「う……っ」
果たしてどれほどの時間が経ったのだろう。
目を覚ましたヴァーサス。
ヴァーサスの目に、柔らかなオレンジ色の光に照らされた室内が飛び込んでくる。
「あ、気づきましたか?」
「くっ……門は、門はどうなった?」
「ご心配なく。門は無事です。あなたのおかげですよ」
ずっと介抱してくれていたのだろうか。
リドルは濡れたタオルをヴァーサスの打撲痕に当てながら微笑んだ。
「そうか……良かった」
「とはいえ酷い怪我です。しばらくは休んでくださいね」
「いや、そういうわけにはいかない。動けるようになればすぐに――ぐっ!」
「ほらほら、無理しないでください。生きてるのが不思議なくらいなんですから」
全身を貫くような痛みに悶えるヴァーサス。
並の人間なら軽く百回は死んでいるような怪我である。
リドルはそんなヴァーサスの様子に苦笑いを浮かべながらも、手当を続けた。
「……私の門番を引き受けたこと、後悔してます? まさかあんなのが来るなんて思ってなかったんじゃないですか? きっと……これからもあんなのが来ます。私の門は……そういう場所なんです」
申し訳なさそうに、しかし真剣な眼差しでヴァーサスを見つめるリドル。
だがヴァーサスは、リドルの視線を正面から受け止めて笑った。
「後悔などするものか。むしろ俺は今も嬉しくてたまらない。こうして夢だった門番としての仕事ができるのも、全て君のおかげだ。リドルには何度感謝してもしきれない……本当にありがとう」
「……きっとこれから凄く大変だと思いますよ? でも、そうですね。あの時あなたに声をかけたこと、間違いではなかったです」
ヴァーサスのその笑みは、心の底から嬉しそうだった。
彼の瞳は充実感に溢れ、死にそうな怪我だというのに生気に満ちている。
リドルはやれやれといった様子で一つ息をつき、微笑んだ。
「そうとも! これからも大船に乗ったつもりで俺に任せると良い! ハッハッハ!」
「はいはい。わかりましたから、大声出したら傷が開きますよ。ちゃんと安静にしてください」
今にも起き上がらんばかりのヴァーサスを両手で制するリドル。
ヴァーサスは未だにその目をキラキラと輝かせながらも、大人しく静かになった。
「……しっかり休んで、またよろしくお願いしますね。あなたは、私の大切な門番様なんですから」
● ● ●
もう空が赤くなることはない。
枯れたはずの森の木々が、何事もなかったように風に揺れている。
いつもと変わらない満天の星空の下、門の横にある小屋の灯が消えた。
(……やった……俺はやったんだ……! 門番として強敵から門を守り切った……!)
暗くなり、窓から射し込む月明かりだけが室内を照らす。
ヴァーサスはベッドの中で横になりながら、一人涙を流していた。
それは喜びの涙だった。
体は限界まで傷ついていた。
だがその心は門番としての仕事を終えた喜びで打ち震え、溢れ出る涙は止まることがなかった。
部屋の反対側に置かれたベッドから、そんなヴァーサスの様子を伺うリドル。
リドルは震えて泣くヴァーサスの様子に困ったような、好ましいと思うような微妙な表情を浮かべながら、彼の邪魔をしないようにと静かに瞳を閉じた。
ヴァーサスの門番としての仕事は、こうして無事完了したのである。
『門番VS神 ○門番 ●天空神ヴァルナ 決まり手:全殺しの槍特攻』