天上を見上げれば、そこには美しい星空。
今、その空を埋め尽くす星々がそのままやってきたかのような光の粒が、彼らの頭上に降り注ぐ。
遙か星の彼方。弾けた閃光は絶望の運命を乗り越えた門番たちを、そしてその星に住む人々を祝福するかのように、いつまでも輝いていた――――。
「すごい……私、こんな綺麗な景色初めて見ました……」
「どうやら、ヴァーサスとリドル君たちはうまくやったみたいだね。ははっ! しかし、あの最後のヴァーサスの力には驚いたよ。ミズハさんも、いい師匠を持ったね」
「陛下…………はいっ! 私の自慢の師匠なんですっ!」
降り注ぐ光の中、空を見上げ、あまりに美しい光景にため息をつくミズハ。隣に立つドレスがそんなミズハに声をかけ、二人はお互いの健闘を称えるように笑みを浮かべた。
「うふふっ……皆さんとっても素敵でしたよ。私も今日この場で皆さんと共に戦えたこと、光栄に思いますわ」
「ダストベリー。今回は君がいなかったらどうしようもなかった。僕の方こそお礼を言わせて欲しい。でも体は大丈夫なのかい?」
「はい。実はエア様のお力のおかげで、治るどころか前よりも元気なくらいで……本当にありがとうございました、エア様」
「ううん……私こそ、なにもできなくてごめんなさい。私、今とっても嬉しい。みんな……お疲れ様。わっしょい……!」
戦いを終え、ついにその障壁で星を守り抜いたダストベリーがエアと共にしっかりとした足取りで輪に加わった。一時は命の炎すら燃やして限界を迎えていたダストベリーだったが、エアの加護を受けたことでもうすっかり回復したようだ。
「あっ! あれは――――師匠! リドルさんと黒姫さんも!」
そんな中、そわそわと上空を見上げていたミズハが大きな声を上げた。
光が降り注ぐ空に、一際大きく輝く流星が現れ、それはほとんど一瞬とも言える速度で門の前に帰還する。そしてその光からヴァーサス、リドル、黒姫の三人が普段通りの笑みを浮かべ、やり遂げた満足感を湛えた瞳でゆっくりと現れる。
「はっはっは! こちらは片付いたぞ! これで今回の門番活動は完了だな!」
「いやー! 凄い体験でした! みなさんもお疲れ様でした!」
「まさか恋人と二人で門に入るのが正解だったなんて知りませんでした……私の門より白姫の門の方がなんか微妙に強いし……って……クククッ! 称えよ! 賞賛せよ! 我が伴侶たるヴァーサスと半身たる白姫、そしてこの黒姫が! 見事この次元に迫る危機を討ち果たしたった今帰還したぞ! クハハハハハハッ!」
「あっ……黒姫さんやっぱりそっちでいくんですか?」
「とりあえずね」
満面の笑みを浮かべて立つヴァーサスを間に、思い出したように謎のポーズを取る黒姫と、そんな黒姫に興味深そうに尋ねるリドル。三人の帰還を見た門番たちもまた安堵の笑みを浮かべると、三人に歩み寄っていく。
「三人ともお疲れ様。それにしても、ヴァーサスはあんなとんでもない奥の手を隠したまま僕と闘ってたなんてね。完全にやられたよ。次に会うときは僕も使えるようになっておくからね。はははっ!」
「ヴァーハッハッハ! 貴様の戦い振り、見事だったぞヴァーサス! どうやら、俺やクルセイダスが撒いた種はとっくに芽吹いていたようだ。あいつも今頃喜んでいるだろう!」
「師匠! お帰りなさい! 私、神様を斬ったんです! ズバって斬れたんです! 後で師匠にも見て欲しくて!」
「お帰りリドルー! 今回も大勝利! だねー!」
「ヴァーーーサス! 俺と勝負しろ! 俺を吹っ飛ばす前に約束してただろうが!」
「……俺たち門番は門を守るのが仕事だ。今回も任務を果たしたな、ヴァーサス」
「あんた本当に強いじゃない! びっくりしちゃった! 今度私のとこに変なのが来たらちょっと助けて貰ってもいい?」
「ヴァーサスさん……私、感動しました。あのとき初めて私の障壁を貫通した殿方が、こんなに立派で逞しい成長を遂げているなんて……胸がいっぱいです」
「三人とも、お帰りなさい……私の仲間、みんな消えちゃったね。ちょっと寂しいけど、門は許可を取ってから通らないといけないって、私もドレスから教えて貰ったの。みんな知らなかったのかな……? あんなに偉くて強かったのにね」
「たはは! ありがとうございますみなさん! 私もまた皆さんにこうして会えてとっても嬉しいです! 全部皆さんのおかげですよ!」
「クククッ! そうだ……もっと我らを崇めよ! 称えよ! 神が一掃された今、この次元は全て我らの意のままよ! つまり、我々が神のようなもの! 貢ぎ物なら常時受付中であるぞっ! クハハハハハハ!」
「ハッハッハ! なるほどなるほど! そのように一斉に話されてもさっぱりわからん! 賑やかで素晴らしい! これだから門番はやめられん! ハーハッハッハ!」
全員の笑い声がその場に響く。
その場にいる全員が笑顔だった。
傷つき、失ったものもあったが、それでも彼らの心は大切なものを守り抜いた充実感に満ち、やり遂げた者だけが味わえる喜びに満ちていた。
そして、そんな彼らの前に――――。
『祝福しよう……美しく咲き誇る花たちよ……』
「えっ――――? この声……傷が……双蓮華が……っ!?」
頭上から降り注ぐ光に混ざり、一つの音が届く。
その音は輝きとなって傷ついた門番たちの体を暖かく癒やし、さらには戦いで失われたミズハの双蓮華すら元通りに復元されていく。
『今回の我々の判断と行い……それは全て過ちだった。どうか、許して欲しい』
「この声――――まさか、創造神レゴス様っ?」
「神どもの生き残りか……だが、どうやらもう闘う気はないようだな?」
光の粒子の中、うっすらと蛇の胴体を持つ白い巨躯――創造神レゴスの姿が浮かび上がる。しかしその表情は柔らかであり、もはや戦意や威圧感、圧迫感といった感覚は感じられなかった。
『私にできるせめてもの罪滅ぼしだ――傷ついたこの大地と、君たちの肉体を癒やさせて貰った。残念ながら私の力で異界の存在を治すことはできないが……今後、二度と君たちに害をなすことはないと約束する――――』
そう言ってその巨大な頭部を門番たちに垂れるレゴス。そしてそんなレゴスの前に、復活した双蓮華を握り締め、神妙な顔をしたミズハが進み出る。
「レゴス様……あの時、私に斬られたのは……」
『私は創造神――君に領域を破壊されたあの時も、私はまだ蘇ることが可能だった。しかしミズハ、それは君が未熟だったわけではない。私は君の成長し続ける姿を見て、蘇ることを止めたのだ。もはや、君たちが生きるこの世界をこれ以上傷つけたくないと、私も君たちと共に生きたいと願った。故に、あれは完全なる君の勝利だ』
「そうだったんですね……レゴス様、私の方こそありがとうございますっ!」
「ミズハさんすごーい! 神様を改心させちゃったんだ! あはは! すっごく頑張ったもんね!」
「俺も頑張ったぜー! ちょっとばかしボコボコにされたけどよー!」
レゴスの嘘偽り無い本心からの言葉に、ミズハは満面の笑みを浮かべると、深々と頭を下げ、少しだけ涙ぐんだ。自分の戦いが決して無駄では無かった――いや、無駄どころか、誰かの心を動かすことができたことが、たまらなく嬉しかったのだ。
「レゴス……他の皆は消えちゃったけど、大丈夫かな? 色々仕事とか、次元の管理とか、できなくなったりしないかな?」
『エア……命に寄り添う小さな我が眷属よ。案ずることはない。今後、この次元に残された上位存在である私はもう君たちに干渉しない。あとは君たちのように、その星の命に寄り添う小さな神々が自らの手でそれぞれの命を慈しみ、はぐくむのだ。もう遙か昔に、我々の役目など終わっていたのだから――――』
そう言うと、空に浮かぶレゴスの像がぶれ、光の粒子の向こう側に消えていく。
『特異点――――いや、門番ヴァーサスよ。我々の最大の過ちは、君を敵と見なしたこと。この世界をねじまげた主因と考えたことだった。しかしそれは違った、君こそが、この予測不能となった次元の守護者だったのだ。我々は、その考えに至らなかった。すまなかった――』
「気にするな! 誰にでも勘違いやうっかりミスはあるものだ! もう無断で門を通らないというのなら、またいつでも来てくれ! 歓迎する!」
「いやいやいや! この方が門通ったら終わりなんですけど!?」
「ハッハッハ! そういえばそうだった! ならば門は通せないが、料理は振る舞えるぞ! 俺も最近はなかなかの腕なのだ! 待っている!」
『……ありがとうヴァーサス。そのときは、必ず事前に連絡すると約束しよう……』
「うむ! そうしてくれ!」
レゴスの像が消える。光の粒子が渦を巻き、最後に門番たちの周囲を祝福するようにくるりと回ると、それはそのまま遙か彼方の虚空に向かって飛翔した――――。
「終わりましたね……」
「――終わったな。フフッ……この黒姫も、今回の戦いはいささか疲れた。どうだ白姫よ、今日くらいはヴァーサスを二人で共有してもいいのではないか? 私もそれくらいは頑張ったはずだ!」
「ええーっ? うーん……そうですねぇ……たしかに今回は……うーん……」
「はははっ! 大丈夫かいヴァーサス? なんだか不穏な取引が進行中みたいだけど。なんなら僕の皇帝用仮設ベッドで僕と一緒に寝ても良いんだよ?」
「あ! そ、それなら……っ! レイランド卿のお屋敷も空いてます! 自分で言うのもなんですが、ふかふかなんですよっ! えっ!? 私の部屋じゃないです! それはまだっ!」
「はっはっは! 全くもってさっぱりわからんが、いつのまにか俺が寝てもいい場所がこんなに増えているとは! 門番になってから良いことばかりだ! やはり――――!」
降り注ぐ光の中、ヴァーサスはぐるりと周囲を見回し、今日この場で共に闘った仲間たちを見つめる。そしてその精悍な顔に満面の笑みを浮かべると、握り締めた拳を高々と突きだして宣言した――。
「やはり門番は最高だな! ハッハッハ! ハーハッハッハ!」
ヴァーサスの発したその声はやがて、光にのってどこまでも飛翔する。
それは無数の星々が輝く漆黒の宇宙にも、そしてその先にも――――。
――――あの日、途方に暮れるヴァーサスとリドルが偶然出会ったあの瞬間から、ゆっくりと回り始めた運命の輪。その偶然はいつしか奇跡になり、今この時の笑顔を導いた。
無数に折り重なった因果の果て――。
こうして神々と門番の戦いは、門番たちの勝利に終わったのである――。
『門番 VS 最後の審判 門番○ 最後の審判● 決まり手:門番の力』