記憶喪失になる門番
記憶喪失になる門番

記憶喪失になる門番

 

 燦々さんさんと降り注ぐ太陽。

 既に季節は巡り、本格的に暑い日差しが大地を照らす。

 神々と門番たちの戦いから数週間。危惧されていたリドルと門の融合による弊害は全くない。それどころか、以前は時折発生していた封印の綻びなどもなく、リドルは黒姫以上に完全に自身の内にある門をその支配下に置いていた。

 なぜかリドル本人も意識しないタイミングで、ヴァーサスを自分の傍に瞬間移動させてしまうという謎の現象が頻発していたが、そこは二人の仲である。そこからじゃれ合うことはあってもその現象が日々のストレスとなるようなことは一切無かった。

 そんな、何事もない平和そのものの夏のある日、その事件は起こった――――。

 

「ふぅ――――門番となってからは初めての夏だが、これは確かになかなか堪えるな……」

 

 広大な森に囲まれた巨大な門の前。
 
 兜を門の前の腰掛けに置き、首に回した布で汗を拭うヴァーサス。

 次元を繋ぐ門としての座標はリドルに付随するようになったものの、門そのものの機能は未だに健在である。神々との戦い以降、本当に一日中誰も訪れないという日も増えたが、それでもヴァーサスはこうして門番として門の前に立っていた。

 

「リドルが用意してくれたこの日除けがなかったら確実に干涸らびていたところだ。後でリドルに感謝しなくては……」

 

 門の前に新しく設置された出っ張り部分を見上げると、腰にぶら下げた革袋の水を口に含むヴァーサス。そのどちらもがリドルの用意してくれたものであり、このような日差しの日にはことさらヴァーサスのリドルに対しての感謝の念も大きくなる。

 

「こうして門番として平和な日々を過ごせることのなんと素晴らしいことか! さて、もう一踏ん張り――――むむ!?」

 

 休憩を終え、青空を見上げたヴァーサスが何かに気づく。なんだろうか、白い尾を引いたなんらかの物体が、まっすぐこちらに向かってきているではないか。

 

「あれは――? どうもラカルム殿が放り投げてきた攻撃に似ている気がしないでもないが――」

 

 目を細め、その物体を凝視するヴァーサス。そう、ヴァーサスの判断は正しい。落ちてくるその物体、それは隕石。

 しかもそこそこの大きさを保ったまま地上まで直撃する、それなりに洒落にならない質量の隕石が、あろうことかヴァーサスめがけて一直線に落下してきていたのだ!

 

「うむ……! どうやらこのままではこちらにぶつかるな――――ならば!」

 

 ヴァーサスの青い瞳がぎらりと光る。ヴァーサスには無敵の因果律兵器である全殺しの槍キルゼムオール全反射の盾オールリフレクターがある。そのどちらでも、この程度の隕石を無力化するなど造作も無いこと。しかし――――。

 

「――受け止めてみるとしよう!」

 

 しかしヴァーサス、ここでまさかの素手で受け止めるという暴挙を選択。

 いや、ヴァーサスの判断はある意味で正しい。全反射の盾オールリフレクターでは跳ね返した隕石がどこか別の場所に墜落するかもしれず、全殺しの槍キルゼムオールでは破壊仕切れなかった部位が砕けて拡散する可能性があった。なのであながち間違いともいえない判断ともいえる。

 しかしいかに次元超越者まで至った男とはいえ、その判断はさすがに無茶が過ぎた。

 

「位置はこの辺りか? よし……いくぞ石ころよ!」

 

 角度の微調整を終えたヴァーサスが不敵な笑みを浮かべ、隕石めがけて飛んだ。もはやその速度は音速を軽く超えている。そんなことをすれば相対速度が増し、隕石を受け止めた際の衝撃が大幅アップすことなど当然ヴァーサスは知らない。脳筋だからだ。

 

「俺の名はヴァーサス! この門を守る門番だ! 石ころよ! お前にこの門を――――」

 

 閃光。そして凄まじい衝撃波。

 

「ウボォアアアアア――――!」

 

 ヴァーサスの判断はまたも間違っているようで間違っていなかった。もしヴァーサスが隕石を空中でキャッチせず、地面で受け止めようとしていればその被害はより甚大なものになっていただろう。

 ヴァーサスがその身を挺して隕石と衝突したことで、ナーリッジやリドルの門の被害は殆ど無かった。ヴァーサスは世界をまたもや救ったのである――――。

 

「――はい! ただ今戻りましたよーっと! かわいいかわいいあなたの恋人が帰りました! ――って、なんですかこれはっ!?」

「チッ! やはり転移速度で白姫に劣っている! なぜだ、なぜ勝てぬ!? 私が取り込んだ門の力はこの程度だったのか!? やはりここはヴァーサスと共にもう一度門に――って、なんですかこれはっ!?」

 

 その時、ナーリッジでの雑事を終えて二人のリドルが舞い戻る。

 しかしそんな二人の目の前に広がっていたのは見るも無惨な光景だった。周囲を囲む森の木々はなぎ倒され、緑の草原はぷすぷすと焼け焦げている。

 門の領域の力によってそれらはすぐに元通りになっていくが、そんな中一つだけ元に戻らぬものが二人の目に飛び込んでくる――――。

 それは、その胸に人の頭ほどの石ころを抱いて倒れるヴァーサスの姿――。

 

「ヴァーサスっ!? どうしたんですか!? いったいここで何があったんです!?」

「気をつけて白姫! 今のヴァーサスをここまで傷つけられるなんて相当の相手ですよ!」

 

 傷つき、黒焦げになったヴァーサスを抱きかかえるリドル。黒姫はこの異常事態にすぐに周囲へと自身の領域を展開し、何者かの襲撃に備えた――――しかし。

 

「うっ……ううっ……」

「ヴァーサス! よかった……っ! 大丈夫ですか!? 今すぐ手当を―――」

 

 その赤い瞳に涙を浮かべ、想い人の無事に安堵の笑みを浮かべるリドル。しかし目を覚ましたヴァーサスは普段よりも若干弱々しい眼差しでリドルを見ると、苦痛に呻きながら戸惑いの声を発した。

 

「ここは……俺は誰だ? 君は……だめだ……何も思い出せない……っ」

「――えっ!? ええええええ!?」

「な、なんですとー!?」

 

 飛び出したヴァーサスのその言葉に、二人のリドルの叫びがその場に木霊したのであった――――。

 

 

 門番VS記憶喪失――――開戦。

 

 

 

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