混沌と闇。そして輝く無数の光が支配する領域。
無数の新たなる可能性が生まれ、そして消えていく場所。
死と再生の坩堝――――次元の狭間。
『あれは……?』
数多の光が捻れ、闇と溶け合うその領域で、一つの声が生まれた。
それはやがて闇の中から染み出すようにしてその輪郭を明確にすると、長い黄金の髪に銀河を宿し、瞳の奥に深淵を灯す一人の女性の像を結ぶ。
――万祖ラカルム。
虚空の窮極に座する深淵の支配者にして、大いなる存在。
今、彼女が開いた深淵の渦の向こう側を、一筋の光芒が一直線に飛翔する。
その光は混沌と不条理に覆い尽くされた次元の狭間をまっすぐに切り裂き、その軌跡に希望と暖かな可能性を生み出しながら駆け抜けていく――――。
『そうですか――――ヴァーサス――――リドル――――貴方たちはついに、自らを覆う闇を払ったのですね――――』
全てが曖昧になる狭間の世界で、ラカルムは呟き、そして、優しく微笑んだ。
『おめでとう――――二人とも。祝福します――――心から。きっと、貴方の父と母も――――この光景をどこかで見ていることでしょう――――』
ラカルムはその宇宙をも軽々と覆い隠す両の腕を大きく広げ、混沌の中にあらん限りのプラスのエントロピーを放つ。
それは、今の彼女が二人に贈る、嘘偽り無い手向けの光だった。
『行きなさい――――門番ヴァーサス――――貴方の存在する意味を、この狭間の領域に示せ――――』
ラカルムが発した光と音。
それは狭間を駆ける光芒を見守るように寄り添い、やがて一つとなって混沌の闇を切り裂く光の矢となった――――。
● ● ●
『アアアアア! アアアアアアア!』
「逃がさん――!」
次元の狭間へと逃走した神々の集合体を追い、光すら越えた速度で飛翔するヴァーサスと二人のリドル。
今、三人の周囲にはその真の姿を解放した全反射の盾が七枚の結晶となって舞い踊り、まるで彼ら三人の絆と運命にこれ以上傷一つつけさせないとばかりにあらゆる災厄を弾き返す。
三人の周囲であらゆる時空が逆行し、三人が見たこともないような景色、世界、人々が現れては消えていく。
しかし今のヴァーサスにそれらは目に入らない。
自らが討ち果たすべき絶望の集合体。異形と化した神の成れの果て。ただ眼前にあるその姿だけが、ヴァーサスの青い雷光を宿した瞳に映っていた。
「ですです! 今のヴァーサスにはなんたって私たち二人がついてますからね! ぜーったいに! 逃げられませんよ!」
「白姫っ! あなた、門と融合したばかりなのに大丈夫なんですかっ!?」
「ご心配なく黒姫さん! 実は私、ついうっかりヴァーサスとキスしたまま二人で一緒に門に入ってしまいまして――――そのせいでしょうか? なぜだかすこぶる快調なのですよ! たははは! 愛の力には参りましたねこれは!」
「門に二人で入ったって……ならヴァーサスは大丈夫なんですか!?」
自らを閃光と化して飛びながらも、光の中で普段通りの笑みを浮かべるリドル。しかしその二人で門に突入したという事実は黒姫を驚愕させ、慌てさせた。
黒姫はすぐにヴァーサスへと向き直って体に異変がないか尋ねるが、ヴァーサスもまたリドルと同じく満面の笑みで応じた。
「俺は元気満々だ! それどころか、今もこうしているだけで君たち二人から暖かい力が流れ込んでくるのを感じる――先ほども、もしリドルが助けに来てくれなければ俺は確実に死んでいた。本当に助かった!」
「私だってそうです! 今までも、これからもずっとこうして――あなたにありがとうって伝えて生きていくんです! それが――――私の一番大切なものだから!」
「俺もだリドル!」
「ヴァーサスっ!」
もはや断ち切るものなど存在しないとばかりの眩しすぎる絆を一瞬で構築するリドルとヴァーサス。黒姫はそんな二人の様子に憤慨するように両手をぶんぶんと振り回して抗議の声を上げた。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと! 二人で勝手に盛り上がらないで下さい! 私も! 私を忘れないで下さい! 私なんて門と融合するとき一人ぼっちだったんですよ!? なんて可哀想なんだろうって思いませんか!? あー……誰か私と一緒にまた門に入ってくれる人いないかなー?(チラッチラッ)」
「ならば黒リドルも俺と一緒に入ってはどうだろう! あれはなかなか刺激的な体験だった! ぜひもう一度やってみたい!」
「うひゃあー! それでこそ私のヴァーサスです! ぜひぜひ! ぜひともそうしましょう! これが終わったらすぐしましょう!」
「たはは! 黒姫さんを一人にするわけにはいきませんね! ここは私もご一緒しますよ! たはは!」
「白姫は家で寝てて下さい!」
「なんでですかっ!?」
ぎゃあぎゃあとヴァーサスを挟んで言い合いになる二人のリドル。先ほどまでまっすぐに飛んでいた光の軌道が大きく蛇行し、ぐわんぐわんと上下左右に揺れる。
『オオオオオ! 我らをどこまで愚弄すれば気が済むのか――――! もはや門などいらぬ――――新たに手に入れたこの力で、我が望む世界を再び作り出せばそれで良い! 消え去れ――――特異点!』
その様子を見た神々が、次元創造の力を行使する。
宇宙開闢を司る無数のビッグバンがヴァーサスたちの周囲で巻き起こり、数兆度にも達する灼熱の火球と急激な空間膨張圧が襲いかかる。だが――――!
『オ! オゴオオオオオオ! 熱いいいいい! 体が! 体が焼けるううううう!』
「全反射の盾! これがお前の本当の力なのだな!」
ヴァーサスたちの周囲で巻き起こったはずのビッグバンの衝撃が、一瞬の間も置かずに神々の周囲へと転移し、炸裂する。
自らが放った極大のエネルギーの渦に打ちのめされ、その全身を焼き尽くされる神。
真の力を解放した全反射の盾に危害を加えることはできない。どのような高次元から干渉しようと、あらゆる災厄はその行使者へと反射され、全てその身に受けることになる。
もはや今のヴァーサスたちに、彼らが少しでも不利となる因果は届かない。
『こんな……こんなことが……私は……神をも越えた……お前と同じ特異点になったはず……なのに……なぜ……っ!』
「いやはや……これだけやってまだわからないんですか?」
「なら私たちが、最後にもう一つだけ教えてあげますよ――!」
焼き尽くされ、その身を崩す神々の成れの果て。
ついに動きの止まったその異形を前に、一つの光芒が三つに分かれた。
神の両極を挟むように白と黒のリドルがその領域を大きく広げ、今から発生する破局によって拡散される神の残すエントロピーを完全に封殺する。
そして、逃げ場を失った神の眼前に、光すら越えた次元超越者ヴァーサスの、解放された全殺しの槍による因果破壊の一撃が迫った。
「俺は特異点などではない――! 俺は――――っ!」
『アアアアアアア! ヤメロオオオオオオオオオオ!』
「俺は――――門番だ!」
閃光。そして収束。
おぞましい異形の正中を穿ち抜かれた神の断末魔が、狭間の領域に木霊した。
神々の成れの果ては死んだ。
ヴァーサスたちが住む次元に、星に、守るべき人々に、そして門に迫った絶望の闇は、跡形もなく消滅した――。
「――これが門番の、そして俺たち全員の力だ!」
ヴァーサスの闇を切り裂く叫びが力強く響く。
その声は、ラカルムの放ったエントロピーに乗り、どこまでも広がる混沌の狭間を僅かに暖め、少しだけ光らせたのだった――――。