想い遺す門番
想い遺す門番

想い遺す門番

 

「…………本当に、これで良かったんですか?」

「良くは無いが……それでも俺は、最後までリドルとこうしていたい」

 

 太陽の光をいっぱいに浴びて輝く緑の木々。

 その木々に囲まれた巨大な門の横。リドルとヴァーサスが暮らす小さな家の中。

 今この部屋にいるのは二人だけだ。
 黒姫も、ミズハも、最後は何も言わずにそうしてくれた――――。

 

 ●    ●    ●

 

 結局、ヴァーサスは虚無の石を使わなかった。

 虚無の石の力を引き出そうとしたあの瞬間、ヴァーサスは気づいたのだ。あの場にいた生物たちの営みが、虚無の石の力に依存していることを。

 ヴァーサスが虚無の石の力を引き出してしまえば、あの生物たちは全て死に絶えただろう。その証拠に、ヴァーサスが僅かに力を引き出しただけで、生物たちはみるみるうちにやせ細り、その姿を縮小させていた。

 

「な、なに言ってるんですかっ!? もう時間が無いんですよっ! あなたの命がかかってるんですっ! どうして……っ!?」

 

 今はそんなことを気にしている場合では無い。石の力を、ヴァーサスの命を延ばすために使って欲しいと、たとえこの場にいる生物たちが全て死に絶えたとしても、後で創造神レゴスに頼み、生物たちを蘇らせれば良いと、黒姫は涙を流して懇願した。だが――――。

 

「――――彼らはただここで平和に暮らしているだけだ。たとえそれが一瞬であろうとも、私利私欲のために彼らの営みを踏みにじるようなことは俺にはできない。本当に、申し訳ない――――」

「し……しょう…………っ……うぅ……っ!」

 

 ヴァーサスは、そう言って三人に頭を下げた。

 そしてその言葉にもっとも反応したのはミズハだった。
 ミズハはヴァーサスの発したその言葉に大粒の涙を流し、がっくりと膝を突いて嗚咽を漏らした。

 そう、ヴァーサスが自分にはできないと言ったその行いは、かつてミズハも死力を尽くして闘った神々が、この世界に住む人々に対して行おうとした仕打ちそのものだということに、ミズハは気づいたのだ。

 神々は、自らの願いと欲のためにこの世界を破壊することをいとわなかった。

 しかし、ヴァーサスはそれを良しとしない。

 ヴァーサスがそのような人間であることを、ミズハも良くわかっていた。だから……ミズハには彼のその意志を翻すための言葉が出なかった――――。

 ヴァーサスにもわかっていた。瞬間転移が不可能なこの場所でなんの治療法も見つけられずに引き返せば、もう自分の命を救う方法は残されていないと。

 最愛のリドルを残し、一人この世界を去ることになると。

 それでも、ヴァーサスにはその選択肢を取ることが出来なかった。

 

「わかりました――――なら、こんなところさっさと出て、私たちの家に帰りましょうか――――そういえば、お昼の準備ももう済んでるんですよ――――」

「――――うむ。そうしよう、リドル」

 

 ヴァーサスの意志を尊重したのはリドルだった。

 リドルはただ一言呟くと、ヴァーサスに向かって俯いたままその手を差し出す。
 ヴァーサスもまたその手を取り、もはや虚無の石には一瞥もくれず、その場を後にした。

 四人が去った後には、ただ数万年、数億年もの間繰り返されてきた平和な日々の営みを送り続ける奇妙な生物たちだけが残された――――。

 

 ●    ●    ●

 

 ラカルムから宣告されたヴァーサスの余命まで、もう一時間を切っている。
 ここから新たな手がかりを探すことは、もはや不可能だった。

 二人はいつもと変わらぬ昼食の時間を過ごした。
 あまり会話は弾まなかったが、リドルの作ってくれた料理はいつも通り美味しく、暖かかった――――。

 

「最後まで無理ばかり言ってしまい、すまなかった」

「本当にそうですよ……。でも、ああなったヴァーサスはテコでも動きませんから…………。実は私、今日の朝にヴァーサスから大事な話があるって言われたとき、もしかして『結婚しよう!』とか言われちゃうのかななんて……凄く浮かれてたんですよ……天国から地獄ってやつです……」

 

 今、二人はヴァーサスのベッドの上でその身を寄せ合い、抱きしめ合って座っていた。こうしているこの時も熱く鼓動を刻むヴァーサスの力強い領域が、あと少しで消えるなどとは、リドルには少しも思えなかった――。

 ヴァーサスがどのような最後を迎えるのかは未だにはっきりとはわからなかったが、リドルは過去の世界で見た、小さなヴァーサスに迫っていた存在消失の再来が濃厚であろうと考えていた。

 ヴァーサスが言うには、ラカルムは「跡形も無く消える」と述べたという。ヴァーサスほどの存在が跡形も無く消えるような事象は、それ以外に考えられなかった。

 

「すまない……だが、最後はこうしてリドルと過ごしたかったのだ。俺も今日初めて気づいたのだが、俺もなかなかわがままな所があるようだ! 今後の課題だな!」 

「今まで自覚なかったんですか!? 言っておきますけど、ヴァーサスってとんでもなくわがままですよ! 本当にいっつも…………自分のしたいことだけ、好き勝手にやっちゃうんですから…………っ」

 

 言いながら、リドルはヴァーサスに深く口づけすると、彼の胸に背を預けるようにしていた体勢を変え、向かい合わせるようにして、そっと……ヴァーサスの分厚い胸にその身を重ねた。

 

「――――ここまでヴァーサスのお願いを聞いたんですから、最後くらい私のお願いも聞いてください……大体、ずっと一緒にいるっていう約束、守ってくれなかったんですからねっ!」

「――なんでも言ってくれ。今の俺に出来ることならなんでもする」

「なら死なないでくださいっ! ずっと……ずっと私と一緒に居てくださいっ!」

「俺は君の傍にいる……っ! 最後まで一緒だ……!」

 

 静寂の中、布ずれと互いの口をついばむ音が重なる。
 うららかな日の光が射し込む小屋の中で、そのまま二人の影が一つになった――――。

 

――――
――――――
――――――――

 

 チュンチュン……。

 

「うむ……! よくわからんが、死なないな!?」

「ぜんぜん死にませんね!?」

 

 あれから半日以上が過ぎた――――。
 

 二人は色々と夢中で気づかなかったが、気づけばいつのまにか日が暮れ、夜も明けていた。小屋の外からは鳥のさえずりが聞こえ、窓からは早朝特有の白く輝く陽の光が射し込んでいる。

 

「も、もしかして、ラカルムさんの勘違いだったのでしょうか……?」

「そういえば以前ラカルム殿が来たときも、時間を数えるのは苦手と言っていたが……!?」

 

 乱れたベッドの上、素肌に毛布だけをまとった格好でお互いの顔を見合わせるリドルとヴァーサス。

 

「たははは……い、いやはや……これは参りましたね……ついにやることやっちゃいましたけども…………てれてれ」

「リドル……経緯はどうあれ、俺はかつての俺のような無様な真似はしない。一人の男として、責任は取るつもりだ……!」

「あ…………ヴァーサス…………っ」

 

 ヴァーサスはそう言うと、リドルを一度力強く抱きしめた後、その潤んだ赤い瞳をまっすぐに見つめて堂々と宣言した。

 

「俺と結婚してくれ……リドル!」

「――――はい!」

 

 窓から射し込む純白の光の中、互いの温もりを確かめ合うように抱き合う二人。

 リドルにもヴァーサスにもなにがなんだか全くわからなかったが、結局ヴァーサスは死なず、二人がより仲良しになっただけでこの一件は終わった――――。

 

「あ、あの……黒姫さん、どうして師匠もリドルさんもお家から出てこないんでしょう……? 師匠の命は助かったんですよね?」

「貴様は知らなくて良いことだ……っ! う、羨ましい……っ! おいミズハよ、この大陸で一夫多妻制を敷いている国はどこだッ!? 私は決めたぞ、そこに門を移動させ、全員でヴァーサスの家族になれば良いのだ! ぐぬぬぬぬ……っ!」

 

 既に普段通りの調子を取り戻した黒姫が、漆黒のオーラを展開しながら新たなる野望を掲げる。

 実はヴァーサスの余命時間となったときに黒姫とミズハは二人の様子を見に来ていたのだが、小屋から放たれる異様なかよしな気配を察した黒姫によって、ミズハはギリギリでその光景を目にすることは無かった。彼女の純真は守られたのだ。

 

 そして帝国では――――。

 

「陛下。ヴァーサス様の結婚披露宴の準備、間もなく全て完了します」

「ありがとうユキレイ。きっともうすぐ二人が来るだろうから、そうしたらすぐに始めるとしようか」

「仰せのままに……」

 

 帝国最上級のホールで着々と進められる、ヴァーサスとリドルの結婚式会場設営。

 実はドレスはヴァーサスの周囲に展開した皇帝領域エンペラードメインによって、彼の身に起こる近い未来までの全ての事柄を把握していた。リドルたちは全知ではないが、皇帝領域に取り込んだ事象に限り、ドレスは限定的な全知を得る。

 ドレスはあの一瞬でヴァーサスが三時間後に死なないことも、その後リドルに結婚を申し込むことも全て掌握していたのだ。皇帝領域の恐るべきチートパワーである。

 

「でもあのヴァーサスがまさか結婚するなんてね。少し妬けちゃうな……ハハッ!」

 

 ドレスはそう言って笑うと、無二の親友を盛大に祝福するための陣頭指揮を嬉々として執るのであった――――。

 

 次元の狭間――――。

 無数の可能性の光を眼下に、ラカルムがその巨大すぎる意志を現わす。

 

「ああ――――たった今、ヴァーサスという存在が跡形も無く消え去った――――なんて悲しい――――」

 

 ラカルムの深淵を宿す瞳から涙の形をした銀河がこぼれ落ち、それは新たなる可能性の世界を生み出していく。

 

門番ヴァーサスは消えた――――これからは、門番ヴァーサス・パーペチュアルカレンダーがあの世界を守ることになる――――このエントロピーが、再び強く光り輝くように、私は祈っています――――」

 

 そう言うとラカルムは伏せていた目に星の輝きを宿し、帝都で開催される二人の結婚式に参列するため、移動を開始した――――。

 

 

 こうして、世界には愛だけが残った。

 

 

 ヴァーサスはリドルと結婚し、ヴァーサス・パーペチュアルカレンダーになった。

 門番ヴァーサスの物語は終わりを告げ、門番ヴァーサス・パーペチュアルカレンダーの新たなる物語が幕を開ける――――!
 

 

 

『門番VS余命宣告 ○門番 ●余命宣告 決まり手:結婚したら名字がついた』 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!