盛大な歓迎を終え、第十三層の各部門長からの報告も確認したドレス一行。今、彼らは第十三層の中でも最も深いエリアにやってきていた。
「――――また来るね、父さん」
無数の見慣れないガラクタの山の前で、静かに膝を突き祈りを捧げるように暫し黙祷するドレス。
彼の父――――父と言っても勿論血のつながりはないが、ともかくドレスにとっての父は変わった人物だった。毎日のように遺跡からガラクタを拾い集め、何かを探していた。
来る日も来る日も。ドレスを背中に背負いながら――――。
ただでさえ危険だった当時の十三層でそんなことをすれば、当然長生きはできない。ドレスの父も最後には、そのガラクタの中から現れた魔物のようなものに襲われて命を落とした。死の間際に見つけ出した、二つの武具を幼いドレスに託して――――。
「――――お待たせ。二人ともありがとう」
黙祷を終えたドレスはゆっくりと立ち上がり、後方に控えていたカムイとユキレイに向き直る。
「お父さんとお話できた……?」
神妙な表情でドレスに尋ねるカムイ。こう見えて意外と信心深いカムイは、ドレスが本当に亡き父と対話していると勝手に信じこんでいた。勿論、ドレスにそんな力は無い。
「ははっ! 今日は少し怒っていたかもね。この前の戦いで、父さんの形見を壊してしまったから」
「全殺しの剣と全防御の盾の破損についてですね。この件については、帝国研究部門の総力を挙げて調査中です」
「ありがとう。でも、エアの話ではそうそう簡単に直せる感じじゃなさそうだったよ。あの創造神レゴスの力でも無理だったんだからね」
そう言って腰に備えられた聖剣の柄に手をかけるドレス。
こうして持ち歩いてはいるものの、現在彼の腰にぶら下がる聖剣はその力の殆どを失い、見るも無惨に大きく刃こぼれした姿のままだ。
神々との戦い、そして最後に出現した特異点――名も無き神との戦いで、ドレスの持つ全殺しの剣と全防御の盾は大きく破壊されていた。
全てが終わった後に考えを改め、せめてもの罪滅ぼしとして戦いで受けた傷や損傷を治癒してくれた創造神レゴスの力でも、ドレスの持つ二つの狭間の武具を修復することはできなかった。
ミズハが持つ二刀一対の守護刀、双蓮華がなんの問題も無く完全に復活したことを考えると、やはり狭間の武具の特異性が際立つ。
「でもヴァーサスが持ってた槍だってあのときに壊れてたじゃない。なのになんであいつのはしれっと直ってたの?」
「カムイ、ヴァーサスの全殺しの槍と全反射の盾は誰かに直して貰ったんじゃない。あれはヴァーサスが自力で直したんだ――――そもそも、僕とヴァーサスが持つこの武具は、今こそこういう形として目に見えているけど、本当の姿は概念や領域と呼ばれる不定形な姿なんだ。僕も全防御の盾に聞いただけだから、なんとなくの理解だけどね」
「なにそれ? さっぱりわかんない!」
「……ヴァーサス様は一度破壊されたその不定形の力を、自らの強固な意志で再構築した――――そのような理解で宜しいでしょうか?」
「さすがだねユキレイ。その通りだよ。しかも、僕が知っている武具の力なんて足下にも及ばないほどの、とんでもない姿と力に進化させてね――」
ドレスの脳裏に、あの戦いで最後に見たヴァーサスの姿が浮かび上がる。
次元超越者ファイナル門番ヴァーサス――――。
冗談か本気かは全くわからないが、当のヴァーサス本人と彼を守護する二人の門の支配者がキャッキャとそう呼んでいた究極の存在――。
天帝ウォンと相対したときにも、あの名も無き神と相対したときにも感じることのなかった、一目でわかるあまりにも隔絶した力量差。ヴァーサスにはすぐに自分も追いついてみせるなどと言って見せたが、実のところ今のドレスにはそのきっかけすら掴めていなかった。
しかもヴァーサスはあの力を大迷宮の地下で自分と闘った時には既に使えたのだ。もしあの場でヴァーサスがあの力を使っていればあの様な拮抗した戦いにはならず、それこそ一瞬で勝負はついていただろう。あまりの力の差に、立ち向かうことが出来たかすら怪しかった。
「ヴァーサスはあの力を、『コツを掴んだら出来た』と言っていたけど……正直僕にはさっぱりだよ。今回ばかりは流石に少しへこんでいるんだ」
「はいはい! 実は私、ドレスがそう言うかなと思って彼の恋人のリドルさんにこっそり聞いておいたの! 横で聞いててもあのヴァーサスの説明じゃ全然わからなかったし」
「ほう。カムイにしては珍しく気が利きましたね。それで、その方はなんと仰っていたんです?」
「むふふ……それが実は――――愛の力なんだって!」
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それは、あの神々との戦いが終わった後の祝勝会でのこと――――。
「――――なんとっ!? この私にヴァーサスの全殺しの槍がパワーアップした経緯を聞きたいと? いやー、さすがカムイさん! 上位門番の方は目の付け所が違いますねぇ!」
「ほら、ドレスってなんでもヴァーサスと張り合おうとするでしょ? どうせ自分もあれ使えるようになりたい! ってすぐに言い出すと思うの!」
「ふむふむ、それはたしかに! そういうことでしたら、私も余すこと無く全部お教えしましょう! そう、あれは私とヴァーサスがまだ出会ってすぐの頃でした――――」
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「――――そこからむちゃくちゃ長かったわ! でも、私もドレスに『君の門番だ……(キラッキラッ)』って言われたーーーーい! 羨ましいーーーー! しかもリドルさん、その時に初めてヴァーサスのことが好きかもって自覚したんですって! キャーーーー! 私もそんな体験したいー! ってわけでドレス、私たちもあの二人みたいになれば、ヴァーサスと同じ強さになれるってわけよ! わかった!?」
「あははははっ! とても面白い話だったよ! そうかい、あのヴァーサスがリドルさんにそんなことをね……どうやら強さだけじゃなく、心も色々と成長していたんだね」
「いえ、真に重要なのはそこではないかと。その際にヴァーサス様とリドル様が相対していた相手――――そのラカルムという方が強大な試練としてお二人の前に立ちはだかり、それでも死力を尽くして乗り越えたということの方が重要なのでは?」
十三層の最深部からプラットフォームへと戻る道すがら、未だ光の拡散が間に合わぬ薄暗い通路の中を進む三人。
リドルの話を思い出して身悶えするカムイを尻目に、ユキレイは極めて真剣な眼差しをドレスに向けると、足を止め、周囲に誰も居ないことを確認する。
「陛下――いえ、ドレス。僭越ながらこのユキレイ、友として君に苦言を呈したい。かまいませんね?」
「ああ。遠慮無く言ってくれて構わない」
ユキレイのその言葉に、迷い無く頷くドレス。ユキレイはその言葉に自らも頷くと、かけていた眼鏡を外し、口を開いた。
「――はっきり言って今のお前は見るに堪えない。口ではヴァーサスに並ぶ、追い越すと言いながら、お前はすでにそれを諦めている。違うか?」
「…………」
「ちょ、ちょっとユキレイ……っ! 大丈夫よドレス! 私とアレとかコレとか色々すればきっと…………」
「いや、いいんだカムイ」
「――いいかドレス。お前は今まで、一度やると口にしたことは全て実現させてきた。お前の力はこの程度ではないだろう? ――――俺を失望させるな、ドレス」
ユキレイは言い終わると、再び眼鏡をかけてドレスに深々と頭を下げた。
ドレスはバツが悪そうにその美しい銀髪をかきあげ、ため息をついて頷く。
「ふぅ……ユキレイ。君は本当にいつも容赦が無いね。さっき僕も自分でへこんでるって言ってたのに、そこを更に叩いてくるなんて」
「そうよそうよ! この鬼畜メガネ!」
「大変失礼いたしました。これが私の性分でして……」
「いや、君の言うとおりだ。諦めるのは僕らしくない。たとえ今はうまく行かなくても、いつか――――」
悪びれる様子も見せずにドレスに目礼するユキレイに、ドレスは笑みを浮かべて自身の心中を認めた。だが、決意も新たに一行が歩みを進めようとしたそのとき、ドレスたちの進行方向に、突然小さな人影が現れる――――。
「君は――――エア? どうしてこんなところに?」
「やっほー……ドレス。急ぎの用。助けて欲しい」
一行の前に現れた小さな人影――――この星の命を司る女神エアは、片手を上げてドレスに挨拶すると、その小さな口を開いて危急の用をドレスに告げた――――。