試験当日の門番
試験当日の門番

試験当日の門番

 

「ピーピーガガガ…………う、うむ……あれから二日経ったというのに、まだ頭に謎の声が聞こえてくる! これはまいったな!」

「ははは! 情けないですねヴァーサスさん! 僕はもうすっかり元気だというのに! 予習も完璧です!」

「いやいやいや……二人とも思いっきり後遺症残ってるじゃないですか……っていうかギガンテスさん完全に別人になってますし……本当に大丈夫ですか?」

「たとえ頭が良くなったとしても、あのような有様でトークや歌ができるわけがなかろう……! 私も危うくロボにされるところであったわ……なんと恐ろしい!」

「元の師匠に戻って本当に良かったです……あんなカクカクしてる師匠なんて、やっぱり師匠らしくないですっ!」

 

 門番試験当日――。

 既に事前にヴァーサス、黒姫、ギガンテスの三人は門番試験への申し込み書類をシロテンへと手渡していた。

 その手渡された書類を元に、試験日当日に再びやってきたシロテンによって試験会場へと連結されたヴァーサスたち。あの後更に色々とあったもののなんとか無事に試験日までに準備を終え、こうして試験に臨むことができていた。

 実際の所、この門番試験に受かったからと言って確実に門番として雇用されるわけではない。だが門番試験合格者というのはそれだけで門番面接に有利になる憧れの資格だった。

 門番試験に合格するということは、現役の門番にとっては自らのレベルを常に高く保つためのハードルとして機能し、これから門番を目指すものにとっては自らの実力が門番として相応しいのかを計る基準にもなっていたのだ。

 

「らしいとからしくないとか、そういう話じゃなかったですからね……私もこうしてヴァーサスが元に戻ってくれて一安心ですよ。ギガンテスさんも…………ま、まあ、もう少ししたら元に戻るでしょう! きっと! おそらく!」

「ははは! 僕はもうすっかり元通りですよ! 勉強することがこんなにも素晴らしいことだったなんて知りませんでした。あの装置のおかげで僕は真実に目覚めたのです! 感謝します、コンピューター様!」

「こ れ は ひ ど い」

 

 分厚い辞典を抱きしめ、ボサボサだった髪もきっちりと七三分けにした、綺麗なようで明らかにおかしなギガンテスの姿に力なく首を振るリドル。

 今のこの変わり果てたギガンテスを見たらルルトアが泣き出してしまいそうなので、あれ以来ギガンテスを東の門には返していない。なんてこった。

 

「でも結局トークスキルの練習はあまり出来ませんでしたね……私、少し心配です」

「いや、ミズハは短い時間でとても親身に教えてくれた……本当に感謝している! ミズハが教えてくれたことに応えられるよう、俺も全力を尽くすつもりだ!」

「なに、そう案ずることもない。結局トークなどと言っても試験ではまともな受け答えが出来れば良いのだろう? そういった分野はこの黒姫が最も得意とするところ……クククッ!」

「そういうことでしたら僕も自信があります! 礼儀正しい挨拶こそ、一日の始まりと終わりを告げる最も大切な儀式ですからね! ははは!」

 

 不安な様子を見せるミズハに三者三様の意気込みを語るヴァーサスたち。たしかにその点についてはかつてのギガンテスよりも、今のなにかされたギガンテスの方が勝算は高そうに見えた。

 しかし、そんなヴァーサスたちの前に――――。

 

「やあヴァーサス! 最近よく会うね! 今日はどうしたんだい?」

「ドレスではないか! 俺たちは今日の門番試験を受けに来たのだ! お前もそうだろう?」

 

 颯爽と純白の外套を翻して現れたのは門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。

 ドレスはにこやかな笑みをその場の全員に向けて軽く挨拶すると、ヴァーサスのその言葉に不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「ヴァーサスが門番試験を? どうしてだい?」

「うむ? 俺はお前の所からやってきたシロテン殿から手渡された手紙を見てやってきたのだが……」

「ふーん、なるほどね……たしかに僕は君に手紙を出したけど……ちゃんと最後まで見たかい? ――――シロテン、聞こえるかな?」

「はい、陛下。ちゃんと聞こえてますです……」

 

 ヴァーサスの話を聞いたドレスは合点が言ったように頷くと、周囲の空間に向かって呼びかける。するとどこからともなくシロテンの小さな声がその場にいる一同の耳に届いた。

 

「僕がヴァーサスに出した手紙の写しって今ここに出せるかな? 難しいなら無理しなくても大丈夫だよ」

「出せます、陛下。いつもお心遣いありがとうございますです。えっと…………ありました。こちらです。どうぞ……デス」

 

 声だけのシロテンはそう言うと、ちょうどドレスの目の前にヴァーサスが受け取ったものと全く同じ羊皮紙が何の前触れも無く出現する。

 ドレスはその羊皮紙をいちいち優雅な所作で受け取ると、くるくると開き、中身を確認した。

 

「――――うん。やっぱりここに書いてあるよ。見てごらん?」

「ふむふむ?」

「はいはい! 私たちにも見せて下さい!」

 

 ドレスが広げた羊皮紙。上から順に試験日程や試験科目、受験参加資格などがつらつらと書かれている――――が、その最後の部分に、ドレスの直筆でこう追記されていたのだ。

 

【なお、門番ヴァーサスはランク除外のため試験免除とする。親愛なる君の友、ドレスから真の友情をこめて――――】

 

「な、なんですとーーーーっ!?」

「こ、これはっ!? 全く気づかなかった!」

「ハハッ! 手紙は最後まで読まないと駄目だって習わなかったのかい? それにしてもヴァーサスだけならともかく、リドル君や黒姫さんもついていながら誰も気づかなかったなんて、珍しいこともあったものだね」

 

 驚くヴァーサスとリドルの前で爽やかに笑うドレス。確かにドレスの言うことは最もだった。脳細胞まで筋肉と門番で出来ているヴァーサスならまだしも、普段通りのリドルと黒姫がしっかりと確認していれば間違いなくこの追記に気づいたはずだ。普段通りのリドルと黒姫であれば――――。

 

「たはは……これはあれですね。当時は私たちも頭が僅かばかりおかしくなってましたので……いやはや、参りましたねこれは!」

「フン! まあ良かったではないかヴァーサスよ。苦手な試験を受けずに済むのだ。これで一安心ではないか?」

「さすがです師匠! 試験免除なんて凄いですっ!」

 

 痛恨の見逃しにがっくりと疲れた表情を見せるリドルだったが、黒姫とミズハはそれなりに笑顔を見せていた。

 実際試験を今後受けなくても良いのなら、脳筋のヴァーサスにとってはそれに越したことはないだろう。だが――――。

 だがしかし、我らが主人公門番であるヴァーサスは、それをよしとしなかったのである――――!

 

「――――いや、ドレスよ。お前の心遣いは嬉しいが、世界中に大勢いる門番の中で、俺だけが特別扱いされるわけにはいかない……! 俺は、俺の力でこの試練を乗り越えてみせるっ!」

「ヴァーサス……」

 

 そう言うと、ヴァーサスはその青い瞳に迸る雷光を滾らせ、まっすぐな眼差しでドレスを熱く見つめた。ヴァーサスのその様子に、ドレスは何度か頷いて口を開く。

 

「……その通りだね。今回ばかりは僕のお節介だった。許してくれヴァーサス」

「謝る必要は無い。お前の気持ちは確かに受け取った。それにお前だけではない。ウォン殿、ダストベリー嬢。シオンとアリス嬢。そしてここにいるミズハや俺と共に今日試験を受ける黒リドルとギガンテスからも受けた薫陶くんとうを力に変え、俺は今日の試練を乗り切ってみせる! どうか見ていてくれ、ドレス!」

「ああ! それでこそヴァーサスだ! 僕も君の勝利を信じているよ!」

 

 熱い眼差しを交え、がっちりと握手するヴァーサスとドレス。そしてそんな彼らの元に、試験開始時間を告げるベルの音が鳴り響いた。

 

「そろそろ時間みたいですね! そういうことなら私も何も言いませんので、どうぞ心ゆくまで頑張ってください! 応援してますよ、ヴァーサス!」

「ありがとうリドル! では、行ってくる!」

「クククッ! この黒姫を失望させるような試験内容で無ければ良いがな……ッ!」

「ははは! 楽しみです! 早く試験を受けさせてください、コンピューター様!」

「師匠! 黒姫さんとギガンテスさんも、皆さん一緒に合格できるように頑張りましょうね!」

 

 自信に満ちた笑みを浮かべ、颯爽と試験会場へと入室していく面々。

 その場に一人残されたリドルは胸に手を当てると、最愛の想い人の勝利に祈りを捧げたのであった――――。

 

 結果として――――。

 黒姫は満点。なにかされたままのギガンテスも満点で合格。

 そして、乾坤一擲の覚悟で試験へと臨んだヴァーサスは――――。

 

 

 

「ば、馬鹿なーーーーーっ!?」

 

 ヴァーサスは落ちた――――。

 

 

 が、泣きの追試でギリギリ合格した。

 試験を終えて帰ってきたヴァーサスは――――。

「――決めたぞリドル! 俺はこれからの一年間、歌もダンスも学問も配信トークもコツコツ勉強することにする! 来年こそは問題なく試験を乗り越えてみせるのだ!」

「ひゃー! それでこそ私の門番様です! そういうことなら私も一緒に頑張りますから、安心してくださいね!」

「ありがとう! 感謝する!」

 

 大きな門の横に建てられた二人の家の中、リドルに向かって高々と宣言するヴァーサス。

 今回の一件でヴァーサスは、『やはり期限ギリギリでの詰め込み勉強はろくな結果にならない』という有意義な教訓を、その胸に深く深く刻み込んだのであった――――。

 

 

『門番VS門番テスト ●門番 ○門番テスト 決まり手:落ちた』 

 

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