門番になった男
門番になった男

門番になった男

 

 日が暮れた夜の森。
 リドルはランタンを、ヴァーサスは松明を掲げ、暗い闇の中を進んでいた。

 

「君の屋敷は随分と街から離れた場所にあるのだな」

「屋敷というわけでもないのですが、まあとりあえず家はありますね。はい」

「俺が守るのは君の家の門ではないのか?」

「私の家に門なんて立派なものはついてないですよ。ヴァーサスさんに守って頂きたいのは、家よりももっと大事な場所です」

 

 前を向いたままヴァーサスの問いに答えるリドル。

 彼女の服装はあまり遠出には向かないような、白と青の平服を動きやすくしたような出で立ちだった。だが、華奢で可憐な見た目に反して、リドルは足場の悪い闇の中をどんどんと森の奥へ進んでいく。

 

「だがなぜ俺を? 俺が門番を目指していることも君は知っていたようだ」

「偶然あの場を通りかかっていたのです。本当に驚きましたよ。ナーリッジのような平和な街で、貴方ほどの強さの方と出会えるとは……いやぁ、幸運でした!」

 

 そこでふとリドルは歩みを止め、ちらとヴァーサスに目を向ける。

 

「――ここまで連れてきておいてなんですが、門番……やってくれますよね?」

「……悪いが、それはまだ答えられない。俺は確かに門番を目指しているが、何を守るかは自分の目と心で選ぶつもりだ」

 

 先ほどまでの軽い物言いが消えたリドルの問い。
 しかしヴァーサスは彼女のその言葉にも動じることなく、ありのままに答えた。

 

「あらら、それはその通りですね。すみません、少し気がはやってしまいました」

「気にしないでくれ! 君が俺に声をかけてくれたのはとても嬉しかった。だからこうしてついてきているんだ!」

 

 そう言うと、ヴァーサスはリドルに向かって満面の笑みを浮かべるのであった――。

 

●    ●    ●

 

「さぁ着きました! ここがヴァーサスさんに守って頂きたい門です!」

 

 先ほどの会話からさらに十五分ほど歩いただろうか。
 深い森が終わり、木々に囲まれた広場のようになった場所に辿り着く。

 広場には夜空から月の明かりが射し込み、さながら演劇の舞台のようですらある。
 そしてその広場の中央に、見上げるほどの巨大な石壁と門が建っていた。

 

「おお! これは見事な門……だが、これは……?」

 

 ヴァーサスはその光景に思わず驚きの声を漏らした。

 巨大な石壁は少しの狂いもなくぴったりと組み合わされ、門もまた丈夫そうな金属で作られている。よほどの衝撃でもない限りびくともしないだろう。

 それは間違いなく、どこからどう見ても素晴らしい門だった。しかし――。

 

「門しかないようだが……」

「さすがヴァーサスさん、早速そこに気づくとは! 私が見込んだだけのことはありますねぇ!」

 

 門の後ろ側へと回り込み、あたりを見回しながら困惑の声を上げるヴァーサス。
 そしてそんなヴァーサスの反応を楽しむように、リドルは笑みを浮かべていた。

 彼の言うとおり、その門は門しかなかった

 本来であれば門の向こう側にあるはずの豪華な屋敷や、宝物をため込んだ倉庫のような建物は一切なく、ただ門だけがそこに建っていた。

 

「この門を守ればいいのか?」

「そうです! 門を守るのはもちろんですが、通行する人の確認とか、門の開閉とか、そういう諸々もお任せしますので」

 

 笑みを浮かべるリドルのその言葉に、ヴァーサスは納得したように頷いた。
 このような仕掛けは彼にも覚えがあったのだ。

 

「なるほど。この門がどこか特別な場所へ繋がっているというわけだな!」

「その通り! いやー、理解が早くて私としても大変助かりますよ」

 

 リドルは言うと、ヴァーサスを門の前へと案内する。

 

「――先ほど仰いましたね。何を守るかは自分の目と心で決めると。私はどうしても貴方に私の門番になって欲しいのです。なので、私もこの門の先にあるものを貴方に包み隠さずお見せしましょう……特別に、ね?」

 

 リドルの細い手が巨大な門の取っ手へと伸びる。

 当然だが、門にはなんらかの魔法がかけられているのだろう。
 リドルが門の取っ手を掴むと、その巨大な門はひとりでに左右へと開いていく。

 

「無理を言ってすまない。感謝する」

「そうかしこまらないでください。雇用関係は信頼が第一です! さ、どうぞ中へ」

 

 リドルに促され、ヴァーサスは門の中へと歩みを進める。
 するとヴァーサスの目に目映いばかりの日光が射し込み、ヴァーサスは思わず額に手をかざして目を細めた。

 

「なんと……」

「これが、貴方に守って頂きたいものです」

 

 巨大な門を抜けた先には、見渡す限り一面のひまわり畑が広がっていた。

 空はどこまでも続く青空に白い雲が浮かび、遠くになだらかな山脈と湖が見える。
 太陽の光はさんさんと降り注ぎ、その光を浴びてひまわりの花が咲き誇る。

 世界中を旅したヴァーサスも、このような景色は見たことがなかった。

 

「見事だ……こんな美しい場所は初めて見た……」

「たはは。お褒めに預かり光栄ですね。このお花は私が手入れしているのですよ。さあ、こちらにどうぞ」

 

 ヴァーサスの言葉に照れ笑いを浮かべながら、リドルは花畑の中をさらに奥へと進んでいく。
 そして背丈よりも育ったひまわりの森を抜けると、そこには円形の花壇があった。

 

「ここはお墓です。この花壇に植えられているお花も、ここで眠る皆さんが好きだったものなんですよ」

 

 寂しそうに、どこか遠い出来事を思い出すようにして呟くリドル。

 

「君にとって、大切な人々だったのだな……」

「はい……私の両親もここに眠っています」

 

 ヴァーサスがその花壇を見ると、そこにはたしかにひまわり以外の白い花や青い花、黄色い花など、色とりどりの別々の花が植えられていた。

 

「……これがこの場所の全てです。いかがでしょう。守って頂けないでしょうか?」

 

 リドルは真剣な眼差しをヴァーサスへと向け、尋ねた。

 その言葉にヴァーサスは瞳を閉じて数秒思案する。
 そしてゆっくりと瞼を開くと、周囲を埋め尽くす向日葵の花を見回して言った。

 

「わかった。先ほどは偉そうなことを言ってすまなかった。このヴァーサス。喜んで君の門番として働かせて貰う!」

 

 拳を握りしめ、はっきりと頷くヴァーサス。
 ヴァーサスの力強い宣言が、花畑の上を通り過ぎていった――。

 

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