わからせる門番
わからせる門番

わからせる門番

 

「行きますよ! 皆さん!」

 

 瞬間、黒姫の領域が弾けた。

 得体の知れない領域を展開する名も無き神めがけ、一丸となって門番たちが動く。

 

「先の一撃で貴様の質は見切った……!」

 

 先陣を切るのは天帝ウォン。ウォンはその自身を囲む絶対領域の形を変え、丸太のような腕に纏わせると、それを名も無き神の領域に抉り込むように穿ち抜く。

 先ほどは強烈な抵抗を受けたウォンの一撃が、今度はなんの障害もないかのように名も無き神に到達し、凄まじい閃光と共にその肉体を大きく破砕する。

 

『オオオォォォォ――興味深いです――しかし教えましょう、私は――――』

「次は僕だよっ!」

 

 ウォンの一撃で押し潰されたはずの名も無き神が即座にその場に再生する。
 しかしそれを待っていたかのように、門番皇帝ドレスがその身に黒姫の領域を纏わせて加速する。

 

「見ていてくれヴァーサスっ! 君が留守の門は――この僕が守り抜いてみせる!」

 

 既に限界を迎えた全殺しの剣スレイゼムオールに最後の力を宿し、その全身から凄絶なプラズマの雷光を放って一筋の光芒と化すドレス。

 一閃――――。

 先ほどは弾かれた全殺しの剣スレイゼムオールの因果破壊の一撃が、黒姫の領域の助けを得て名も無き神に届く。

 

『アアアアアア――――! こ、これは――――興味深い――――この剣は――――私を――――アアアアアア!』

 

 名も無き神が初めて苦悶の声を上げた。

 たとえ全殺しの剣スレイゼムオールより上位の領域を持とうと、直にその刃を受ければ因果破壊の運命からは逃れられない。もし名も無き神が本当にそこに存在するのであればこれで決着――――だが!

 

「やはりそうでしたか! 厄介な真似を!」

 

 黒姫が叫ぶ。全殺しの剣によって因果を破壊され、消滅したかに見えた名も無き神の肉体像が、まるで合わせ鏡のように微妙な重なりを持って並列する。

 そう、名も無き神は新たなる次元を一つ一つ創造していたのではなかった。
 生まれ落ちてから今この時まで、ずっと創造し続けていたのだ。

 しかも、それら生み出した次元はその全てが自分の存在を保つため、まるでデータの保存と再生をする記録媒体のように、自らの存在を維持し続けるためだけに生み出したもの。

 通常、平行次元に存在する自分自身というものは、いかにお互いがどんなに似ていたとしてもあくまで別人だ。リドルと黒姫が全く違う運命を歩んだように、元は同一だったとしても、可能性が分岐した時点で完全に分かれ、二度と同じになることはない。

 しかしその次元に自分だけしか存在せず、自分以外の干渉因子が一つも存在しなかったとしたら、可能性は分岐せず、生み出した瞬間そのときそのままの、全く同じ記憶、同じ意識、同じ目的を持った同一の存在を永遠に保持できる。

 目の前の名も無き神は、自分の願ったとおりの次元を創造できる力を使い、自らのバックアップを作るためだけの次元を、しかもほぼこの世界に重なり合うようにして無数に生みだし、不死を装っていたのだ。

 

『オオオ――――私の世界が――――何者にも触れられない、私だけの世界が――! これが――これが怒り――覚えました――!』

「うるさいですよ! もう貴方は無敵ではない!」

「――そうだぜぇっ! てめえも黙って俺に殴られろおおおお!」

「あはは! ぎっちゃんごーごー! 一緒にいこー!」

 

 雷光が飛び出す。

 先ほどのドレスと同様、黒姫の領域を纏ったギガンテスが鋭角の閃光となって重なり合う名も無き神の間を駆け抜ける。

 

「おっきくなーれ! ちいさくなーれ! えい! えい! えいー!」

「おおおおおお!? すげえぜルルトア! 信じられねぇ!」

「ルルだよー? ルルって呼んでって言ってるのになんで呼んでくれないのー?」

「ば、ばっか! 今はそんな場合じゃねぇ!」

 

 ギガンテスの拳が、蹴り足が、瞬間的に凄まじい加速を持って巨大化し、黒姫の領域と共に圧倒的な破壊を名も無き神に与える。しかもその巨大化した手足はすぐに等身大に戻り、縮小したギガンテスの解き放たれた光速機動へと戻るのだ。これはもう手がつけられない。圧倒的質量の暴風。それが今のギガンテスとルルトアだった。

 

『ガアアアア――! きょ、興味深い――興味――』

「――とっっっても興味深いわね! あんたってどんな味がするのかしら!? 貰うわ――あんたのその力ッッ!」

『オゴオオオオオ――!』

 

 無数に存在する名も無き神の一体にカムイが取り付く。

 黒姫の領域の助けを得たカムイが名も無き神の領域を吸い尽くし、それと反比例するように名も無き神が萎び、干涸らびて消滅する。

 

「う……っ! ま、まっずっ! なによこれ!? ゲロマズじゃない! うええ! 期待して損した!」

 

 苦々しい顔で何かをはき出す仕草を見せるカムイ。だが――。

 

「けど――まあ、力はやっぱり凄いわね――! キャハハハハ!」

 

 瞬間、周囲に存在した数百の名も無き神が一瞬で消滅した。

 カムイがこの名も無き神の力の片鱗を扱えるのは瞬間的に過ぎないが、それでもその間は間違いなくその力はカムイのものだ。

 

『私の力が――奪われた――そんなことはあってはなりません――わかりませんか? ――ならば、おしえまし――』

「貴方から教わることは――何もない――っ!」

 

 翻る銀閃。それはミズハ。

 その研ぎ澄まされた自らの心と技量を、ついに神の領域まで届かせた剣の申し子。

 

「絶技――! 万花繚乱――狂咲!」

 

 既に限界に達した小さな体に最後の炎を灯し、ミズハが舞う。
 それは季節が巡り、悠久の時が流れても咲き続け、循環する数多の花々の如し。

 ミズハの銀色の刃が流麗な規則性をもって無尽蔵に生み出され、黒姫の領域と共に銀の閃光を放つ双蓮華そうれんげの光刃が踊る。

 

「師匠――! リドルさん――! 早く帰ってきてください――! そして見て下さい! 私――こんなにやれるようになったんです――! だから――っ!」

 

 だがそのとき、ミズハの剣筋がぶれる。
 
 やはり、いかに強がってみてもミズハの体はすでに限界を越えていたのだ。

 一瞬の停滞。目の前に立つ名も無き神は即座に反応し、たたらを踏んだミズハめがけ、その破滅の領域を伸ばした――しかし!

 

『どうやら、最後の祭りには間に合ったな――無理をするな、ランク7』

「――っえ!? こ、これ――魔導甲冑――まさか、シオンさん!?」

 

 名も無き神の一撃は空を切る。
 
 足下をふらつかせたミズハは、いつの間にか自分が巨大な掌の上に乗っていることに驚く。

 見上げた先、そこには宙に浮かぶ青い魔導甲冑があった。

 ――その名はアブソリュート。

 門番ランク5。シオン・クロスレイジの愛機が、今再びこの場に現れたのだ。

 

「シオン! やっぱり生きていたんだね! そうだろうと思っていたよ! はははっ!」

『今回はさすがに死んだと思ったんだがな。どうやら、まだ俺の悪運は尽きていないらしい』

『――悪運じゃないわ。全てこの私の計算と予測の結果よ。いい、シオン。そのアブソリュートは数分しか活動できない。今度こそ決めて』

『了解だ、アリス』

 

 アブソリュートがその巨大な背面に備えられた武装を解放する。

 ミサイルポッドのような装備から無数に撃ち放たれたそれは、空中に、地面に、あたりを一体全てを包囲するように展開すると、同時に巨大な力場を形成する。

 

『門につけていた発信器で大体の状況は理解した。やつが重ね合わせの次元に存在するというのなら、これでその座標は固定できるとアリスは言っていた。どうだ黒姫、少しは役に立ちそうか?』

「これ……領域の固定……こんなことが出来るなんて…………っ! シオンさん、あなたのその相棒さんって……!?」

『――私はアリス。天才よ。あらゆる平行次元にこの私より優れた頭脳を持つものは存在しない。理解したなら、さっさと終わらせて』

『そういうことだ。少々口が悪いのは気にするな。後は任せたぞ』

「はいっ! 感謝しますよ! シオンさん、アリスさん!」

 

 アブソリュートから展開された力場が名も無き神を覆う。
 名も無き神が更なる苦悶の声を上げ、のたうつ。

 

『アアアアア! 動けない――! なぜですか――教えて――誰か、教えて下さい――!』

 

 座標隠蔽のため、あえてこの場所とわずかしかズレていない座標に次元を創造し続けたことが逆に仇となった。名も無き神は、その逃げ場を失ったのだ。

 

『教えて――ください――なにが――私になにが――』

「――教えて欲しいですか?」

 

 もはや、無限とも思える数存在した名も無き神は目の前の一体のみとなる。

 黒姫はその傷ついた異形の神の前に立ち、静かに、厳かにその手を掲げた。

 

「ヴァーサスが何度も言ってたじゃないですか。門を通りたいなら、まずは許可を取れって。人が親切でしてる忠告を無視すると、大抵こういう目に合います――――理解できましたか?」

『ア……アア……覚えました……人の忠告は……聞く……門は……許可を取ってから……通る……』

「ま……今更覚えても遅いんですけどね」

 

 黒姫がその広げた手のひらを閉じる。

 名も無き神の領域がぐしゃりと潰れ、小石ほどの大きさまで一気に圧縮され、光の残滓ざんしをまき散らし、最後には消えた――。

 

「これが――門番の力です」

 

 言って、神の座標に背を向ける黒姫。そして閉じた手を静かに握り締め、自身の胸にそっと当てた――。

 

「そうですよね、ヴァーサス……」

 

 神が作り出した鮮血の空はすでに無い。

 黒姫は輝きと静寂を取り戻した星空を見上げ、一人呟いた――――。
 

 

 

 

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