お裾分けする門番
お裾分けする門番

お裾分けする門番

 

 見渡す限りの大草原と、大きな波が打ち付ける岸壁。
 草原の緑とどこまでも広がる海の青が、美しいコントラストを描き出す。
 

 ここは貿易都市ナーリッジから遠く離れた大陸の東端。ダリア海峡。

 普段は強烈な日差しがさんさんと降り注ぐはずのこの場所だが、今はなぜか薄暗い闇に包まれている。

 

「えーっと……これ、なんとか出来ます?」

「わからん! いくらなんでもでかすぎる!」

「わー! すごーい! 僕もあれくらい大きければなー!」

 

 岸壁の上に立つ白い一軒家の軒先。

 腕組みして笑うヴァーサスと、苦笑いを浮かべるリドル。
 声は三つだったはずだが、そこにいるのは二人だけだ。

 二人は揃ってはるか頭上を見上げている。
 視線の先にあるのはそびえ立つ巨大な壁。

 その壁の頂上には白いもやがかかり、そもそもその壁がどこまで続いているのかを視認することはできない。

 

『ヴッハッハハハハ! 門はとおしてもらうどぉ! オデが入ったら門もぶっこわれぢまうがもじれねぇがぁ!』

 

 空気が震える。
 鼓膜が破れそうになるほどの大音量。

 その声は目の前から続く壁の頂上からだ。

 白いもやをぬけ、巨大な山ほどもある二つの目玉が二人を睨む。

 そう、それは全長三千メートルにも達するほどの巨人だった――。

 

 

 『第三戦 門番VS三千メートル級巨人 開戦』 

 

●    ●    ●

 

 ――時刻は少々遡る。

 

 涼やかな風が通り抜けていく森の中。
 
 門の横にある小屋の前で、せっせと洗濯物を干すヴァーサスがいた。

 普段着のヴァーサスの体にはいまだ包帯が巻かれている。
 何カ所かの打撲痕もみえるが、どれもすでに回復しつつあるように見えた。

 天空神ヴァルナの襲来から二週間。
 あれ以来門への襲撃もなく、ヴァーサスもこうして動き回れるようになっていた。

 

「よし、洗濯はこれくらいでいいだろう。次は薪割りだな」

 

 衣類が入っていた籠を小屋の外に置くと、ヴァーサスは手斧を手に小屋の裏手へと向かう。

 

「ほいっ! ただいま帰りましたよっと!」

 

 だがその時、青と白の服に身を包んだリドルが何の前触れもなく現れる。
 見れば、リドルは自分と一緒に大きな荷押し車も持ってきたようだ。

 

「無事でなにより! こちらも今洗濯が終わったところだ!」

「いつもありがとうございます。お体も良くなったようで安心しましたよ」

「ああ、全てリドルのおかげだ。礼を言う」

「たはは……そうストレートに言われるとさすがに照れますねぇ」

 

 リドルは僅かだが頬を染め、手で口元を隠す仕草を見せる。
 だがヴァーサスはそんなリドルの様子に気づかず、彼女が持って帰ってきた荷押し車へと近づいていく。

 

「これは……芋か!」

「ですです! 仕事先のお婆さまから毎年この時期に頂いておりまして」

「仕事……たしか、宅急便だったか?」

「ええ。私の力を使えばどんな荷物も一瞬ですからね。楽な商売ですよ!」

「確かにそうだ! しかも町の人にも喜ばれていいことしかない!」

「そうでしょうそうでしょう。皆さんにも早くて正確と大評判なんですよね~」

 

 ドヤ顔で胸を張るリドルに感心したように頷くヴァーサス。

 しかしヴァーサスの視線の先にある荷押し車の荷台には、それこそ山のように大量のジャガイモが積まれている。
 さすがにこれを二人で食べきるのはなかなかに難しそうであった。

 

「しかしこれだけの量の芋、俺たちだけで食べきれるのか?」

「無理でしょうね。なので今からお裾分けにいきましょう!」

 

 リドルはそう言って両手をパンと合わせると、小屋の中へと入り、数秒で革の鞄といくつかの本を手に戻ってくる。

 

「さ、行きますよ! ヴァーサスも鎧とか着て準備してください」

「善は急げというわけだな!」

 

 リドルから促されたヴァーサスは急いで準備に取りかかった。
 その間にリドルは芋の山をざっくりと分けると、残りを籠にいれて手に持った。

 

「まだ話してませんでしたけど、実は私の門ってここだけじゃないんです。ここ以外に東西南北、計五つの門があります」

「五つの門? 他の四つの門は守らなくてもいいのか?」

「もちろん守ってますよ。今から行くのはそのうちの一つ、東の門です。せっかくですから、お裾分けついでにそこの門番の方に挨拶しましょう!」

「俺以外にも門番がいるのか。会うのが楽しみだ!」

「ふふ……きっと驚きますよ~? では、お手を拝借」

 

 リドルはそう言うとヴァーサスの手を握り締める。
 彼女の持つ座標の力が発動し、あたりの景色が湾曲して流れ、加速していく。

 

「はい着きました!」

「む……まだこの感覚には戸惑うな」

「すぐ慣れますって。これから何回もするんですし」

 

 そこは美しい海に面した見渡すばかりの大草原。
 一方には水平線が広がり、もう一方には緑の地平線が広がる。
 絶景とはこの景色のためにあるような美しい場所だった。

 しかし――。

 

「それで、その東の門とその門番はどこに……」

 

 きょろきょろと辺りを見回すヴァーサス。
 彼がいくら見回しても、どこにも建物らしきものが見当たらなかったのだ。

 

「やあ! 良く来たね二人とも! そっちがこの前話してくれた新しい人?」

「なっ!?」

 

 驚くヴァーサス。その声は足下から。

 

「ですです。ルルさんもお元気そうでなにより!」

「へー! 今度の人は長生きしてくれるといいねー!」

 

 ヴァーサスがそっと声のする場所の草を掻き分けると、そこには小さな、本当に小さな白い一軒家と、その家の窓から手を振る更に小さな少女の姿があった――。
 

 

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