皇帝領域。
それは門番皇帝ドレスが発現させた、全殺しの剣と全防御の盾の新たなる力。
元々、ヴァーサスの持つ全反射の盾とドレスの全防御の盾は、エルシエルが対反転者を想定し、因果の流れをせき止めて封殺するために造り上げた因果律兵器だった。
ヴァーサスはその力をそのまま盾として極限まで進化させたが、ドレスは違う。
ドレスは全防御の盾本来の目的である、領域封鎖の力を限界まで高め、自身の確立されたエゴと願いを乗せてこの全能の空間を創りだした。そして、ドレスが所持するもう一つの因果律兵器である全殺しの剣は――――。
「安心して。僕はもう君を傷つけたりしない――――エアから聞いたよ。君はあの戦いのとき、ヴァーサスが怖くなって隠れていたんだろう? つまり、君はもう闘うつもりはなかったんだ」
『あ……アレ……ワタシ……私は……?』
どこまでも広がる穏やかな蒼穹の狭間。
椅子に腰掛けたドレスは用意したグラスにミルクを注ぐと、テーブルを挟んで向かいに側で呆然と佇む名も無き神の残響に優しく語りかけた。
「君は僕が守る。本当の君をおかしくさせているその領域は、ここで僕が断ち切る」
『ア……音が……音が聞こえ……私は………私を……』
『アアアアア――――いけません。それ以上その者の音に耳を傾けてはいけません――――わかりませんか? ならば――――』
瞬間、名も無き神の像がぶれる。
兎のような長い耳を持つ金属質の像と、門番たちと死闘を演じた不気味な赤子の像。その二つに――――。
「あ……私は……ここは……?」
『アアア――――な、なぜ――――私が――――この者から、離れ――――!?』
「うん。ちゃんと別れたね。一応、僕のポリシー的にはそっちの君も助けてあげたい所なんだけど――――」
刹那、ドレスがその場から姿を消す。
名も無き神の支配から逃れた小さな神が、暖かな光に保護されてその場から消える。
困惑し、驚愕するのはその領域に残された名も無き神だ。
二人が消えると同時に、先ほどまで波一つ立っていなかった穏やかな蒼穹の光景が、まるで灼熱の溶岩帯に設けられた処刑場を思わせる地獄へと変わった。
「うーん……やっぱり今の僕じゃまだ君を助けるのは難しいね。これからの課題かな? というわけで、君とはここでお別れだ――――」
『ア――――アアアアア――――!』
声は上空。
つい数秒前までは暖かな輝きを灯していた天上の光が深紅に染まる。その紅を背景に、まるで神が如き後光を放ち滞空する門番皇帝ドレス。
ドレスが背に纏う純銀の閃光が、一つ一つその輪郭を確定させる。
それは、無数の墓地を思わせる閃光の十字架。
十字架は整然とした列をなし、何重、何百重もの隊列を組んで名も無き神が見る天上全てを埋め尽くした。その数はもはや万を超え、地平線の彼方まで並列する。
「もし次があるなら、その時は必ず君も守れるようになっておくよ。大丈夫……僕はもう二度とそうなることを諦めない」
『アアアアアアアア!』
光。ただ光だけがその領域に満ちた。
並列した十字架、その全てから全殺しの剣が持つ因果破壊の一撃が、光芒となって名も無き神めがけて降り注ぐ。
光はドレスの創りだした領域全てを余すこと無く照らした。
今、この次元における絶対的支配者の命により、審判は下された。
名も無き神の残響は死んだ。
その音は今度こそ跡形も無く消え去り、二度と響くことはなかった――。
「これが――――門番の力だよ」
門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。
皇帝領域の絶対的支配者は静かに、厳かに、戦いの集結を宣言したのであった――――。