叙任される門番
叙任される門番

叙任される門番

 

「えーっと、これは二番街の332……二階の部屋です!」

「クハハハハッ! 貴様もよくぞここまで生き残ったと褒めてやりたいが、この黒姫に目を付けられたのが運の尽きよ! そぉら! どこへなりとも飛んでいくが良い!」

 

 高笑いと共に大仰なポーズを決め、目の前の小さな箱を指定された場所へと消し飛ばす黒リドル。

 ここはリドルの門がある広場に新しく建てられた倉庫の前。

 ラカルムとの戦い、そして門番皇帝ドレスとの戦いを経て能力が成長し、さらに配信石による街との通信手段も手に入れたリドル。

 より宅配業者としての利益を上げるべく思案したリドルは、街から配信石によって依頼を受け、依頼された宅配物を門の前にいながら一度倉庫へと飛ばし、そこから住所などを確認して配送先へ飛ばすという新たなビジネスモデルを構築していた。

 

「はい! 今ので終わりです。いつも手伝ってくださりありがとうございますね。黒姫さん」

「クククッ! そうであろう! 未だ門との融合を果たせずにいる貴様と違い、私はもはや完全体! その私が手を貸せば、箱の百個や二百個など容易い!」

「すごいなー! 憧れちゃうなー! さすが黒姫さん! さすが元・次元の破壊者! 黒い! トゲトゲ! かっこいい! 」

「むふふ……! ならば今度白姫にも私と同じ衣装を用意してやろう。見たところ少々私よりも胸回りがさもしいようだが……なに、気にすることはない。大は小も兼ねるのだ!」

「うっさいですね! なんで同じ私なのにちょろちょろ差があるんですか! あ、言っておきますけどちゃんと毎日食べるものには気をつけてますので!」

 

 見定めるように顎に手を当て、リドルの全身を下から上までふーむと見やる黒リドル。リドルはそんな黒リドルの目から身体を隠すように身をすくめるが、たしかに二人の見た目には肉付きや骨格の微妙な部分でそれなりに差があった。

 

「ふふっ……良いではないか。私と貴様は同じようで同じではない。私はそれがたまらなく嬉しいのだ。こんな私でもまるで乙女のように恋をし、この力で誰も傷つけることなく日々を送ることができるのだと、私はここに来て初めて知った……そんな貴様が私と全て同じなど……あってたまるものか」

「黒姫さん……」

 

 ふと。寂しさと後悔の浮かぶ自嘲的な笑みを覗かせる黒リドル――。

 黒リドルがヴァーサスやリドルと共に暮らすようになって約一ヶ月。

 

 普段は高圧的で強気。それでいてどこか繊細で幼く、周囲への気配りもそれなりに出来る黒リドルだったが、こうして時折見せる面持ちには、やはり癒やしきれない壮絶な時が積み重なっていることを実感させた。

 黒リドルは自身の過去を殆ど話さない。

 たとえリドルやヴァーサスが尋ねても、次元を越えた情報伝達はこの世界に良い影響をもたらさないと、口を固く閉ざしてしまうのだ。

 

「本来なら別次元の存在である私が、こうしてここに居座っていること自体が何かしらの悪影響を世界に及ぼしているかもしれんのだ。もはや私はここから離れる気はさらさらないが……もし何かがあれば、この黒姫ももてる力の全てを使い、この世界を守ってやろう」

「……大丈夫ですよ。ここには私もいます。それになんたって、この世界には頼れる私たちの門番様がいますから!」

 

 真剣な眼差しで言葉を続ける黒姫を元気づけるように、にっこりと微笑んで黒リドルの肩のトゲトゲをよしよしと撫でながら言うリドル。

 だがリドルの『私たちの』という言葉の部分に過剰反応した黒リドルはその赤い瞳をギラリと輝かせると、獲物を狙う鷹のような目でリドルを捉える。

 

私たちのヴァーサスだと……っ!? 白姫よ、貴様ついにヴァーサスをこの私と共有する気になったのか!?」

「なってないです」

「うぬぬぬ! もう我慢できんぞ! かくなる上は白姫よ! 今着ているその服を私に寄こせ! 貴様に成り代わってヴァーサスに迫ってくれるわ! クハハハッ!」

「ちょ、ちょっと黒姫さん!? やめてくださいって! 大は小を兼ねるかもですが小は大を兼ねませんから! 破けますから!」

「よいではないか! よいではないかーっ! 私もヴァーサスを抱き枕にして毎晩一緒に寝たいのだー!」

「むふふ……ここだけの話、ヴァーサス抱き枕は最高ですよ」

「し、白姫ッ!? 貴様どうやら死にたいらしいな!?」

「たはは! これは失敬!」

 

 そんなこんなで空っぽになった狭い倉庫の中、座標転移合戦による鬼ごっこを繰り広げる白黒二人のリドル。

 口では色々と言っているものの、黒リドルの表情に先ほどまでの物憂げな色はない。ここはリドルの作戦勝ちといったところである。

 

「リドル! 客人だ! 急ぎこちらに来て貰えないだろうか!」

 

 しかしそんなドタバタを繰り広げる二人の元に大きな声が届く。

 言うまでもない、今このときも門の前で門番としての勤めを果たしていたヴァーサスの声だ。

 

「あらら! 暫しお待ちを! 黒姫さんちょっとストップ! ストップです!」

「ぬう……あと一歩というところで……!」

 

 リドルはその声を聞き、黒リドルに脱がされかけていた服を急ぎ整えると、ぱたぱたと倉庫から飛び出し、門の前に向かう。

 

「うむ! お疲れ様だなリドル! こちらがたった今やってきた客人だ。ドレスが遣わしてくれたらしい」

 

 少しだけ息を上げたままやってきたリドルに笑みを浮かべるヴァーサス。

 夕暮れが近づき、門によって生まれた大きな黒い影と、オレンジ色の日の光が明確なコントラストを辺りに作り出している。

 そしてそのちょうど境目。

 白い法衣を着た少年か少女かもわからぬ小さな子供が一人。

 

「いやはや、大変お待たせしました。私はこの門を管理しているリドル・パーペチュアルカレンダーと申します。このたびはどのようなご用件でしょう?」

 

 リドルは膝を屈め、フードを被ったその子供に目線を合わせるようにして尋ねた。

 子供はまっすぐに見据えられたリドルの眼差しに照れるようにして頬を染め、目線を泳がせながら口を開く。

 

「このたびはご機嫌うるわしく。ボクはシロテンです。皇帝陛下からの大切な勅命をお伝えにあがりました……デス」

「ふむふむ……この話し方……それに名前! もしかして、あのときの女の子――クロテンさんのご兄妹の方でしょうか? 遠くからわざわざありがとうございます」

「はい。クロテンは、ボクの妹です。ボクが先に生まれました……デス」

「俺も待っている間に少し話して驚いた。クロテン殿も変わらず息災らしい」

「それはなにより! それで、皇帝さんからの勅命とは?」

 

 照れるように白いローブのフード部分を引っ張って顔を隠そうとするシロテン。
 
 目深にかぶったフードに落ち着いたのか、シロテンはいそいそと鞄の中からデイガロス帝国の封蝋で閉じられた羊皮紙を取り出し、ヴァーサスに手渡した。

 

「どうぞ……ヴァーサスさんに、デス」

「確かに受け取った! ありがとう、シロテン殿!」

「なんですかなんですか? 早く開けてくださいよ!」

「そうだぞヴァーサス! 早くこの黒姫にも見せるのだ!」

 

 また音も無くヴァーサスの背後に現れた黒リドルも交えた中で、ヴァーサスは封を外し、羊皮紙を広げる。

 そこには美しい達筆でこう書かれていた。

 

【先の門番レースの結果を踏まえ、門番ヴァーサスを門番ランク除外に任じる。また、本日この封が解かれし時よりランク叙任の式典を開催する。門番各自は各々の持ち場を離れず待機するよう厳命】

 

 

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