その願いの先に立つ門番
その願いの先に立つ門番

その願いの先に立つ門番

 

 怒りとエゴ、そして欺瞞に満ちた赤と青の領域がゆっくりと潰えていく――。

 赤は白になり、青は黒になる。不自然に湾曲された光が元の輝きを取り戻し、舞い上がる光の粒子となってその場を包んだ――。

 その光景を見るリドルと黒姫には、たった今消滅した反転者リバーサーと呼ばれる存在がいかなる者で、一体何を目論んでいたのかを知る術はない。

 だが、それでもそこに並んで立つクルセイダスとエルシエルの表情と立ち姿から、この二人が自分たちの想像もできないような、途轍もない存在と相対し続け、そして今この時、この場所でついに勝利したのだということは手に取るように理解できた――。

 

「終わったな…………」

「そうですね…………本当に、私たちは頑張りました。お疲れ様です、クルス――」

 

 その湾曲された世界が潰え去り、周囲に静けさを取り戻したナーリッジの郊外が広がった。すでに日は暮れ、上空には無数の星々が輝いている。

 離れた場所に見えるナーリッジの街には、夜の闇を照らす煌々とした明かりがいくつも灯り、そこで暮らす人々の営みをありありと映し出していた――。

 

「最後まで苦労をかけてばかりですまなかった――俺は――」

「謝らなくていいです――――私は、貴方と出会えて間違いなく幸せになりました。ありがとう、クルス――――」

 

 元の世界へと戻った三人。

 もはや消える寸前のクルセイダスに並び立つエルシエルもまた、その力の最後を迎えようとしていた。

 彼女はクルセイダスとは別の方法で自らの死を偽装し、反転者の目を――あらゆる次元を観測する観測者の目を欺いていた。しかし、それももうすぐ終わる――。

 

「もんばん……くるせいだす……! もんばん! もんばんっ!」

「ハッハッハッハ! そうだ! 俺の名は門番クルセイダス! ――――もう、心配はいらないな…………きっと君は、俺などよりも立派な門番になれるぞ……君は門番ヴァーサスだ! ハッハッハ!」

 

 先ほどまでずっと地面に座り込んでいた小さなヴァーサスが、その自らの足で立ち上がり、クルセイダスに駆け寄る。そしてその希薄化した太い足にすがりつくと、何かを伝えるように何度も何度もクルセイダスの名を呼んだ。

 もはや、小さなヴァーサスの体は少しも透過していなかった――。

 あらゆる次元で収束したはずのヴァーサス消滅の因果は、すでに跡形も無く破壊されたのだ。

 

「ふふっ……私たちがあいつを倒すために色々無茶しちゃいましたから、きっとこれからは別の意味で大変だとは思いますけど、貴方がいればきっと大丈夫。この世界のこと……頼みましたよ……ヴァーサス君……」

 

 その場にかがみ込み、自らも徐々にうっすらとその存在を薄めながら、小さなヴァーサスに笑みを向けるエルシエル。そしてエルシエルは一つ息をつくと、突然振り向く――。

 

「――っ!?」

「お、お母さん……っ!?」

 

 ――そう、振り向いて確かに目を合わせたのだ。今この時、この時間軸をただ見ていることしか出来ない、認識されないはずのリドルと黒姫、二人に向かって――。

 

「久しぶりになるんでしょうか? 流石は私の娘だけありますね。全反射の盾オールリフレクター全防御の盾オールディフェンダーの二枚重ねで封じているのに、ここまでちゃんと来れるなんて。ふふふっ……きっと、このヴァーサス君がうまくやってくれたんでしょうね」

「お母さん――っ! 私たちが見てたこと、気づいて……っ!?」

 

 絶句し、ついに耐えきれず涙を零すリドルと黒姫。そんな二人にエルシエルは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「そりゃわかりますよ。なんたって私は貴方たちの母親ですから。って、ほら! クルスもこっち来て下さい! 最後に可愛い娘達が会いに来てくれたみたいですよ!」

「な、なんだと!? おおっ!?」

「お母さん……っ! お父さん……っ!」

 

 エルシエルに引っ張られるようにして腕を掴まれると、クルセイダスもまた、その場にいる二人の娘達を認識する。久しぶりに正面から見る父と母の笑顔に、リドルは涙を流し、黒姫はその場に膝を突いて嗚咽を漏らした。

 

「二人とも……不甲斐ない父ですまなかった……何度も何度も怖い思いを、痛い思いを、辛い思いをさせてしまい……本当にすまなかった……到底許されることではない……」

「まあまあ……正直あれは不可抗力みたいなものでしたから……それに、ここに自力で来るような二人ですよ? きっともう色々乗り越えた後なんでしょうし、全部わかってくれてると思います。ですよね?」

「お父さん……っ! もう……いいから……っ! よく、わかったから……今まで、いっぱい……ありがとう……っ」

「はい……こっちはうまくやってますよ…………っ。病気とか、そういうのもなくて……たまに変なのが門に来ますけど…………本当に…………本当になんの心配もなくて……とっても幸せで……っ。ヴァーサスも……今はかっこいい門番様になって……私たちと一緒に暮らしてるんですよ……っ」

 

 涙を流し、嗚咽混じりに大好きだった……否、大好きな父にその思いを伝える黒姫。リドルはそんな黒姫にかわり、静かに涙を零しながらも、目の前の父と母をまっすぐに見据え、精一杯の笑みを浮かべて自分たちが無事で、幸せであることを伝えた――。

 

「ええっ!? このヴァーサス君と一緒に暮らしてるんですか? しかも貴方たち二人と!? ちょ、ちょっとクルス! このヴァーサス君、もしかして今はこんな純粋な感じですけど、将来とんでもないろくでなし男になるんじゃないんですかっ!?」

「む、むう!? そこまでは俺も知らぬのだ! し、しかし二人とも今は幸せなのだろう? それならば、俺ももう思い残すことはなにもないな! は、ハッハッハ!」

「そうやっていつも笑って誤魔化すの、貴方の悪い癖ですよ!」

 

 リドルと黒姫の言葉を聞いたエルシエルとクルセイダスは顔を見合わせて笑った。その笑みは、全てをやり遂げた安心感に満ちていた――――。

 そしてついに二人の実体はいよいよ見えないほどに薄くなり、その場からゆっくりと消えていく――。

 

「……俺たちが作ったこの道の先で、幸せに生きる二人に会えて嬉しかった。最後に会いに来てくれてありがとう、リドル――」

「……ヴァーサス君……娘のこと、よろしくお願いしますね。こう見えてこの子、とっっっても寂しがり屋ですので!」

「もんばん! もんばん! まもる! まもる! くるせいだすー♪」

 

 小さなヴァーサスは消えていく二人の周りをくるくると周り、それまで一度も浮かべたことの無かった可愛らしい笑みで光の粒子の中を歌うように駆け回る。きっと、これが希薄化していない、ヴァーサスの領域が本来持っていた命の色なのだろう。

 

「お父さんっ! お母さん……っ! ありがとう……! 私、ずっと忘れないから……っ!」

「私も……! 私も二人に……これからもずっと……ありがとうって言うから……っ」

 

 最早その姿も見えず、ただ存在だけを感じ取れるその最後の瞬間に、リドルと黒姫は精一杯の言葉を両親に伝えた。

 二人の顔はもう見えなかったが、二人がにっこりと笑みを浮かべたのは手に取るように分かった――。

 

「――幸せにね。またどこかで会えたら、そのときはまた色々教えて下さい――」

「――俺も二人の幸せをずっと祈っている! どうか息災でな、リドル!――」

 

 それが、二人に届いた両親からの最後の言葉だった。
 
 二人の姿は夜の星の光に消え、その温もりは草原の上を渡る風にのってどこまでも飛翔した――。

 

 

「もんばん! くるせいだす! つよい! かっこいいー! あはははっ!」

 草原の中、大粒の涙を零して立ち尽くすルリドルと黒姫の前――。

 いつの間にか次元の崩壊から逃れてその場に放置されていた全殺しの槍キルゼムオールをその手に持ち、明るく輝くナーリッジに向かって、笑い声を上げて踊るように駆けだしていく小さなヴァーサス――。

 その歩みは力強く大地を踏みしめ、まるで夜の闇の中を駆ける光芒のようにすら見えた。

 それは、とても消滅寸前まで希薄化していたとは思えない。あまりにも力強く、眩しい、二人がよく知るヴァーサスの領域だった――。

 その場に残された二人はやがて静かに手を取り合い、その全ての因果が収束し、そして砕け散った時間軸を後にした。

 遠ざかる意識の中、小さなヴァーサスが放つ領域の熱は最後まで感じることが出来た。

 

 魔王エルシエルと伝説の門番クルセイダス――。

 二人が願い、切り開いた道の上をまっすぐに駆け抜ける小さなヴァーサス。

 彼の物語は今この時、確かに動き始めたのであった――――。

 

 

『門番VSタイムリープ ○門番 ●タイムリープ 決まり手:到達した』 

 

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