試験勉強する門番
試験勉強する門番

試験勉強する門番

 

「――と、いうわけでですね!」

 

 シロテンの来訪から半日後。門番活動を終えたヴァーサスは、黒姫の屋敷に設けられた特設会場にいた。会場はかなり広く、二階までが吹き抜けになっており、周囲を囲む欄干から会場全体が見下ろせるようになっている。

 そこにはヴァーサスの他何人かが座れるように椅子とテーブルが用意され、その上には何冊かの本と筆記用の道具類が並べられていた。

 今、そのテーブルにはヴァーサスと黒姫。そしてもう一人の男が座り、正面にはマイクを持ったリドルが立っていた。

 

「絶対受かる! 門番試験の試験勉強を開始しますよー!」

「うむ! 本当にありがたい! 宜しく頼む!」

「クククッ! まさかこの黒姫を試そうとはな! 我が力の前にひれ伏すが良い!」

「おっしゃー! やるぜやるぜぇ! ガッハッハッハ!」

 

 試験勉強開始の合図を告げるリドルの声に、満面の笑みで頷くヴァーサス。邪悪なオーラを発して笑う黒姫、そして恐らく何をするのかもわかっていなさそうなギガンテスの三人が両手を挙げて歓声を上げた。

 

「しかし、俺はともかくなぜ黒リドルとギガンテスも共に勉強するのだ?」

「ククッ……もう忘れたか? あの神々の軍勢との戦いの最中、この戦いが終わったら私も門番試験とやらを受けてやろうという話をしたではないか! 今日はその披露宴よ! クハハハハハ!」

「勉強ぉ!? なんだそれ!? 俺はヴァーサスを追い詰めた奴がいるっていうから倒しに来ただけだ! ガッハッハッハ!」

 

 貧弱一般門番ならば思わず突っ込まずにはいられないような二人の返答。しかしヴァーサスは並の門番ではない。次元超越者まで至った戦闘力だけなら特級の門番である。

 

「そうか! 二人ともそれぞれ胸に期するものを持って試験に臨むのだな! ならば共に頑張ろう! ハッハッハ!」

 

 と、この状況を華麗にスルー。力強い笑みを浮かべて両隣の二人へと頷く。圧倒的突っ込み不在である。

 

「さあさあ! 三人とももう勉強は始まってますよ! まずは静かに、姿勢正しくお待ち下さい! 今回は皆さんの試験勉強のため、私が選んだ最高の先生方をお呼びしてあります! まずはこの方! 門番ランク7! ナーリッジのトップアイドル門番、ミズハ・スイレン先生!」

「――はいっ! こんばんは師匠、みなさん! 今回の試験に合わせ、試験勉強をされると聞いたので、私もなにかお力になれればと!」

「おお! 来てくれたのか! ミズハが教えてくれるのであれば百人力だ! 感謝する!」

「えへへ……なんだか、私が師匠に教えるのって新鮮で……ちょっと恥ずかしいです……っ」

 

 紹介と同時に入室し、三人の前で深々と頭を下げて挨拶するミズハ。

 ミズハはすぐにちょこちょことヴァーサスの前に駆け寄って笑みを浮かべると、そのままぐるりとテーブルを回り込んで三人のすぐ後ろの椅子に着席する。

 

「ミズハ先生は試験対策や全体の流れ、細かな注意点なんかをつきっきりでサポートして下さるそうですよ! って、本当に大丈夫なんですか? ご自身の勉強とかは…………」

「あ、大丈夫です! 私、去年もこの試験全部満点だったんですっ!」

「ほう……やはり貴様ただのちんちくりんではないな……そのかいがいしく献身的な姿勢……褒めてやりたいところだが、なかなかどうして侮れぬ……っ!」

「満点ってなんだぁ!? すげえのか!?」

 

 あまりにもやる気満々な様子のミズハを心配するリドルだったが、さすが実力、魅力ともにトップのミズハは格が違った。適正試験如きに足下を掬われるような弟子はいなかったのだ。しかし師匠であるヴァーサスはこのままでは確実に落ちる。門番から無職に逆戻りだ。

 

「ではですね、ここからは各課題の専門の先生方をお呼びしております! 皆さんお忙しい中やってきてくださってますので、どうか失礼のないように! ではまず最初の課題はダンス! ダンスの先生はこの方です――――!」

「ヴァーハッハッハ! なにかと思えばヴァーサスよ! 貴様程の男が試験の一つや二つで戦々恐々とはな! ここは一つ、この俺があるべき門番の姿というやつを見せてやろう! ヴァーハッハッハ!」

 

 リドルの紹介と共に現れたのは、門番ランク2。まさかの天帝ウォン・ウー。

 ウォンの放つ圧倒的威圧感に分厚いドアはひとりでに開いてひとりでに閉まった。百人は余裕で入れる広さの部屋だというのに、二メートルを超える巨体のウォンがその場にいるだけで空間がぐにゃりと湾曲し、比喩では無く部屋が狭く感じる。

 

「ウォン殿! まさか俺たちのために来てくれたのか!?」

「こいつもめちゃくちゃ強そうじゃねえか! 俺と勝負しろ!」

「ヴァーハッハッハ! 今日は貴様に舞踊のなんたるかを教えてやるわ! おいリドル。俺の言った楽曲はどうなった?」

「はいはい、ばっちりですよ! いつでもいけます!」

「ならば結構! ――――おいヴァーサス。立て」

「――俺か? 承知した!」

 

 現れたウォンはリドルに何事かを確認すると、目の前のヴァーサスを促して自らの前へと立たせる。そしてその巨体と剛胆な雰囲気に似つかわしくない優雅な動作で静かにヴァーサスの手を取った――――。

 

「――――いいか、この一度で覚えろ」

「むむ――っ!? お、おおお――――っ!?」

 

 リドルが配信石を起動すると、部屋に優雅な音楽が流れる。そしてなんとその音楽に合わせるようにして、ウォンは一分の隙も無い華麗なステップをヴァーサスの手を取ったまま刻み始めたのだ。

 

「な、なんだぁ!? ヴァーサスの野郎が完全に手玉に取られてるじゃねぇか!」

「ほう……! これは相当なレベルの使い手だ……全くダンス経験のないヴァーサスを完璧にリードし、全く違和感のないレベルの足運びにまで引き上げている……まさかこれほどとは……っ!」

「ウォンさんは門番配信のランキングでもいっつも上位なんですよ。特にお料理配信殺ってみた動画が凄く人気なんです! 以前の神様と闘った時の様子も『素手で神を殺ってみた』というタイトルでアップされてて大人気だったんです!」

「はえー……そうなんですか。最初にウォンさんに担当課題の希望をお聞きしたとき『ダンスか歌ならすぐに教えてやれる』とか言われて嘘でしょ……って驚いてしまったのですが、さすがランク2ですねぇ……」

「というか白姫、貴様半信半疑のまま講師を任せていたのか……!」

 

 感心する全員の前で、ヴァーサスとウォンのペアダンスは優雅に進行していく。
ヴァーサスも相当な長身なのだが、二メートルを超える巨体のウォンに手を繋がれて優雅に踊るその姿を見ていると、まるで純真な乙女のように見えてくる――――。

 

「むう……!? なぜだ!? あの二人の周囲に咲き誇る薔薇の花園が見えるぞ!?」

「いやいやいや、黒姫さん大丈夫ですか!? さすがにそんなの見えませんよ! でもこれは凄い! さすが天帝! ランク2!」

「いいかヴァーサス。こういった舞踊の類いには二つの種類がある。一つは自分の思うままに熱情を解き放ち、自分自身という個を表現するもの。そしてもう一つは、流れる楽曲や共に踊る者と呼吸を合わせ、力を合わせて一つの演目を表現するものだ。これは戦いにも通じる。貴様ほどの腕だ、俺の言いたいことは分かるな?」

 

 ペアダンスを終え、優雅に一礼したウォンは普段通りの様子で剛毅に笑うと、ヴァーサスへと語りかける。ウォンの言葉には一つ一つ重みと含蓄があり、しかもヴァーサスにも伝わるように考えられた配慮まで見受けられた。

 

「なるほど! 確かに俺も闘うときは自分一人か、それとも複数かということは常に念頭に置いている!」

「そうだ。貴様は今まで舞踊の類いに触れてこなかったことで苦手意識があるようだが、貴様はどちらの舞踊も戦場で息をするように行っている。難しく考える必要は無い!」

「うむ……! ありがとう、ウォン殿! 本当にたった一度の指南で何かを掴めた気がする! 心から感謝する!」

「ヴァーハッハッハ! ならば良い! 貴様のような強者が試験ごときで無駄な時間を使うのはあまりにも下らんのでな! ヴァッハッハッハ!」

 

 そう言ってウォンは笑うと、自分の仕事は全て終わったとばかりに部屋の隅に置かれたぶどう酒の瓶を掴み取り、一番豪奢なソファーに腰をどっかと腰掛けて酒を飲み始める。

 

「他の者には貴様が教えてやれ。そこまでやれば、もはや試験ごときの内容で落ちることは無かろう」

「わかった! よしギガンテス! やるぞ!」

「おおおおお!? 待ちわびたぜぇぇ! だっしゃああ!」

 

 ヴァーサスに促され、雷鳴の如き速度でヴァーサスに飛びかかるギガンテス。その摩擦によって赤熱化した拳の勢いを見るに、明らかに踊る気はなさそうである。

 しかしなんということでしょう。次々と繰り出されるギガンテスの拳をヴァーサスは優雅に受け止めると、そのまま手を取って二人で先ほどのペアダンスを始めたではありませんか。

 

「ハッハッハッハ! ダンスというものもなかなか楽しいのだな!」

「うおおお!? て、てめぇヴァーサス! 真面目に闘えこの野郎!」

 

 たった一度のウォンからの教えで、ヴァーサスは完璧にダンスをマスターしていたのである。

 

「ほえー……ちょっとこれ、もしかしなくても私のヴァーサスってやっぱり凄くないですか……?」

「流石は私のヴァーサスだ……! 今宵は二人で夜が明けるまで踊り狂おうぞ!」

「師匠……! 凄いです! 尊敬します!」

 

 穏やかで華麗な楽曲が流れる中、大粒の汗を流しながら手を取り合って踊る筋骨隆々の男二人。

 異様な雰囲気の中、ヴァーサスの試験勉強はまだまだ続くのであった――――。

 

 

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