――――彼は闇の中で生まれた。
生まれ落ちてすぐに力の限り泣き叫び、誰もがそうするように親の温もりを求めたが、彼がその温もりを得ることは無かった。
人は、たとえどんな強者でもまず始めに他者から温もりを分け与えられ、そうすることで初めて生き延びることが出来る。
生まれたばかりのか弱い赤子が温もりを得られなければ、待っているのは死だ。
誰から生まれ落ちたのかも分からず、闇の中あらん限りに泣き叫ぼうとも誰も来ないその闇の中。彼もまたその例に漏れず、この闇の中でその短すぎる一生を終える。
もしこの光景を見る者がいれば、誰しもがそう思っただろう。
――――だが、辺り一面を覆い尽くす闇の中でただ一点。
ただ一点、彼が生まれ落ちた場所にだけ、その場所では殆ど見ることの出来ない日の光が遙か彼方から降り注いだ。
それは、まるで彼を見捨てた誰とも分からぬ両親に代わり、陽の光が自ら彼の育ての親を買って出たかのような光景だった。
生まれたばかりの彼が、闇の中で見たもの。それは光だった。
光が彼の命を繋ぎ、闇の中に射したその光に誘われてその場に集まった者共の手によって、彼は彼の同族が構成する社会の中へと無事に降り立った。
闇の中に生まれ、光によって育まれた存在。
それこそが彼――――門番皇帝、ドレス・ゲートキーパーだった。
● ● ●
「えーっと……今日のドレスの公務は……なんだっけ? ごめんパス!」
「午前九時から帝都第十三層地区の巡回。午後一時からは命の女神エア様との面談。日没後の晩餐会には、自由都市国家連合のアルフレド・マクガニスタン首長が同席されます」
「うん。ありがとうユキレイ」
豪奢な内装が施された室内。ラフな格好で巨大なベッドの縁から笑みを見せるのは門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。
ドレスは目の前に立つ二人の人物――――向かって右に立つのは赤い髪の少女。門番ランク6、カムイ・ココロ。そして左にはドレスからユキレイと呼ばれた、金髪をオールバックに纏めた長身痩躯の男が立っていた――――。
ここは帝都ディガイロン。
大陸最大の版図と戦力を持ち、今正にその繁栄の絶頂期を迎えるデイガロス帝国の首都である。
帝都ディガイロンは大陸でもここだけの、地下と地上にそれぞれ十三層ずつの多重階層構造を持つ超城塞都市である。
かつては地下に当たる下層部には卑しい生まれの貧民が、上層には皇帝を頂点とした貴族たちが住む圧倒的階級社会だったが、それは数年前までの話。
門番皇帝と呼ばれる帝都最下層出身の男が皇帝の座についてからは、全ての階層が平等に整備されるようになり、各階層ごとの特色ある産業が活発に発達するという異色の巨大産業都市に生まれ変わっていた。
「――いえ。これが私の仕事ですので。しかしカムイ、君は自分から陛下の力になりたいと近衛を志願したのではないのですか? それにしては全くやる気がみられませんが……」
「ほっといてよ! 私って文字読むの苦手なのよね!」
「ははは! いいんだよユキレイ。ほら、こうして三人揃っていると昔を思い出さないかい? 僕にとっては君たちと三人で過ごせるこの時間こそ最高の贅沢なのさ」
「そうよね! 私も私も!」
「ふぅ……陛下にもカムイにも困ったものですね。すでに我々三人が三人ともしかるべき身分についているわけですから、最低限の見栄えと責務は果たして頂きたいものです」
ユキレイはそう言って首を振ると、身に纏う黒いスーツの胸元から銀色の懐中時計を取り出して時刻を確認する。
「時間です。参りましょう二人とも」
「ふふっ! 十三に戻るのも一年ぶりくらいだっけ? 今はどうなってるのか楽しみね、ドレス」
「そうだね。なんといってもあそこは僕たちの故郷だ。こうして皇帝になった今だからこそ、僕たち三人揃って里帰りといこうじゃないか」
「報告書では、鉱物資源の採掘に枯渇が見られるとのことでした。現在の採掘速度を勘案すると、早急に十三層向けの新規事業を立案された方が宜しいかと」
「わかった。とにかくまずは僕がこの目で見る。行こうか、二人とも――――」
そう言ってドレスは颯爽と立ち上がると、カムイとユキレイを伴って居室を後にする。
門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。その優雅で華麗なる一日の幕開けであった――――。