神殺しの門番
神殺しの門番

神殺しの門番

 

 凄まじい閃光が赤い空の下で爆発した。
 
 本来その光は人間如きが立ち塞がった程度でなんとかなるものではない。
 しかし光の標的となった貿易都市ナーリッジは無傷。

 射線上に飛び込んだヴァーサスによって、ヴァルナの放った光の渦はその場で閃光と共に霧散したのだ。

 

『門番なら門番らしく、門だけを守っていれば良かったものを。まさか自ら盾になるとはな』

 

 もうもうと立ちこめる粉塵の先。
 全身ズタズタに傷つき、槍を支えにして片膝をつくヴァーサスの姿が露わになる。

 ヴァルナの狙いはナーリッジを吹き飛ばし、それを見たヴァーサスに生じた心の動揺につけ込むことだった。ヴァーサスの持つ完全魔法抵抗を削ぐつもりだった。

 だが、目の前の男は何を考えたか自ら不用意にヴァルナの攻撃に飛び込んだ。
 不意を突かれ、完全魔法抵抗を失った状態で、だ。

 結果として、ヴァルナとしては手間が省けたことになる。
 ヴァルナはその硬質な頭部にあざけりの笑みを浮かべ、悠々と門に向かう。

 だが――。

 

「――違う」

 

 全身から血を流し、既に息も絶え絶えのヴァーサスが、震える手で槍を握った。

 

『しぶといな』

 

 ヴァーサスのその声に、ヴァルナは三度驚きの声を上げた。

 

「門番は……ただ門だけを守っていればいいのではない……!」

 

 銀色の兜から、傷つきながらも闘志を失わぬ瞳がヴァルナを射貫く。

 

「門番とは! 自らが立つ門から見える全てを守る存在なのだ! ここに門がある限り、俺は俺の目に映る全てを守り抜く!」

 

 ヴァーサスが叫ぶ。
 槍を握りしめた手から鮮血が流れ落ち、腐敗した大地に落ちていく。

 

『神に教示しようとは。不敬である!』

 

 言いながら、背中の翼を大きく広げ、赤い天空へと上昇していくヴァルナ。

 ヴァルナは感じ取っていた。
 傷ついた目の前の男が、神である自身に届きうる一撃を放つかもしれないと。

 ならば、天空の神である自らがその力を最も発揮できる状態で迎え撃ち、奴の魔法抵抗ごと……いや、今ここに存在する全てごと完全に消し飛ばしてやろう。

 ヴァルナはそう考え、天上に存在するあまねく力全てに召集をかける。
 ヴァルナを中心として神々しい光輪が輝き、赤い空を目映く照らし出す。

 放つのはこの星そのものを破壊しかねない一撃。

 ヴァルナはおごそかに四本の腕をゆっくりと広げ、祈り、そして審判を下した。

 

『نفض الغبار عن كل شيء』

 

 光が堕ちた。

 天上のヴァルナからヴァーサスめがけ、全てを消滅させる神の裁きが下った。

 迫りくる破滅の光。

 その光を見上げながら、ヴァーサスは盾を捨て、両手で自らの槍を握りしめた。

 

「我が門番の魂にかけて命じる。全殺しの槍キルゼムオールよ! 今こそその力を我に示せ!」

 

 瞬間。落下する光めがけ、地上から一筋の光芒が奔る。

 天と地、双方から激突した二つの光。
 それは一瞬の交錯の後、凄まじい衝撃波と共に閃光の火花となって炸裂した。

 

『ばか……な……っ』

 

 遙か天上。

 赤く染まった空を背景に、ヴァルナの目が驚愕に見開かれる。

 ヴァルナの胴体にはぽっかりと黒い大穴が開いていた。

 そしてその穴の向こう側。

 そこには全身から純銀の粒子を放ちながら槍を突き通すヴァーサスの姿があった。

 この世界で最強の硬度を誇る魔法障壁も。
 神という種族特有の不死の体も。
 
 その全てがヴァルナという存在もろとも貫通された。

 
 馬鹿な……全殺しの槍キルゼムオールだと!? 
 神々の間でも見た者のいない、あまねく全てを殺す伝説の武具が、なぜ!?

 

『なぜ……こんな門番ごときが――!』

 

 それが、ヴァルナの最後の言葉だった。

 天空神ヴァルナは死んだ。

 砂粒となって崩れ去るヴァルナ。

 

「ごときではない。これが……門番の力だっ!」

 

 ヴァルナのその姿を確認したヴァーサスはやり遂げた笑みを浮かべると、そのまま重力に従って落下していくに身を任せ、意識を手放した――。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!