雲一つない青空が広がる穏やかな正午。
今日もここ、貿易都市ナーリッジの中央通りは大勢の人で賑わっている。
「いやー、平和ですねぇ」
「うむぅ……」
中央通りに面したレストランのテラス席。
二人がけのテーブルに、そわそわした様子のヴァーサスとリドルが座っていた。
「なにやら不満がありそうですね? お腹がすいてご機嫌ななめですか?」
「そういうわけではないのだが……」
ヴァーサスは鎧甲冑を着たまま兜を脱ぐと、槍と盾を柵に立てかけた。
「俺は門番だ。なのに門から離れてこんなことをしていていいのかと……!」
「なるほど! ヴァーサスはほんとに真面目ですねぇ」
「リドルは気にならないのか!? 俺たちがこうしている間にも、門に危険が迫っているかもしれないんだぞ!」
「あー、ないですね。ないない。あんな森の奥に好き好んでくる人なんていませんから……あ、お料理来ましたよ! 食べましょう食べましょう」
そうこうしているうちにテーブルへと料理が運ばれてくる。
刻まれたトマトのサラダに、コーンとタマネギのスープ。
白身魚のソテーにポテトフライ。固く焼かれたパンが二つ。
なかなかのご馳走である。
「いやー、一仕事終えた後のご飯は格別ですね! ヴァーサスも食べてください。ほら、実はこのお店、こちらのスープが美味しくて人気なんですよ」
「今日はまだなにもやってないが……いただきます……」
いまだ不平顔のヴァーサスだったが、彼もまた腹は減っている。
その手にナイフとフォークを取ると、器用にソテーを切り分けて口に運んだ。
「むむむ! これは……! この絶妙な塩加減! 肉も全くパサついていない!」
「そうでしょうそうでしょう。この値段でこの味とボリューム! ナーリッジでもこんなお店はなかなかありません」
「これはたしかにうまい! 連れてきてくれたこと、感謝する!」
「ふふっ。喜んでくれたようでなによりです」
そのまま二人はあっという間に料理を平らげると、しっかりと食べ終わりを見計らって運ばれてきた果物のジュースを飲みながら会話を始めた。
「そういえば、ヴァーサスはなんで門番になろうと思ったんです? 夢だって言ってましたよね」
ストローでちびちびとジュースを飲みながら、思い出したようにヴァーサスに尋ねるリドル。
「うむ。俺は伝説の門番クルセイダスに憧れている。クルセイダスのような全てを守る門番になるのが俺の夢であり目標だ!」
「大門番時代のきっかけになっためちゃ強の門番ですね。王都に迫った魔王の軍勢を一人で返り討ちにしたとか」
「そうだ。だがそれだけが憧れる理由ではない。俺は子供の頃クルセイダスに助けられたことがあってな」
「え、本物のクルセイダスに会ったことがあるんですか?」
ヴァーサスのその話に、飲んでいたジュースを置いて身を乗り出すリドル。
「ああ、あれはまだ俺が五歳だった頃の話だ。俺がナーリッジの町外れで魔物に襲われたところをクルセイダスが助けてくれたのだ」
「五歳って……ヴァーサスって今おいくつでしたっけ?」
「二七だ」
「ですよね? うーん?」
リドルは眉間に皺を寄せ、何事か考えるように腕を組んで思索を巡らせた。
「クルセイダスって三十年前の魔王との戦いの後行方不明じゃなかったです?」
「たしかに世間ではそう言われているが、あれほどの強さだ。きっとその後も世界を旅していたのだろう。なにしろ、俺がこの目で見ているのだからな!」
「ほんとですかぁ? 別人だったんじゃないですか~?」
「そんなわけないだろう! ちゃんと自ら《《クルセイダス》》と名乗っていた!」
「少年ヴァーサスくんちょっと純粋すぎでしょ……」
あまりにも自信満々に言い切るヴァーサス。
リドルもそんなヴァーサスを見て、まあ本人がそれならいいかと追求はしなかった。
「いつか立派な門番となってクルセイダスに会い、あのときのお礼をしたい。それが俺の最終目標だ!」
「なるほど~。その夢、かなうといいですね」
「ありがとう! 俺もそのために全力で門番として働くつもりだ!」
ジリリリリリリリ――!
その時である。甲高い小刻みな音が二人の間に鳴り響いた。
リドルはその音にはっとして服のポケットに手を入れると、そこから真鍮製の懐中時計を取り出して文字盤を見る。
「やば……」
「どうした?」
「門に侵入者です。食事のすぐ後で申し訳ありませんが、急いで戻りましょう」
先ほどまでの柔らかな表情が消え、真剣な眼差しでヴァーサスを見るリドル。
「なんだと!? しかし街から門まではどんなに急いでも数十分はかかるぞ!」
「いえいえ、ご心配には及びません」
そう言うとリドルは料理の代金をレストランのスタッフに手渡して挨拶すると、ぐいとヴァーサスにその身を寄せて手を握った。
「お、おい!? 公衆の面前だぞ!」
「盾と槍をもってください。飛びますよ」
「むっ!」
瞬間、周囲の光景が一気に引き延ばされ、加速する。
目に見える景色全てが凄まじい速度で後方へ向かって通り過ぎていく。
二人は先ほど身を寄せ合った姿勢のままだ。一歩たりとも動いていない。
しかし気づけばほんの数秒で二人は森の中にある門の前に立っていた。
「はい到着!」
「これは……魔法か?」
あまりの出来事に一瞬だけ足下をふらつかせるヴァーサス。
リドルはそんなヴァーサスに胸を張ると、自慢げな表情を浮かべた。
「フッフッフ……これは魔法ではありません! これは私の能力。私はあらゆるものの《《座標》》を自由に操ることができるのですよ。その力であなたと私の座標を門の前に移動させました。どうです、なかなか凄いでしょう?」
「だから門から離れていても平気だったのか……凄い! 凄すぎる! なんて便利なんだ!」
「そうでしょうそうでしょう! もっと褒めてくれていいですよ!」
凄い凄いと興奮するヴァーサスに、さらに胸を逸らしていい気になるリドル。
てんやわんやと盛り上がる二人だったが、そんな二人の前についに侵入者が姿を現す。
周囲に広がる広大な森は一瞬でその全てが枯れ果てた。
美しい青空はひび割れたガラスが砕けるように鮮血の赤に染まった。
そしてその赤い空から現れたのは、目映いばかりの光を纏った無数の天使の軍勢。
さらにそれら軍勢の先頭には、後光を纏った光の主がいた。
『حان الوقت أخيرًا للعودة……』
それは、全てを滅ぼす絶望の宣告だった――。
『第二戦 門番VS神 開戦』