門番の帰還
門番の帰還

門番の帰還

 

『ア……アアア……アアアア……』

 

 その叫びは、悲しみと後悔の叫びだった。

 全て知っていたはずだった。わかっていたはずだった。

 自分たちは神。この世界全てを生みだし、全てを把握する。そういう存在のはずだった。

 しかし現実は違った。

 

 何者かが――。

 

 次元を生み出すことすら可能な神ですら把握できなかった何者かが、知らぬ間に自分たちの世界を好き勝手に作り替えていた。

 すでに全ての平行次元で収束した、覆せないはずの事象を覆し、決して辿り着けないはずの現実を導き出した者がいる。

 決して許せることではなかった。

 心を込めて、全身全霊を注いで生み出した最高だと思っていた自らの作品を、我が家を、勝手に土足で踏み荒らし、徹底的に荒らされたに等しい行為だった。

 ただ帰りたかった――。

 自分たちが平穏に、神として見守り、緩やかに存在し続けられるあの世界に。

 ただ、それだけだったのに――。

 

『否。我々にはそれだけかもしれないが、彼らにはそうではなかった。命と希望を奪われることには抗う。そのように私が作った。彼らが大人しく我々の行いを見過ごすはずなどなかったのだ』

 

 虚無の中に浮かび上がる蛇ににた異形。
 それはミズハによって打倒された創造神レゴス。

 

『なぜだ。我々は神――許可などもとよりいらぬはず。我々が許すのだ。我々は何者かによって許されるような存在ではないはず。そのような思い上がりこそ、決して許されぬ行い――』

 

 一人形を成したレゴスに、全方位から怒りと憎悪に満ちた怨嗟の音が響いた。
 
 その無数の音の中、レゴスは寂しさに満ちた表情で僅かに俯き、そして音に背を向けた――。

 

『そうか――ならば、私は去ろう。私はこの世界に残る。たとえいかように荒らされようと、それすら乗り越えて立派に育った我が子を捨てるなど、親として誤った判断だった』

『待てレゴス――貴様、そのような勝手が許されると――』

我々は許されない。はて、たった今そうのたまった音が聞こえたかと思ったが、私の聞き間違いだったかな』

『レゴス――! 貴様――!』

 

 強まる憎悪の音。領域が歪み、激しく燃える。

 虚無の闇の中、レゴスの像がぶれ、消えていく。

 

『もはや、神などという音に興味は無い。私は彼らを永遠に見ていたい。小さいが、どこまでも美しく響く、あの無数の音たちの傍で――ずっと――』

 

 それは、残された最後の領域での刹那のやり取り。
 レゴスは消え、残された神々の怒りは頂点に達した。

 その怒りは領域を歪め、神々の意志をどろどろに溶かしつくし、一個のおぞましい存在へと堕としたのだった――。

 

 ●    ●    ●

 

『オオオオオオオオ――――!』

 

 瞬間。星が、銀河が、宇宙全てが大きく揺れた。

 消滅したはずの座標が再び現れ、平穏を取り戻したかに見えた門の前に、もはや異形という言葉すら生ぬるいおぞましいなにかが出現する。

 無数の顔があらゆる方向に生え、崩れた肉体のパーツが規則性なく生み出されては腐って崩れていく。

 それは、どれだけ放出しても収まることのない神々の怒りと憎悪をそのまま体現したかのよう。

 もはや領域も次元も、全てを黒く塗り潰し破壊する。

 それだけに囚われた哀れな神の成れの果て。

 それが今、激闘を戦い抜いた門番たちの前に最後の審判として立ち塞がったのだ。

 だが――――。

 

「ふう……お疲れ様黒姫さん。本当に助けられたよ、君が居なかったらどうなっていたか」

「いえいえ、ドレスさんのその剣のおかげですよ。それで一撃入れないと見抜けませんでしたから」

「ヴァーハッハッハ! 黒姫とやら! 俺は貴様を気に入ったぞ! どうだ、俺の妻にならんか! 今のキャラだろうが前のキャラだろうがどっちでも構わんぞ!」

「遠慮しておきます。これでもヴァーサスの妻(になるの諦めてない)なので」

「なんだと!? ヴァーサスめ……あのリドルとかいう小娘だけでなく貴様まで妻にしておったのか!? ヴァーーハッハッハ! やはり強者はこうでなくてはな! ヴァーハッハッハ!」

『オ……オオオオオオオオッッッ!?』

 

 門番たちは誰一人として出現した神の姿を気にも留めず、それどころか全員がお疲れ撤収ムードである。

 怒りの音を宇宙全土に届かせる神。

 必死にその異形を振る姿は、自分を見ようとしない門番たちにアピールしているようにすら見えた。

 

『オオ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「――――うっさいですね。そんなに相手して欲しいんですか?」

 

 無視に耐えかね、ついにありったけの音を響かせた神に黒姫の冷たい声が届く。

 実際のところ、その神の音はとてもうるさかった。

 

「なんですか。まだなんかやり残したことあるんですか? ならさっさとやってください。ほらほら、もう時間ないですよ

『き、貴様ら――――よくも――――よくも高次存在である我々を――――!』

 

 やっと黒姫に認識された神の成れの果てが、その無数に存在する口から鮮血の混ざった泡を飛ばし、必死の音を発した。

 だが、その放たれた神の言葉の内容を聞いた黒姫は大きなため息をつくと、やれやれという様子で手を広げ、首を左右に振った。

 

「あーあー……そういうところから始めます? これは間に合いませんね――」

「そうだね……もっと思い切りよく、僕たちを道連れにする自爆技とかにしておけば、ギリギリ僕たちを焦らせたり出来たかも知れないけど……まさかの前口上から入るとはね……」

「く、黒姫さんっ! その話し方だとリドルさんと凄く似てますけど、やっぱりまだ少し怖いと思います! もう少しにこにこしないと、お話してる相手が怖がってしまうと思うんですっ!」

「フンッ! この期に及んでこれとは……全くもって救えんな……はなから救うつもりなど無いが」

『こちらシオン……今回の任務は全て完了した。アブソリュートを帰投させる』

『――――お疲れ様シオン。待ってるわ』

「え? なに? なんでみんなそんな余裕なの? もしかして焦ってるのって私だけ? ええっ!?」

 

 黒姫だけではない。

 そこにいるカムイ以外の門番たちはみな、なにか哀れなモノを見るかのような目と空気感で神の成れの果てをみやり、少しも焦った様子を見せなかった。

 

『き、貴様ら――! 貴様ら――――! この姿となった我々がどのような力を持つか――――! 先ほどの生まれたばかりの特異点ではない! 無限に増殖し、その全てが我々なのだ! 見るがいい! これが自己を確定させた特異点の力――――!』

 

 瞬間、神の姿が周囲一面全てを埋め尽くすようにして出現した。

 しかもそれは先ほどのようなバックアップのためだけの存在ではない。

 確かに今、同時にその全てがこの世界に存在する実像なのだ。

 全く同じ意志、同じ力、同じ思考を持った圧倒的特異点が、最早数えることすら出来ぬほどにその場所を満たした。

 それはこの次元の終局を告げる最後の審判。
 絶望の光景。そのはずだった――――。

 

『オオオオオオ! どうだ――――教えてやろう――――これがぜつぼ――――』

「――――時間切れですね。はい、お疲れ様でした」

『――ッ!?』

 

 黒姫がその手を叩く。

 瞬間、門から眩いばかりの光芒が天へと昇った――――。

 その光芒を浴びた神の姿が次々と崩れ、崩壊し、消滅していく。

 驚き、全ての目を見開いて門を見る神。

 その視線の先で巨大な門の扉がゆっくりと開かれ、目もくらむ閃光を背に、二つの影が現れる――――。

 

「――戻ってきたぞ! 門番ヴァーサス、門番活動を再開するッ!」

「いやはや! 色々と大変でしたけど無事に戻りましたよ皆さん! って、ちゃんと間に合いましたかね?」

『き、貴様――! 貴様は――!?』

 

 神が下がる。

 現れたのはヴァーサスとリドル。

 ヴァーサスはその手に巨大な一振りの槍を持ち、自身とリドルを守るように七枚の結晶が周囲を浮遊している。見れば、すでに地面で転がっていたはずの全殺しの槍キルゼムオール全反射の盾オールリフレクターはその場から消えていた。

 覚醒した所持者の意志に呼応して、すでにヴァーサスの元に次元を越えて帰還していたのだ。

 

「――みんな、すまない。少々不覚を取った。門番として恥ずかしい!」

「――いいんです。お帰りなさい二人とも、待ってましたよ」

「ただいまです。黒姫さん――――そのキャラだと完全に私と被るのでちょっと後で相談しましょう!」

「はっはっは! 本当にリドルが二人になってしまったな!」

 

 現れた二人に笑みを浮かべ、歩み寄る黒姫。

 リドルとヴァーサスはそんな黒姫にこちらも満面の笑みを浮かべて迎えると、三人で頷き合い、目の前の神へと揃ってその眼光を向けた。

 

「どうやら、まだ俺がやれることは残っているようだ……! 俺の名はヴァーサス。この門を守る門番だ!」

「私の名前はリドル・パーペチュアルカレンダー! この門の管理者にして、ナーリッジの宅配業者。そしてヴァーサスの恋人です!」

「私の名前もリドル・パーペチュアルカレンダー! 元・次元の破壊者にして、宅配業者見習い、そしてヴァーサスの妻です!」

「ちょ、ちょっと!? 最後のなんですか! ねつ造は犯罪! 本当に臭い飯食べることになりますよ!? 人の忠告無視してたらとんでもないことになるって知ってますか!?」

「はっはっは! よくわからんが賑やかでいいな! ――――さあ! そこのなんといっていいかわからん変な生き物よ!」

 

 ヴァーサスが叫び、その最終進化を果たした全殺しの槍キルゼムオールを構える。

 それと同時、二人のリドルがヴァーサスの左右から前に進み出し、完全に門と融合した白と黒、二つの領域を展開する。

 

「私が管理するこの門を――!」

「力によって押し通るというのなら――!」

「貴様はここで、俺たちが切り捨てる! いくぞ! 変な生き物よ!」

 

 それは、最後の審判を乗り越える究極の光だった。

 絶望をもたらす闇に抗う圧倒的光。

 今、頂点に達した光はその臨界点を超え、あらゆる絶望と闇を飲み込む閃光となって飛翔した――――。

 

 

 

 

 

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