再戦する門番
再戦する門番

再戦する門番

 

 ミズハ・スイレンは東方の国でも有名な武門の家に生まれた。

 上に兄が三人。姉が二人。

 末っ子で体も小さかったミズハは、武門の名家にあって特に戦士として期待されることも、特別な戦い方の教育を受けることもなく育った。だが――。

 

「ミズハよ……今この時より、お前との家族の縁を切る」

「はい……父上……母上……どうか、息災で……」

 

 それはミズハが十一歳の時だった。
 ミズハは勘当を受け、家を追われた。

 

 その理由はミズハが強すぎたこと。

 

 ミズハは誰からも剣術を教わらず、ただ道場で見た動きを見よう見まねで誰よりも美しく、流麗に再現して見せた。

 その才能は実戦でも発揮され、ミズハの強さは十一歳の時点で自らの父親すら遙かに上回るレベルに達していた。

 だが、それは伝統と格式を重んじる武門の名家としては恥ずべき事だった。

 これが跡を継ぐはずの長男だったら、男子であったらまた違ったのかも知れない。

 しかしミズハは女子であり、そして長男でも長女でもなかった。

 両親から今生の別れの駄賃として与えられた二振りの業物だけを持ち、まだ幼子のミズハは一人あてもなく彷徨うことになったのである――。

 

 だが世界は広かった。

 ミズハは確かに強く、自らの身を守るには十分すぎる強さを持っていた。

 しかし、世界にはそんなミズハすら遙かに上回る強さを持つ存在がいくらでもいた。

 だが逆にミズハにはそれが嬉しかった。
 強すぎるゆえに感じていたどうしようもない孤独感が癒やされる気がした。

 やがてミズハは、自分より強い存在に憧れるようになる。

 

 そんなミズハが辿り着いた人間の頂点。その答えこそ門番だった。

 

 最初はただ強くなりたいだけだった。

 門番を目指す過程で、自分がどんどん強くなっていくのが楽しかった。

 

 充実していた。

 

 しかし門番となれるのはそんな強者の中でも一握りのみ。
 さらに時代の流れは強いだけでは門番にはなれないとされるようになっていた。

 なんとしても門番になりたかったミズハは、剣の腕で稼いだ資金を綺麗な衣装や歌、ダンスのレッスンに使い、様々なスキルを身につけた。

 大きな街をいくつも巡り、百を超える屋敷の門を叩いて門番の試験を受けた。

 いざ門番になってからもその日々は過酷だった。

 門番としての仕事の傍ら、最初の頃は一日中町中でビラを配り、大きな声を上げて自分の存在をアピールした。

 認知度が上がれば今度はそれを維持するための努力が始まる。

 何時間もかかるような握手会を開き、毎晩遅くまで興味も無いボードゲームや自分より遙かに格下の相手との模擬戦の模様を配信石で実況した。

 夜の睡眠は数時間になり、酷いときは一睡もできないこともざらだった。

 

 気づけば、一度も刀を握らずにその日を終えることが増えた――。

 

「私は――どうして門番になりたかったんだろう――」

 

  ミズハは、いつしか日に何度もそんな自問自答を繰り返すようになっていた――。

 

 ●    ●    ●

 

『来たかヴァーサス……! 待ちわびたぞ!』

「これ以上街を傷つけることは許さん!」

 

 見るも無惨に崩壊した大きな屋敷の敷地内。

 崩れた瓦礫の上に立つバダムの前に、ヴァーサスとミズハ、そしてリドルの三人が立ち塞がる。

 

『お前だ……お前と闘えば、俺はもっと強くなれる……! どこまでも、どこまでも強くなれる! ヴァーサス!』

 

 獲物を求め、数時間にわたって町中で暴れ続けていたバダムは、ついに目の前に現れたヴァーサスに歓喜の雄叫びを上げた。

 

「リドル! 打ち合わせた通りだ!」

「お任せあれ!」

「ミズハは俺に合わせろ!」

「はいっ!」

 

 ヴァーサスの合図でまずリドルが動く。

 リドルはむんむんむんと難しい顔でなにやら念じると、次の瞬間にはその場に何十個もの配信石が出現する。

 

「さあいいですよ! はいはーい、みなさんこんにちは! 私はここナーリッジで宅配業を営んでおりますリドル・パーペチュアルカレンダーと申します。以後お見知りおきを!」

 

 配信石が輝き、全世界にこの状況の配信が開始される。

 リドルはカバンから真新しいマイクを取り出すと、音量を調節して配信石の前で実況を開始した。

 

「さあさあ! 一度目は勝利し、二度目の戦いは惜しくも敗北を喫した襲撃者と我らが門番ミズハ・スイレンの死闘! 三度目の戦いで決着となるのでしょうか! あーーっと!?」

『シイイイアアアアアアッ!』

 

 そんな辺りの様子など意に介さず、大気そのものを震わせてバダムが吼える。

 瞬間、バダムは一直線にヴァーサスを狙って突撃する。
 ヴァーサスは盾と槍を構え、大地へとその足を深くめり込ませた。

 

『喜ばしいぞヴァーサス!』

「俺は嬉しくないぞ!」

 

 大上段から振り下ろされるバダムの一撃。

 ミズハが逸らしきる事ができなかったその一撃を、ヴァーサスは労せず受けきった。そしてその瞬間――。

 

「三の太刀! 鈴蘭!」

『ぬぅ!?』

「これはお見事! ミズハさんの一撃が襲撃者バダムに襲いかかるー!」

 

 攻撃を受け止められたバダムが無防備になる完璧なタイミング。
 目にもとまらぬ動きで抜刀したミズハがバダムめがけて斬りかかる。

 間一髪飛びすさってミズハの一閃を回避したバダム。
 だがその分厚い大胸筋の薄皮から一筋の鮮血が流れ落ちた。

 

『弱者が! まだ生きていたのか!? 俺とヴァーサスの邪魔をするな!』

「よし! そのまま合わせろ!」

「はいっ! ヴァーサスさん!」

 

 突然の横やりに怒り狂い、凄まじい形相でミズハへと殺気を向けるバダム。
 しかしミズハは動じず、次の瞬間にはヴァーサスと同時にバダムへと左右から斬りかかる。

 

「す、すごい! 凄すぎるー! 我らがミズハ・スイレンとその助手ヴァーサスの見事な連携攻撃! これはバダム厳しいかー!?」

「四の太刀! 鳳仙花!」

『ぬうああっ!?』
  

 

 ヴァーサスの繰り出す光速の連撃にミズハの斬撃が混ざる。

 ミズハの斬撃は的確にバダムの肉体を捉え続け、さらには一撃ごとにより深く、より正確にダメージを与えていく。

 

『うっとうしいぞ……! このゴミ虫めが!』

 

 完全に格下と侮り、眼中になかったミズハから受けるプレッシャー。

 苛立ったバダムは狙いをヴァーサスからミズハへと変え、自らに斬りかかるミズハへと致命の一撃を叩き込もうとする。だが――。

 

「そうはさせん!」

「二の太刀! 牡丹!」

『ぐうあああっ!』

「これはヴァーサスのナイスアシストが決まったー! 襲撃者バダム、二人の連携の前に手も足も出ないぞー!」

 

 ミズハへ繰り出されたバダムの攻撃をヴァーサスが止める。

 そしてそこにヴァーサスが来ることをわかっていたかのように、ミズハは一切の迷いなく二刀による左右双方からの二連斬りをバダムへと叩き込んだ。

 

『おのれっ! おのれえええっ!』

「このまま決めるぞ!」

「はい!」

 

 ついにミズハの一撃がバダムの芯へと届いた。
 両の肩口から胸にかけて大きく切り裂かれたバダムが鮮血とともにたたらを踏む。

 二人は怒濤の連携で追撃の手を緩めない。
 バダムは悔しさと怒りの咆哮を上げるが、その力の差は圧倒的だった。

 

「(すごい……こんな、こんなにも強い人がこの世に存在するなんて……!)」

 

 ミズハは闘いながら、事前にヴァーサスから言われた言葉を思い出していた。

 

「俺の呼吸に意識を集中するんだ。ミズハ殿はそれだけを捉えていれば良い」

「呼吸……しかし、私なんかで本当にヴァーサスさんの動きに合わせられるでしょうか……?」

「出来る。君は自分が思っているよりも遙かに強い。迷うな、やればすぐにそれがわかるはずだ」

「……はい、わかりました!」

 

 ミズハは驚き、そしてはっきりと感じていた。
 今のこの戦いをヴァーサスが完全に支配していることを。

 バダムの動きも、ミズハの動きも、全てヴァーサスによってコントロールされていた。
 ヴァーサスの呼吸だけに集中しろという助言は、この状況を作り出すためのものだったのだ。

 ミズハは自分の心から迷いが晴れていくのを感じていた。

 ヴァーサスから信頼され、そしてそれに自分が応えられていることが嬉しかった。

 戦いの中で、ミズハもまたヴァーサスをより強く信頼し、もっとその信頼に応えようとする気持ちが強くなる。

 それはミズハの動きをより洗練された、流麗で鋭いものへと進化させていく。

 

 配信石の視聴者数はいつのまにか四万人を大きく越えている。しかし今のミズハには、それは目の中に入ってもいなかった。

 

『ヴァーサス! こんな、こんな弱者にィィィィ!』

「今だミズハ!」

「一の太刀! 桜花!」

 

 一閃。

 

 たとえ鍛え抜かれた達人であっても見切るのが困難であろう確殺の一撃。

 数日前、レイランド卿の門前で放たれたものとは比べることすらできないほどの研ぎ澄まされた一撃が、再びバダムの肉体を断ち切ったのだ。

 

「決まったーーーー! 決まりました! 我らが門番ミズハ・スイレンがついに決めたーー! 襲撃者バダム、動けません! 立ち上がりません! やったやったー!」

「これが!」

「門番の力です!」

 

 ミズハは刃を振って血を払うと、自信に満ちた瞳でヴァーサスと共に残心を決めた。

 

 

 

 

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