に暮れるとき。私は貴方の傍に居る――――

 

 歌が。

 歌が、響き渡った――――。

 

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