昔を語る門番
昔を語る門番

昔を語る門番

 

「ヴァーハッハッハ! めでたい! 実にめでたい! 俺はとっくに貴様ら二人は夫婦だと思っていたが、まだだったとはな! ヴァッハッハ!」

 

 まるで落雷にも似た大きな笑い声が夜の森に響き渡る。

 リドルとヴァーサスの結婚式から一ヶ月ほど経った頃。ヴァーサス結婚の噂を聞きつけたウォンが、二人の家を突如として訪問したのだ。

 今、二人の小屋の前にはリドルとヴァーサス、そして黒姫が、突然山のような祝いの品を持って現れたウォンと夕暮れの光の中で談笑していた。

 

「いやはや、いきなりで少し驚きましたけど、わざわざこんなところまで来て頂いてありがとうございます。それにこんなに色々頂いてしまって……」

「うむ! こうして色々頂いておいてなんだが、こんなに沢山の物を置いておく場所は家にはないぞ!」

「案ずるなヴァーサスよ。一旦これらの品々は我が屋敷の中に運び込んでおけばよい! 貰えるものは全て貰っておくのだ!」

「なに、気にするな! 祝いの品は相手が困るほど渡せというのが俺の流儀よ! しかし貴様ら、さすがにこの家は今後のことを考えると少し狭いのではないか? 二人だけならともかくとして、どうせすぐに子も生まれよう!」

 

 二人の住む小屋の中に一度入ろうとしたウォンだったが、そのあまりの狭さを見て鼻を鳴らし、引き下がった。上にも横にも大きなウォンの体は、そもそも二人の家のドアすら通り抜けられるか怪しい有様である。

 ウォンはそのまま自らが持ち込んだ山のような祝いの品々の中から適当な椅子とテーブルを引っ張り出すと、そのまま地面へと置いたそれの上にどっかと座り込む。そしてやはり自らが二人を祝う名目で持ち込んだ高価な酒をいくつか取り出すと、なんの躊躇もせずにぐびぐびと自らの胃袋に流し込んでいく。

 

「ヴァーーー! 美味いッ! 俺が選んだだけはある。見事な味わいよ!」

「ひええ……一人でいきなりやってきて、自分が持ってきた物で勝手に宴会始めちゃいましたよこの人!」

「はっは! いいではないかリドル。きっとこれがウォン殿なりの祝い方なのだろう! あまり酒に強い方ではないが、俺も頂くとしよう!」

 

 ヴァーサスはそう言うと、一度家の中へと入って自分の椅子と愛用のマグカップを家の外へと持ち出し、ウォンが使う大きなテーブルの前に自分も座った。

 ウォンはそんなヴァーサスにも酒を注ぐと、満面の笑みで何度も頷いた。どうやら相当に上機嫌のようだ。

 

「おう! 貴様も飲めヴァーサスよ! 今日の俺は実に気分がいい。数十年前、俺とクルセイダスが共にいた頃では考えられぬような力強い者たちが後から後から沸いて来る! 貴様もその一人だ!」

「そういえばウォン殿はクルセイダスと旧知なのであったな! 俺はクルセイダスを目標としているのだ! もし良ければその頃の話を聞かせてはくれないだろうか?」

「あ! それなら私も聞きたいです! ぜひぜひ!」

「私にも話すのだ! 詳細に! 全てを!」

 

 クルセイダスという名がウォンの口から出たことで、ヴァーサスも二人のリドルも一斉にその話に食いついた。リドルと黒姫は即座に座標転移でその場へと椅子を出現させると、ヴァーサスを挟むようにして左右に座った。

 

「いいだろう。俺も奴との話は信頼の置けぬ相手にはせぬとしているが、貴様らならば問題なかろう。いや、むしろ知っておくべきだ。奴が……俺が唯一この世で俺より強いと認めた男が、この世界で何を成して逝ったのかを――――」

 ウォンはそう言うと、どこか寂しさと懐かしさ。そして暖かさを感じさせる笑みを浮かべ、自らの背から下ろされた大太刀へと静かに手を添えた――――。

 

 ●    ●    ●

 

「――――ドオオオオリャアッ!」

 

 凄まじい衝撃波と、それに伴う烈風が巻き起こった。

 それは紛う事なき破壊の渦だった。

 周囲をぐるりと囲む壮麗だが禍々しい様相の構造物が衝撃に耐えきれず崩落し、崩れた先にたむろする無数の魔物達を無慈悲に押し潰していく。 

 

『きさまは、人間なのか……ッ!? あらゆる魔物の頂点と恐れられた、この我が……!』

「ハッ! てめぇ如きが頂点? 魔物が哀れすぎて泣けてくるなぁ!」

 

 そしてその破壊の渦の中心点。そこには見上げるほどの巨躯を誇る化け物と、その化け物の中央に位置する剥き出しの眼球を素手で穿ち抜く巨躯の男が居た。

 男の突き出した拳は深々と怪物の眼球を抉り、紫色の体液をその場にまき散らした。男はその盛大に吹き出す体液を浴びて――――いなかった。

 吹き出された体液は男の体表から僅かに離れた場所で蒸発するようにかき消えていた。それはよく見なければわからないことだったが、至近距離で大量の液体に触れているはずのその肉体は、不自然に全く汚れていなかったのだ。

 

「オラオラオラァ! ちったぁ頂点らしいとこ見せてくださいよぉ~? それともこれで終わりかぁ!? エエッ!? どうなんだオラァ!」

『ガアア! こんな生命体が、こんな怪物がこの世に存在するわけがない……!』

「へぇ……そうかい? ならてめぇの勉強不足だな。俺は……ここにいる――――ッ!」

『アアアアアアーーーー!』

 

 男がその拳に力を込める。

 瞬間、天まで届こうかという柱状の肉体を持った化け物は、その全身から膨大な閃光を溢れさせ、男の突き入れた拳部分を始点としてその存在を保てずに消滅していく。

 濁った体液も、禍々しい肉も、それら全ては跡形もなく消え去った。まるでその化け物自体が最初から存在していなかったかのように――――。

 

「チッ! クズが、泣けるのは俺の方だ! こんなクソ田舎まで来たってのに、結局最後まで雑魚雑魚雑魚だ! おいてめぇ! お前こんな雑魚の山に俺を呼びやがってどういうつもりだ!?」

 

 ゆらりと――――不自然な程の穏やかさで地面へと立ち、悪態をつく巨躯の男。

 男の歳はまだ二十歳前後だろうか。赤褐色の燃えるような肌と、逆立った黒い髪。その肌と似た赤銅色の狂暴な瞳は未だに爛々と輝いていた。

 男は瓦礫の山となった周囲の廃墟へと何事かを呼びかける。戦いが終わり、静まりかえったその場に、男の声だけが虚しく響き渡った。

 

「おいッ!? まさか死んじゃいねぇよなぁ!? なんでお前はいっつも俺が待ってろって言ってんのに着いてくんだよ!? おいっ! 返事しろこらッ!」

「う、ううむ……な、なんとか生きているぞ……危うく死にかけたがな!」

 

 業を煮やして怒鳴りつける男。するとしばらくの間を置いて、廃墟の一番端に位置する岩壁がゆっくりと動き、その下から埃にまみれた全身甲冑の男が姿を現わした。

 

「だから待ってろって言ってんだろうが! 本当に死にてぇのかお前は!?」

「はっはっ……ゲホッ! ゴホッ……! う……うむ! 大丈夫だ。俺は死にはしない! 今もこうして生きている! 今回も街を脅かす凶悪な魔物を倒すことができた、全てウォンのお陰だ! 感謝する!」

「駄目だなこいつ……完全に頭がいかれてやがる。そんなんじゃお前の大好きな門もいつか守れなくなっちまうぞ?」
 

 

 巨躯の青年――――ウォンが、気だるげに首と肩をぐるぐると回して全身甲冑の男へと歩み寄る。呆れたような口調だったが、ウォンの顔には先ほどまでの狂暴なものではなく、明らかな信頼から来る笑みが浮かんでいた。

 

「俺はお前を門番にするまで死にはしないぞ! ウォンよ、門番はいいぞ! 門番は最高だ! お前も門番になれ! 俺と一緒に毎日門を守るのだ!」

「なるか馬鹿ッ! 誰が好き好んで人前で一日中へこへこにこにこ突っ立ってないといけねぇんだよ! いい加減諦めろ!」

 

 全身甲冑の男は目の前のウォンの肩へと気軽く手を置くと、その兜のバイザーを上げ、隠れていた素顔をウォンへと向ける。

 黒い髪と黒い瞳。歳もまだウォンと同年代だろう。その青年は、瞳の奥に決して消えることの無い希望と、どこか全てを見通しているような底知れなさを宿していた。

 

「いいや、俺は諦めないぞ! このクルセイダス、力は無いが諦めの悪さだけは世界一だという自信がある! ウォンよ、お前は必ずこの俺が立派な門番にしてみせる! ハッハッハ!」

「だからならねーーっての!」

 

 全身甲冑の男――――クルセイダスはそう言うと、満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。それを受けたウォンはやれやれという風に首を振ってため息をつくが、彼の表情に嫌がるような様子は少しも無かった。

 クルセイダスとウォン。

 二人はこうして、もう十年も同じやり取りを続けていたのであった――――。
 

 

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