アシストする門番
アシストする門番

アシストする門番

 

 無数の斬撃が夜の闇を火花で照らす。

 ヴァーサスと襲撃者。互いが秒の間に繰り出す攻撃は百を軽く越える。
 その早すぎる交錯は目の前で見ていたとしても常人が捉えられるものではない。

 ましてや配信石越しの映像で詳細がわかるものでもないはず。だが――。

 

 配信石の応援メッセージはぴたりと止まっている。
 しかし視聴者の数は減るどころか増え続けていたのだ。

 配信石の横で刀の柄に手をかけたまま動けないでいたミズハには、その事実は恐るべきプレッシャーとなってのしかかっていた。

 

「踏み込めない……! どうしたら……どうしたらいいの……?」

 

 ミズハはその様子を映さぬよう、二人と配信石の間に壁となるように立った。
 そしてちらと増え続ける視聴者のカウントを確認する。

 

「視聴者……三万七千人……!?」

 

 その数字にミズハは息を呑み、同時に背中に冷たいものが流れるのを感じた。
 この勢いならば、すぐに同時視聴者は前人未踏の四万人に達するだろう。

 

「み、皆は危ないから下がって! ここは私が食い止めます!」

 

 ミズハのその言葉に、配信石から散発的に応援のメッセージが流れた。

 

「四万人の視聴者なんて……王都の門番でも集められるかどうかわからない……ここで私が活躍すれば……そうすれば……っ!」

 

 これだけの数の視聴者の前で華々しく襲撃者を倒せば、ミズハはそれだけでナーリッジだけでなく、大陸中でも五指に入るアイドル門番となれるだろう。

 これはミズハにとって千載一遇のチャンスであり、またとない好機だった。

 だが、今活躍しているのはミズハではない。

 

「はぁぁぁぁああ!」

『シィィィアア!』

 

 激しい戦闘を続けるヴァーサスと襲撃者。

 戦いの最中、闇の中に浮かび上がる襲撃者の姿は異様だった。

 鎧の類いは身につけておらず、上半身は裸。全身に禍々しい入れ墨が入っており、灰褐色の長く伸びた髪は男の動きに合わせて逆立つようになびいている。

 襲撃者はその闇の中でも輝く赤い瞳を更に輝かせ、喜びの雄叫び上げてヴァーサスへと一振りの古びた長剣を連続して繰り出し続ける。

 

「答えろ! なぜ門番を狙った!」

『強い……強いプラナ……! やつらは強いプラナを持っていた……! だがお前はあんなやつらとは比べものにならない! 俺に喰われろ……バダムに喰われろ……ヴァーサス!』

「強さか……なるほど、それで門番を狙ったのだな!」

『ずっと探していた! 俺の獲物! 俺の獲物だ!』

「悪いが俺は獲物になるつもりはない。貴様に襲われた者たちの無念と苦しみ、そっくりそのまま教えてやろう!」

 

############

『戦士バダム』
 種族:██
 レベル:2380
 特徴:
 強者との戦いを渇望する戦士。
 百メートルを二秒で詰め、跳躍の高さは軽く数百メートルに達する。
 巨大な王宮を素手で解体し、水深数千メートルの海底から巨大な船を持ち上げる。
 魔法の直撃も抵抗するのではなく物理的に耐え抜くタフネスを持つ。
 実は████████、████は███████████████。
 ████を██████り、████████████する。
 
############

 

 

 バダムと名乗った男の斬撃がさらに速度を増す。
 その全てが当たれば一撃で体が真っ二つになるであろう威力。

 しかしヴァーサスはそれらの攻撃を盾と槍、さらには蹴りや甲冑の曲面すら使って全て受け流す。

 ヴァーサスの瞳はバダムの攻撃全てを漏らさず捉え、その鍛え抜かれた肉体は瞳から伝達された光速の信号全てに反応した。

 

「速いな! だが――!」

 

 息をつく暇も無いような凄まじい連続攻撃。
 しかしヴァーサスはその攻撃の狭間に存在する一瞬の隙を逃さない。

 光速にも達しようかというヴァーサスの槍の一撃がバダムの肩口を貫く。

 

『ぐぅぅ!』

「どうやら俺の方が少々上手のようだな!」

『もっとだ! もっとこい! もっと闘え!』

 

 肩口を抉られる重傷を負いながら、バダムはそんなもの関係ないと言わんばかりにヴァーサスへと襲いかかる。

 力も技量も反応も、全てにおいてヴァーサスはバダムを上回っている。

 しかしここにきて、ヴァーサスは内心で焦り始めていた。

 

「さて、どうしたものか……!」 

 

 ヴァーサスはバダムの猛攻を防ぎつつ、離れた場所で動くことができないミズハを見る。

 

 ヴァーサスにはわかっていた。

 ミズハは強い。間違いなく優れた戦士であり門番だ。

 かつてヴァーサスも痛感したとおり、今の時代の門番は過酷だ。

 そんな過酷な門番競争の中、ただ人々に愛想を振りまき、貴族に媚びを売るだけでトップまで上り詰めることはできないだろう。

 ミズハがここまでの門番となるまでには、きっと相当な苦労があったに違いない。

 就職という強大極まる敵と戦い、敗北寸前まで追い詰められた経験のあるヴァーサスには、それが痛いほどよくわかった。

 出来ればレイランド卿の言うとおり、ミズハに華を持たせてやりたいが――。

 

『闘え! 闘えヴァーサス! お前の全てを俺の前にさらけ出せ! 俺の血をもっと流して見せろ!』

「悪趣味なやつだ!」

 

 ヴァーサスには及ばなくとも、バダムの強さはミズハの力量を遙かに超えていた。
 ミズハもまたそれを感じ取れるほどの強者であるため、一歩も動けないのだ。

 劣勢を演じることはできない。

 一瞬でも気を抜けば次の瞬間にはヴァーサスの首が飛んでいるだろう。

 悩むヴァーサス。だが、その時である――。

 

「一の太刀――――桜花ッ!」

「なにっ!?」

 

 それはヴァーサスも全く予期していないタイミング。

 バダムにとっても、ヴァーサスにとっても隙でもなんでもないデタラメな状況で、ミズハが気合いのかけ声と共にバダムめがけて突っ込んできたのだ。

 

『弱者! 消え失せろ!』

「やむを得ん!」

「私が……倒しさえすればっ!」

 

 瞬間、三つの影が一つに重なった。

 

「ヴァーサス!? なにやってるんですか!?」

 

 響き渡るリドルの悲鳴。

 

「あ……ああ……」

 

 ミズハの握っていた刀が地面へと落ちて音を立てる。
 
 そしてそれと同時、ミズハの刀によって斬り飛ばされたバダムの首がくるくると宙を舞い、ずしりと重い音と共に落下した。

 

 そして、ヴァーサスは――。

 

「さすがミズハ殿……見事な太刀筋だ……」

 

 そこにはバダムの振り下ろした刃からミズハを庇うように肩口で受け止め、バダムの体ごと拘束していたヴァーサスの姿があった。

 ヴァーサスの甲冑は弾け飛び、肩口から胸部にかけて深く大きく抉れていた。
 傷口から大量の鮮血が流れ落ち、ヴァーサスの足下に血だまりを作り出す。

 バダムが倒されたことをはっきりと確認したヴァーサス。

 ヴァーサスはその場にへたり込むミズハと、悲痛な表情で駆け寄ってくるリドルの姿をうっすらと見ながら静かに意識を失った――。

 

 

 

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