追放する門番
追放する門番

追放する門番

 

 大陸でも有数の貿易都市ナーリッジ。

 

 まだ昼間だというのに、ナーリッジの酒場は大勢の冒険者たちで賑わっている。

 しかしながら、酒場ではあるものの彼らは酒を飲みに来ているわけではない。

 

「神官だ! オールヒールを使える神官を募集している! 私たちの目的地は地下五十六層! 我こそはという神官はいないか!」

「盗賊が欲しい! 昨日うちのしみったれた盗賊がしくじって石になっちまった。化け物どもは俺たちがやる! 頼むのは鍵開けと罠解除だけだ! いねぇのか!?」

 

 そう、彼らは皆これから挑む困難な冒険を共にする、信頼に足るパーティーメンバーを見定めているのだ。

 パーティー編成は彼らの生死を左右する。
 ここで優秀な人材を集めることができなければ、それは自らの死を意味するのだ。

 まさに命がけのスカウト活動といっても差し支えないだろう。

 そして、そんな喧噪に包まれた酒場の中で、突然悲鳴のような叫び声が上がった。

 

「君を追放する!」

「なんで……どうしてですか!? 突然どうして!?」

「理由は言わなくてもわかるだろう……今の君の強さでは、この先の戦いを生き残ることはできない……わかってくれ」

「そんな! 俺は今まで必死に皆さんの力に……!」

「許せ……君のこれからの活躍を祈っている」

「くっ……わかったよ……! いつかもっと強くなってアンタたちを見返してやるからな! そんときに後悔するなよ!」

「うむ。その時を楽しみにしている……」

 

 そう吐き捨てるように言うと、軽装の鎧を身につけた少年は勢いよく席を立ち、扉を大きく鳴らして酒場から出て行った。

 なんということはない。この酒場ではありふれた光景だ。

 

「……行きましたかね?」

「ああ」

 

 残されたテーブルに座る三人。

 それは黒髪に全身甲冑を身につけたヴァーサスと、とてもこれから困難な冒険に挑むようには見えない普段着同然の格好のリドル。

 そして東の戦士たちが身につける軽装鎧に身を包んだミズハだった。

 ヴァーサスは座ったまま心苦しそうに腕を組み、リドルは目の前の羊皮紙にびっしりと書き込まれたマップを見つめ、ミズハはテーブルに置かれたジュースをストローでちびちびちと飲んでいる。

 

「なんだか心が痛みます……今まであんなに頑張ってくれてたのに……」

「なかなか気持ちの良い方でしたな。私たちに追いつこうと探索の後に一人で特訓もしてたみたいですよ?」

「だからこそだ……彼のような少年になにかがあってはいけない。これから俺たちが挑む階層は、そういう場所のようだからな」

「地獄へ行くのは私たちだけで十分と……いやはや、厄介なことになりました……」

「私は……師匠と一緒ならどこまでもお供します!」

 

 そう言ってお互いを見合わせ、真剣な表情で頷き合う三人。

 

「しかしこれで私たちのパーティって【門】【門】【宅】になっちゃいましたね。これってバランスとかどうなんでしょう?」

「わからん!」

「門2ですからバランスは大丈夫だと思います。それよりずっと気になっていたのですが、このリドルさんの【宅】って……?」

「決まってるじゃないですか! 宅配業者の【宅】です!」

 

 そう言うとリドルは謎のポーズと共に会心のドヤ顔を決めた――。
 

 

 今やナーリッジはかつての貿易都市としての姿から、無数の冒険者が集う冒険都市へと変貌していた。バダムを倒してからまだ一月も経っていないのに――である。

 

 一体なぜこのようなことになったのか?

 

 全ては三週間前に遡る――。

 

 ●    ●    ●

 

「はあああああ!」

「甘い!」

 

 巨大な門の前に広がる草原の上。
 木製の盾と棒を構えたヴァーサスがミズハの渾身の一撃を叩き落した。

 見れば、ヴァーサスとは違いミズハが握っていたのは彼女が普段使う二振りの刀――双蓮花《そうれんげ》であり、万が一当たればヴァーサスとはいえ重傷は免れない。

 そのような危険な打ち合いをしているというのに、二人は平然とそのやりとりをかれこれ二時間は続けていた。

 

「くっ……参りました!」

「今の踏み込みは見事だった! しかし何度かやってみてわかったが、ミズハは動きが直線的で読みやすいところがあるようだ。もしやそれが君の流派の教えか?」

「さすがです師匠! 例え動きを読まれようと、その読みを上回る速度と精度で切って捨てる。それが睡蓮双花流の神髄です」

「やはりそうか。ならばこうしてみてはどうだ?」

「ほむほむ……?」

 

 芝生の上に正座し、輝く瞳でヴァーサスの言葉を一言一句逃さず聞き取ろうとするミズハ。ヴァーサスもまたそんなミズハに対して自分の感じたことを丁寧に説明した。

 当初はミズハを弟子とすることに難色を示したヴァーサスだったが、今や二人の姿はどこからどう見ても師弟である。

 するとそんな二人をつまらなそうに眺めていたリドルが横から声をかけた。

 

「お二人とも随分熱が入ってるみたいですけど~……ミズハさん、あなた自分の門はいいんですか~? ここ最近ずーっとヴァーサスと一緒にいるじゃないですか!」

「はい! 実は今まで有給が二百六十六日分も貯まっていたので、この機会に消化してるんです!」

「超絶ブラックじゃないですか! でもよくあのレイランド卿がOKだしましたね?」

「レイランド卿もあの事件以来すっかり丸くなってしまって……最近はクレスト様が色々と本業のお手伝いをされてるくらいなんですよ」 

「なるほどー……変われば変わるもんですね……ってそれはそれとして! ヴァーサスは私の門番様なんですから、あまり占有しないでいただきたいですな!」

「す、すみません……私、すっかり夢中になってしまって……」

 

 もう我慢ならんとばかりに立ち上がって不満を申し立てるリドル。
 謝罪するミズハだったが、そんな二人をヴァーサスは不思議そうに見つめた。

 

「そう気にしなくてもいいのではないか? 門はこうして目の前にあるしな!」

「そーいう問題じゃないです。ヴァーサスは引っ込んでて下さい」

「わ、わかった」

 

 二人の間に割って入ろうとしたヴァーサスだったが、リドルの座りきった瞳と物言いに一瞬でねじ伏せられて黙り込む。

 

「いいですか? ミズハさんのお気持ちもわかりますが、今後は毎日ではなくちゃんと日程と時間を決めて来て下さい。それならこっちも準備しておきますから」

「はい……気をつけます」

「うんうん。よろしくお願いしますね!」

 

 正座したまましゅんと小さくなるミズハ。

 そんなミズハをやれやれと見つめるリドルは、肩掛けのカバンから羊皮紙と小さなボードを取り出すと、ペンと共にミズハに手渡した。

 

「ではひとまずここにヴァーサス貸与の希望日程をちょちょいと書いてください。検討してお返ししますので――」

 

 その瞬間だった。

 

 巨大な爆音が響き渡り、驚いた鳥たちが森から一斉に飛び立つ。

 そして草原を囲む森のさらに向こう側。

 ちょうどナーリッジの方角に、昼でもその明るさを視認できる光の柱が出現した。

 

「ぐっ! 二人とも大丈夫か!?」

「な、なんですか今のは!?」

「見てください! あれ……ナーリッジの上の方に!」

 

 ミズハが叫びながら一点を指し示す。

 先ほど光の柱が出現した丁度その場所。

 ナーリッジのほぼ真上の空間。
 
 雲一つ無い青い空の中に、巨大な渦をまく漆黒の穴がぽっかりと開いていたのだ。

 

 同日、ナーリッジで発生した異常事態のニュースは大陸中を駆け巡ることになる。

 

【貿易都市ナーリッジ近傍に、三十年前クルセイダスによって討伐された魔王エルシエルが居城としていた巨大迷宮が突如として出現した】

 

 ――と。

 

 

『第六戦 門番VS大迷宮――開戦』

 

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