神も通さない門番
神も通さない門番

神も通さない門番

 

 

『بشر أغبياء. سجد.』

 

「うむ! 何を言っているかさっぱりわからん!」

「邪魔すれば殺すって言ってるんですよ! さぁさ、早く門を守ってください!」

 

 門を囲む深い森は一つの例外もなく枯れ果てた。
 青い空は鮮血を思わせる深紅に染まった。
 そして目の前を埋め尽くす光り輝く天使の軍勢と、それを率いる一体の神。

 それは壮大を通り越し、世界の終わりすら予感させる末期的光景だった。

 

『اسمي فارنا. الله الذي يسيطر على السموات.』

 

「リドル、なんて言ってるかわかるか?」

「天空神のヴァルナさんだそうです。結構有名人ですよ。学校なんかで習いませんでした?」

「すまん、俺は学業の成績があまりよくなくてな!」

「たはは……脳みそまで筋肉タイプでしたか……」

 

『هذا الهامش أمامي. على ما يبدو ، فهي كافية لحماية هذه البوابة.』

 

 再び何事かを発声するヴァルナ。

 全長は三メートルほど、肌は大理石のような硬質的なもので覆われている。
 背中にはコウモリと美しい鳥の羽が左右に三対。
 四本の腕に別々の神器を持ち、下半身は足ではなく巨大な水晶が接続されている。

 その姿は、見たもの全てがひれ伏さずにはいられない威厳に満ちていた。

 

『ثم دعني أعبر تلك البوابة.……』

 

「わからん! 可能なら俺にもわかる言葉で話して貰いたい!」

「さすがに言葉がわからないのは不便でしょうか? 少々お耳を拝借……」

「むむっ?」

 

 言うと、リドルはヴァーサスの耳に小さなイヤリングを取り付けた。

 

「はい。これでいいですよ。ちょっとお話してみてください」

「わかった。やってみよう」

 

 リドルに促され、ヴァーサスは辺りを埋め尽くす軍勢全てに聞こえる声で叫んだ。

 

「俺の名はヴァーサス! この門を守護する門番だ。貴殿らにこの門の通行は許可されていない! 大人しく立ち去られよ!」 

 

 リドルを庇うように背後へと回し、槍と盾を構えて宣言するヴァーサス。
 するとついにその言葉が通じたのか、ヴァルナは嘲るような声を上げた。

 

『不敬な。人間如きが神の行いに抗するとは……』

「おお! なんと言っているのか俺にもわかる!」

「それは良かった! じゃ、後はお任せしましたよ!」

 

 リドルはそう言うと、ヴァーサスから離れて門の傍へと駆けていく。

 

「一人で大丈夫か?」

「私には先ほどお見せした座標の力がありますので。大抵のことはどうとでもなります。私のことはどうぞ気にせず、思いっきりやっちゃってください!」

 

 門の影に隠れ、パタパタと手を振るリドル。
 その言葉にヴァーサスは頷くと、再び軍勢へと相対する。

 

「……もう一度だけ言う。貴殿らにこの門の通行、及び危害を加えることは共に許可されていない。立ち去らぬというのなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう」

『……我が眷属よ、あの門を開放せよ』

 

 ヴァルナはそのヴァーサスの言葉を無視した。
 号令を受け、光り輝く天使の軍勢が一斉に門へと殺到する。

 

「警告はした!」

 

 ヴァーサスが叫ぶ。

 槍を持ったヴァーサスの腕にみしみしと力が込められ、全身から立ち昇る闘気がまるで放電現象のように火花を散らす。

 

「破軍!」

 

 瞬間、極限まで圧縮されたヴァーサスの闘気が解放される。
 ヴァーサスの体内で練り上げられた気が槍を経由して円状に切り払われたのだ。

 

『ほう……』

 

 目の前に広がるその光景に、ヴァルナが驚きの声を上げた。
 
 ヴァーサスは一歩もその場を動いていない。
 言ってしまえば、渾身の力で槍を振り回しただけだ。

 だが、それだけで数十メートル四方にも広がっていた天使の大軍勢は、その全てがバラバラに切り裂かれ、光の粒となって消滅した。

 

『面白い。これ以上時間をかければ他の者も感づくやもしれぬ。手短に済まさせて貰うぞ』

「去らないか! ならば、ここで切り伏せる!」

 

 四本の腕を掲げ、六枚の羽を大きく広げるヴァルナ。
 対峙するヴァーサスもまた、盾と槍を構え、しっかりと大地を踏みしめる。

 開戦――門番VS神。

 

############

『天空神ヴァルナ』
 種族:神 
 レベル:9999
 特徴:
 この世界の神とは、一言で言えば純粋な魔法力の塊である。
 ヴァルナに限らず、天上の神々はこの世界において最も強力な魔法攻撃力を持つ。
 目が合っただけで並の戦士なら爆発四散。
 対峙しただけで魔法使いは頭がおかしくなって発狂。
 神官は声を聞いただけで即死する。

############

 

「はぁぁぁぁ!」

『أوم』

 

 飛びかかるヴァーサス。ヴァルナは動かず、ただその場でを響かせた。
 瞬間、空中のヴァーサスを中心として大爆発が起こる。

 それはただの爆発ではない。
 物質を構成する最小の原子そのものを破壊する滅殺の光だ。

 しかし――。

 

「効かぬ!」

『なんだと!?』 

 

 爆炎を突き抜けてヴァーサスが飛び出す。
 ヴァルナはヴァーサスが放った一撃を手に持った神器の一つ、天秤で受け止める。

 

『この男、魔の影響を受けぬのか?』

「いかに強くとも魔法は魔法! どのような魔法を撃とうと、この俺の心を揺るがすことはできないぞ!」

『そういうことか。どうやら我の予想を越えた愚者だったようだ』

 

 そう、ヴァーサスに魔法に属する攻撃は効果がない。

 心に迷いがあるほど、恐怖があるほど、無駄な思考があるほど魔法に対して弱くなる。ヴァーサスには迷いがなく、恐怖もなく、無駄な思考もなかった。

 あるのはただ一つ。

 

「この門は俺が守る!」

 

 ヴァーサスの槍による千を超える刺突がヴァルナを襲う。
 ヴァルナの周囲に展開された魔法障壁が激しい火花を散らし、閃光が煌めいた。

 巨体を揺さぶり、じりじりと後退するヴァルナ。
 だが、ヴァーサスの激しい攻撃をさばきながら、ヴァルナは二つの場所へと視線を巡らせていた。

 

『揺らがぬ心か。ならば、その心崩して見せようぞ』

 

 ヴァルナの視線の先――。

 そこには門の影に隠れるリドルと、離れた場所に見えるナーリッジの街があった。

 

『ضوء ذلك』

 

 ヴァルナが音を発した。

 その音は一瞬で光の渦となり、何も知らずに普段通りの日常を送るナーリッジめがけて撃ち放たれたのだ。

 

「まさか!?」

『人間の心とは脆いもの。街一つ消し飛ばしてみせれば貴様の心も揺らごうて』

 

 破滅的なエネルギーの渦。
 
 直撃すれば、ナーリッジだけでなく大陸そのものに途轍もない傷跡を残すであろう破壊の一撃。だが――。

 

「ふざけるなぁぁぁぁっ!」

 

 それを見たヴァーサスは凄まじい速度で光の渦の射線上に移動すると、自らをナーリッジの盾として閃光に消えた――。

 

 

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