いつか倒されていた門番
いつか倒されていた門番

いつか倒されていた門番

 

 漆黒の闇。

 そして、その闇の中に浮かぶ無数の星々――――。

 どこまでも広がる虚無の中、元は美しい星だったが、想像を絶する破壊に晒され無残な岩塊と成り果てた岩の上。

 今、その岩の上に立つ二つの人影があった――――。

 

『さすがだな……あの深淵を除けば、やはりあらゆる次元でお前に勝る強者は存在しないだろう』

「ハァ……ハァ……ク、クハハッ……! どうやら、すでに俺に勝った気でいるようだ…………舐めてもらっては困る……ッ」

 

 相対する二つの影。

 一方は灰褐色のローブにすっぽりと全身を包んだ長身の男。そしてもう一方は、赤褐色の肌に二メートルを超える巨体。白髪混じりの黒髪を逆立てた巨躯の男――――ウォン・ウーだった。

 

『俺はお前を舐めてなどいない。むしろその逆だ。俺はお前を最大の脅威と見なしている。あらゆる平行次元において、俺はお前をもっとも警戒していた。深淵以外に俺の目的を阻む力を持つ者がいるとすれば、お前だけだったからな』

 

 ローブの男は淡々とした口調でそう言った。

 ウォンは男のその言葉に口腔から鮮血混じりの唾を吐き出すと、再び全身に力を漲らせ、雷光の放射を伴った絶対領域を展開する。

 

「不本意だな……。正面からのぶつかり合いで敗れることこそ俺の本懐であったが、まさか貴様のような詐術使いにこうもいいようにやられるとは……。最強などと持て囃され、ろくな好敵手もおらぬうちに、俺も慢心していたか」

『心中察しよう。俺もいい加減……この世に飽いている』

「ならば――――ッ! 手負いの最強の力、とくと見るがいいッ!」

 

 ウォンが叫び、狂暴な笑みを浮かべる。それと同時、ウォンの発した領域が空間を歪め、その傷ついた全身から滾るような鮮血を迸らせる。

 迸る雷光はウォンの巨体を足下の岩塊からゆっくりと浮遊させ、周辺に浮かぶ細かな砂粒をさらに細かく打ち砕いていく。

 本来であればウォンの肉体周辺のみを球状に覆う絶対領域がその範囲を大幅に拡大し、相対するローブの男を飲み込まんと、立ち塞がる全てを因果地平の彼方に消し去りながら迫った。

 これこそがウォンの絶対領域の正体。

 ウォンはあらゆる因果を自身の周辺で断ち切るまでに自身のエゴを強化した、知性ある存在の究極の到達点だった。

 彼の絶対領域に触れれば、全てはその存在自体が抹消され、消滅する。ウォンに触れたという因果自体が消えて無くなるのだ。

 あらゆる因果の侵入を防ぎ、逆に触れた相手の因果を打ち砕く。それはまさに暴力と暴威を極めたウォンだけが持つ、絶対不可侵のエゴの塊。それが今、全てを飲み込む因果滅殺の渦となった。だが――――。

 

『凄まじい力だ。しかしそれも既に何度か見ている。故に、手は打った』

「――――ッ!?」

 

 ローブの男がゆっくりと手をかざす。

 瞬間、男に迫っていたウォンの絶対領域が跡形も無く霧散した。

 ウォンがたたらを踏み、三歩後方へ下がる。

 そして、その巨体はゆっくりと沈み、地面を震わせて片膝を突いた。

 

『――――それが全殺しの槍キルゼムオールだ。俺の自信作なのだが、それでも一つではお前の領域は穿てないので、七つ必要になる。初戦の際には驚かされたものだ』

「ガ……ッ! 無念……だな……喰い、足りぬわ……――――」

 

 どこから現れたのか。気づけばウォンのその巨体に、全方位から七つの槍が突き刺さっていた。それらは全て因果破壊の力を持つ破滅の槍。

 七つもの全殺しの槍キルゼムオールにその全身を刺し貫かれながら、ウォンは片膝を突いたままの姿勢で最期の息を吐くと、そのまま跡形もなく消滅した――――。

『――――さらばだ、最強よ。その名はお前が持ったままでいるがいい。俺はそんな肩書きに興味は無い』

 

 ローブの男が岩塊の上で呟く。

 かつて、美しい青い星だったその岩塊には最早なにも残っていない。星の最後の生き残りだった最強の男も、たった今潰えた。男を阻む者は、最早誰もいなかった。

 

『――あなたはいつだって間違えない。今回もそう。だから私たちもついて行く』

『――ああ。随分と待たせたが、これでようやく俺たちの旅が始まる』

 

 その声は男のすぐ隣から。ローブの男は振り向くこともせず、しかし確かな信頼を込めてその透き通った女性の声に応じた。

 

『――――ったく、安心するのはまだ早いだろうが。ここまで来て万が一ラカルムに見つかったらどうする? お前は確かにとんでもない化け物だが、いつも詰めが甘い。そこんとこ、よーっく覚えておけよ?』

『詰めが甘いからこそ俺たちが支えるんですよ。あなたの夢は、俺たちの夢ですから!』

『おいおい、俺の詰めが甘いという部分は否定してくれないのか?』

『アハハハ! でもでも、そこが可愛いところじゃーん! ねぇねぇ! 早く行こうよ! 私もう我慢できない! 早く門の先に行こーっ! 楽しみだなぁ! どんなところなんだろうね!?』

 

 気がつけば、ローブの男の周囲にはいつの間にか人影が増えていた。

 彼らは皆、男を中心として笑みを浮かべ、これから先に待つ未来に想いを馳せていた――。

 

 ――――それは、もはや思い出すこともできぬ時空と可能性の過去。

 男がまだ、反転者リバーサーと名乗るようになる前の景色。

 魔王と門番。因果の収束に挑んだ二人によって完全に消え去ったエントロピー。

 もはや、あらゆる次元で誰も見ることのない、失われた記憶だった――――。

 

 

 門番VS 第四部 門番と反転する意志――――開戦。

 

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