勇者の銀 巫女の御柱
勇者の銀 巫女の御柱

勇者の銀 巫女の御柱

 

「――――わかったぞ。あいつのやってることが!」

 

 塵異(じんい)が炸裂させた翡翠色(ひすいいろ)の輝きを帯びた火の粉に照らされ、まだ全身から白煙(はくえん)を上げて片膝をつく奏汰(かなた)が目を見開いて叫んだ。

 

「なんじゃと!? 奏汰には奴の不死身のカラクリがわかったのか!?」

「わかった! そんでもって、俺なら多分なんとか出来る!」

 

 奏汰はそう言いながら聖剣を支えにして立つと、その全身に緑光の輝き(まと)い、大きく深呼吸して勇者の青による反動を無理矢理回復させる。

 

「……あいつの相手は俺が引き受ける! けど、俺は多分あいつの力を押さえ込むので精一杯になると思うんだ。一撃であいつを叩き潰せるようなの、頼めるか?」

「一撃でじゃと? ――――わかった。多少時間がかかるが、大丈夫かの?」

「ああ! 頼む!」

 

 奏汰と(なぎ)は互いにそう言って(うあず)き合うと、迫り来る塵異と再び相対する。

 

「――――どうしたね? 小生はまだこうして傷一つ、息一つ乱していないのだが。まさか、もう怖じ気づいてしまったかな?」

「勇者ってのはな――――怯えないから勇者なんだよ! 凪、頼んだぞ!」

「がってんじゃ! 抜かるなよ、奏汰!」

 

 その背に翡翠色(ひすいいろ)の後光を(まと)い、三度あやかし御殿に迫る塵異。奏汰は凪をその場に留め、今度は単独で塵異へと斬りかかる。

 

玉藻(たまも)よ、(わらべ)達と共に下がっておれ! 奏汰の望み通り、一つどでかいのをやるのでな!」

「はいはい。塩漬けになった影日向(かげひなた)様がちゃんと助けて下さることをお祈りしてますよ私は」

 

 飛び出した奏汰とは別に、その場へと残った凪は手に持った赤樫(あかがし)の棒を(おごそ)かに三度天に向かって振り(はら)い、渾身(こんしん)の力を込めて大地へと突き刺す。

 そしてその場でゆっくりと二度(うやうや)しく(こうべ)を垂れると、突き刺した棒に向かって七度の拍手を行った。そして――――。

 

掛介麻久母畏伎(かけまくもかしこき) 影日向大御神(かげひなたおおみかみ) 黒州乃日向乃(くろすのひむかの) 異地乃先原爾(いちのさきはらに) 御禊祓閉給比志時爾(みそぎはらへたまひしときに)――――」

 

 あやかし御殿前。すでに交戦を再開し、激しく打ち合う奏汰と塵異には目もくれず祝詞(のりと)奉上(ほうじょう)する凪の周囲に、降り注ぐ火の粉すらはね除ける清浄な白銀の結界が展開される。

 

(奏汰よ――――! 信じておるぞ!)

 

 凪はその心を神への祈りで染め抜きつつも、閉じた(まぶた)の裏に、奏汰への必死の願いを込めていた――――。

 

「うおおおおおお! 勇者腕ひしぎ十字固めええええええ!」

 

 そして、奏汰と塵異の攻防はその苛烈(かれつ)さを増していく。

 勇者の緑。あらゆる傷を一時的に回復し、全ての状態異常を解除するリリースの力を使って瞬間的な活力を取り戻した奏汰は、空中に飛び上がって塵異の腕にまとわりつくと、そのまま一気に塵異の腕をへし折りにかかる。

 

「何でもやるな君は! しかし――――!」

 

 だがしかし、塵異は奏汰がへし折ろうと体を反らせると同時にその方向へと自らも高速回転。逆に腕にしがみついた奏汰をぶんぶんと振り回すと、そのまま凄まじい勢いと遠心力を乗せて地面が陥没(かんぼつ)するほどの威力で大地へと叩きつける。

 

「がっ…っ! こん……のおおおおおおお!」

「なんとっ!?」

 

 しかし奏汰はそれを意に介さない。意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けながらも、奏汰は塵異の腕を放さず、そのまま凄まじい力で塵異の肉体も大地に引きずり込む。

 そしてそのまま馬乗りの態勢になると、塵異の傷一つない顔面に一発45トンの威力を誇る勇者パンチを連続で叩き込む。

 

「マウント勇者パンチ! 勇者パンチ! 勇者パンチ! 勇者パンチ!」

「ごふぁ! ごぼお! がが! げべぇ!?」

 

 並の人間であれば一発殴られただけで異世界転生してしまうような威力の拳を、一切の容赦なく連続して顔面に叩き込まれる塵異。

 洒落(しゃれ)た帽子が弾け飛び、整えられた(ひげ)が折れ曲がり、その細い顔が原型すら(とど)めずひしゃげていく。だが――――。

 

「――――なんとも野蛮(やばん)な、まるで野獣の(ごと)き戦い方。小生では付き合いきれんよ」

 

 確かにがっちりとマウントを取り、完全に逃走不可能となっていたはずの塵異が瞬時にその場から消える。

 そして先ほどと同様、再び傷一つない状態となって奏汰の後方に優雅(ゆうが)に降り立ったのだ。だがしかし、奏汰は塵異がそうするであろうことをすでに読んでいた。

 

「――――やっぱりだ。お前、時間を操ってるだろ?」

「ぬ!?」

 

 奏汰が発したその言葉に、塵異の表情に初めて驚きの色が浮かぶ。

 奏汰は背後に出現した傷一つない塵異に鋭い眼光を向けると、ゆっくりと聖剣を(たずさ)えて陥没(かんぼつ)した地面から立ち上がる。

 

「なんと……これはやられた。まさか、すでに小生の力に予想がついていたとは」

「俺は前いた世界でも時間を操る敵と戦ったことがある。多分、お前は自分がやられた瞬間に数秒前の自分に戻ってるんだ。だから傷だけじゃなくて、ボロボロになった服とか帽子まで元通りになってる」

 

 燃えさかる炎を背に、凄絶(せいぜつ)な剣気と共にその全身から七色の光を放つ奏汰。

 その姿に、塵異は忌々(いまいま)しげにその痩せた顔を歪めた。

 

「屈辱だな。似たような輩と戦ったことがあるからわかったなどと。わかったからなんだと言うのだね? では、君にはその打開策があるとでも?」

「――――一つ、聞かせてくれ」

「……?」

 

 初めて怒りの感情を(あら)わにして奏汰へと詰め寄る塵異。しかし奏汰は塵異を見据えたまま、呟くようにして逆に尋ねた。

 

「お前たちはなんで人を襲うんだ? 俺とお前はこうして話せてる。俺みたいに馬鹿ってわけでもないみたいだ。お前らになにか目的があったとして、それを話し合ってどうこうするってのは、無理なのか?」

「フム……何を言うかと思えば……」

 

 奏汰の発したその言葉に、塵異は呆れたように片眉(かたまゆ)を上げ、やれやれとばかりにため息をついた。

 

「君やあの巫女のように優れた力を持つ者相手ならまだしも、なぜ強者に(すが)るしか能のない弱者と我々が対話する必要があるのかね? 元より君たち人間は我々にとってエサのようなもの。いちいち動物の肉を喰らい、草木の根をかじることに罪悪感を感じる者などおらぬよ」

「……そうか。わかった」

 

 塵異のその返答に奏汰は僅かに目を細めると、聖剣の切っ先を目の前の鬼に向けた。七色に輝いていた聖剣が激しく明滅し、その光を白銀へと変える。

 

「実は俺も出来るんだ。時間を操るっての」

「なに?」

 

 その全身から銀の光を放つ奏汰。奏汰の持つ聖剣を中心に周囲の景色がぐにゃりと歪み、奏汰と塵異を包み込む。

 

「見せてやる――――! これが、勇者の銀だ!」

 

 瞬間。対峙する奏汰と塵異から漆黒(しっこく)の夜空に向かって白銀の光が昇った。そして――――!

 

祓閉給比清米給閉登(はらへたまひきよめたまへと) 白須事乎聞食世登(まをすことをきこしめせと) 恐美恐美母白須(かしこみかしこみもまをす)――――」

 

 その光に呼応するようにして、凪の祝詞(のりと)がその奉上(ほうじょう)を終える。

 それと同時にかっとその瞳を見開いた凪は眼前に突き刺した赤樫(あかがし)の棒を掴み取ると、天へと掲げて神を呼んだ。

 

「いざ! 神式、終之祓(ついのはらえ)――――影日向大御神(かげひなたおおみかみ)!」

 

 凪の(まと)った気が奏汰の銀の光と交わって天を貫く。

 夜の闇がその一点だけ穿(うが)ち抜かれ、引き裂かれた闇を抜けて、光り輝く超巨大質量――――全長数千メートルにも及ぶ巨大な御柱(みはしら)が空から降ってきた――――。

 

 

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