活躍する門番
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活躍する門番

 

『おおーーっと! ここで優勝候補の一人、門番ランク17のグレイトアックスが脱落! 新進気鋭の門番ヴァーサス、レース開始から次々と格上を撃破! これは予想外の伏兵の登場だーっ!』

 

 大陸南部に広がる砂漠地帯。
 
 その砂漠地帯の入り口に位置し、南部一帯の玄関口となっている貿易都市ガイルカ。
 貿易都市ガイルカは今年の門番レースのスタート地点であり、各門番のサポートチームや大勢の観衆が詰めかけて街全体を上げたお祭り騒ぎとなっていた。

 いくつもの配信石を重ねた巨大なスクリーンに、ビッグヴァーサスがグレイトアックスを撃破したシーンが映し出され、それを見た観衆からは大きな落胆と困惑、驚愕の入り交じった声が上がった。

 

『さぁ! これでヴァーサスは一気に表彰台圏内! 世界樹ラグナマグナに用意されたゴールまで半分を切り、無名の門番ヴァーサスが波乱の中心点となるかぁ!?』

 

 スクリーンの向こう側、砂塵の上を颯爽と走り去るビッグヴァーサス。

 その一方。ざわつく観客達を尻目に、サポートチームに用意されたテントの下でその光景を見ていたリドルと黒リドルは浮かれまくっていた。

 

「あったりまえですよ! 私のヴァーサスがちょっと魔導甲冑に乗ったくらいでそこらの門番に負けるわけないじゃないですか! 当然の結果です!」

「同意だな。ヴァーサスの身体能力、判断力、精神の強さはあの珍妙なロボに乗ったとしても抑えきれるものではない。そもそものモノが違うのだ……クックック……私は嬉しいぞヴァーサス!」

 

 リドルは頭につけたヘッドセット状の通信装置をぶんぶんと振り回し、黒リドルはなぜか用意されている豪奢なベッドに横になりながら不気味な笑みを見せる。

 かなり離れたテントからは、先ほどヴァーサスに撃破されたグレイトアックスの故国、エレシア共和国のサポートメンバーからの悲鳴と嗚咽が漏れ聞こえていた。

 魔導甲冑の爆発程度で門番が傷を負うことはないが、門番レースのルール上、甲冑を破壊されれば失格である。エレシア共和国の一年は終わったのだ。

 

「あの人たちにはちょーっとばかり可哀想ですけど、ヴァーサスに舐めた口きいてましたからね。仕方ないですね!」

「フッ……しかしこの世界は本当に面白いことばかりだ。平和で人口が多いだけでなく、門番などという者どもが幅を利かせ、しかも実際に人知を越えた力を持っている。あの皇帝ドレスとやらも他の次元ではまず見ることのないレベルの手合いであろう。興味深いことこの上ないな」

「え? そうなんですか? 他の世界だと門番っていないんですか?」

 

 ベッドに半身を横たえ、ワイングラスの中のオレンジジュースを優雅に飲む黒リドル。そんな黒リドルが発した何気ない一言に、リドルは驚きの声を上げた。

 

「門番はいるがな。偉くもないし憧れでもない。当然強くもない。ただの末端の雑魚兵士だ。この世界の門番とはまるで立場が逆といってもいいだろう」

「はえー、そうなんですか! ヴァーサスがそれ聞いたら『なんだと!?』って驚きそうですね。ふふふっ」

 

 目を丸くして愕然とするヴァーサスの顔を思い浮かべて微笑むリドル。だがそんなリドルを尻目に、黒リドルは今一度自らの疑問点を反芻していた。

 

「(しかしどうだ……? この世界、あまりにも門番という存在へのエントロピーの集積度が高すぎではないか? ただの偶然でこんなことが起こりうるのか? 他の次元で一度たりとも起こらなかった現象が? ヴァーサスもこの世界にしかいないしな……うう……愛しのヴァーサス……! しかし、あやつはもう白姫の……私は寂しいっ!)」 

「あわわっ! なんでいきなり泣いてんですか!?」

 

 反芻したはいいものの、いつの間にやらヴァーサスを探し求めた百年のトラウマに辿り着き滂沱ぼうだのごとき涙を流す黒リドル。いつしか彼女の脳裏から当初の疑問は消え失せ、ただただヴァーサスを求める悲しみへと推移していったのであった――。

 

 ●    ●    ●

 

「なかなか……生身と同じとはいかんものだな!」

『GYAAAAAAAA!』

 

 背面のスラスターから収束された魔力を放出して飛翔するビッグヴァーサス。

 天高く舞い上がったビッグヴァーサスは、一筋の流星と化して全長数百メートルにも達する巨大なミミズ状の生物――サンドワームへと最後の一閃を繰り出す。

 その半身をざっくりと両断されたサンドワームは二度三度とのたうった後、乾いた砂粒に体液を染みこませながら絶命した――。

 普段のヴァーサスであれば秒で片付く相手だったが、ビッグヴァーサスに搭乗したままの戦いを強いられる今のヴァーサスにはなかなか骨の折れる強敵であった。

 

「しかしこのような巨大な物体に乗り込んで手足のように動かすというのも、これはこれで癖になる楽しさがある! 以前ルルの力で巨大になったときも思ったが、大きいというのは良いものだな! ハッハッハ!」

 

 ヴァーサスは一人窮屈なコックピット内部で笑い声を上げると、すでにうっすらと見え始めた世界樹ラグナマグナに向かってビッグヴァーサスを走らせる。

 そもそも、今ヴァーサスが乗る魔導甲冑はかつて人類が持ち得た最強の戦力だった。まだ大門番時代が訪れるよりも前、世界中の勇者達はみな強敵との決戦の際に魔導甲冑へと乗り込み、世界を守るために熾烈な戦いを繰り広げたのだ。

 たとえ生身での力は弱くても、たとえ戦いの経験がない年若い少年少女であろうとも、魔導甲冑の操作に習熟さえすればかのレッドドラゴンや山よりも大きい巨人相手にも闘うことができた。

 大門番時代が訪れ、門番が世界最高戦力の座をあらゆる存在から奪い取るまで、魔導甲冑は間違いなく戦場の花形であり主役だったのだ。

 

『気をつけてヴァーサス! 敵、ランカー門番を確認。門番ランク7。門番傭兵クロスレイジです。右腕に剣、左腕にクロスボウを装備。遠近共に隙がありません。戦いを長引かせず、一気に決めて下さい!』

「わかった! ありがとうリドル!」

『しかし白姫よ、貴様よくここまで調べ上げたものだ。それもヴァーサスへの愛ゆえか?』

『ちょ、ちょっと黒姫さん! 今戦闘中ですから! 横から変なこと言わないでください! ま、まあ、ヴァーサスのことは好きですけど!? ふんす!』

『ぬぐぐぐ! そこをどけ白姫よ! 私もヴァーサスのために何かできることはないのか!? 愛ならば溢れるほどあるのだ!』

「……う、うむ! 行くぞクロスレイジとやら!」

 

 通信の向こうから聞こえる二人のリドルの声にううむと唸るヴァーサス。

 しかしすぐに気を取り直して周囲のスクリーンへと視線を走らせると、即座に眼前の魔導甲冑へと対峙する。

 

『……お前がヴァーサスか。ナーリッジでの戦いは見させてもらった。世間ではミズハの弟子と言われているようだが、俺の目はごまかせない。全力で潰させて貰う』

「なるほど……門番ランク7ともなれば流石に一筋縄ではいかんようだな!」

 

 明らかに今までの相手とは動きの違う青い魔導甲冑。

 ヴァーサスは気合いを入れ直すと、自らの愛機ビッグヴァーサスにその意志を伝えるべく、足下のペダルを一気に踏み抜く。

 純白に赤と黄金の模様が施された帝国最新鋭の機体であるビッグヴァーサスは、その他の魔導甲冑を一切寄せ付けない加速力で砂丘を右に左に滑り抜ける。

 そしてその手首から射出された槍の柄を握って即座に展開させると、クロスレイジの駆る青い魔導甲冑へとうなりを上げて肉薄するのであった――。

 

 

 

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