深淵への加速
深淵への加速

深淵への加速

 

 高度12000m。さっきのあおいさんの言葉通りに受け取れば、今はもっと高い位置にいるだろう。すでに成層圏に到達し、そこからさらに天上へと突き進む機動要塞ノア。

 俺もうろ覚えだが、このくらいの高度になると気温はマイナス50度を下回り、気圧も酸素も地上とは比べものにならないほど薄くなる。

 渦巻く乱気流は何もかもを吹き飛ばし、ただでさえ酷い低温の体感を更に引き下げる。どこからどう見ても普通の人間なら数分と生きることは出来ない極限の環境。だが、俺たちは違う。俺たち〝殺し屋殺し〟は、普通の人間ではない。

 

「アヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 滑らかな要塞甲板上。這うような姿勢で疾走するサダヨさん。

 地を這う両手両足は不気味な残像を描き、赤く輝く両目は闇の中に鮮血のラインを引く。

 だが要塞側もただ俺たちの侵入を黙って見ていることはない。突如として甲板の各部から出現する無数の高射砲が火を噴き、あまりの連射速度に一本の連なった火線にしか見えない弾丸の雨を、それも四方八方から撃ち放つ。

 

「ヒヒ……ッ! そんなもんで……このアタシが殺せるかい……ッ!?」

 

 しかしそれをサダヨさんは物理法則を無視した直角な機動でそれを躱し、さらには手に持った箒を眼前で高速回転。

 戦闘機ですら一瞬で蜂の巣にする弾丸の雨を事も無げに叩き落とす。

 

「我が心は波――――! 押せば引き、引けば返す無窮の因果――――」

 

 その足下に連続する〝水の波紋〟を浮かべ、まるで空中をサーフィンでもするように滑り飛ぶ鈴太郎りんたろう

 そしてその時。高射砲による実体弾の雨を凌ぎきる俺たちの行く手を阻むべく、今度は赤熱する数百条ものレーザーがまるで網の目のように全方位から降り注ぐ。

 

「心静かなれば、この身砕くこと能わず――――!」

 

 瞬間。鈴太郎がその両手を自身の正面で重ねて印を結ぶ。

 それと同時。俺たちを覆う波紋模様が無数に出現。直撃すれば分厚い鉄板すら秒で焼き切る深紅の熱線全てを反射させ、辺り一帯の甲板全てを切り裂き、溶断し、瞬きする間に爆炎の海に沈めてみせる。

 さすが鈴太郎。六業会ろくごうかい最強の殺し屋、〝九曜くよう〟の一人だっただけはある。

〝その気になったこいつ〟と戦うのは、俺でもご遠慮したいところだ。

 疾走する俺たちの身に、凍結した水分が当たっては砕ける。

 渦巻く気流は俺たちの表皮を切り裂き、もはやまともな雲すらない一面の星空へと流れていく。

 

 たった三人。

 たった三人の殺し屋殺し。

 

 碧さんの乗るムラサメに襲いかかったのと同等、いやそれ以上の猛烈な弾幕が、俺たち三人を中心とした極限の大気の中に炸裂する。

 

「ハッ! この程度じゃ準備運動にもならないな! 鈴太郎、サダヨさん! 見えるか? アレをぶち抜く!」

 

 立ち上る豪炎の渦を抜け、俺は周囲から降り注ぐ弾丸全てを叩き落とし、レーザーを弾き、ミサイルの山を一瞬で粉砕しながら叫ぶ。

 その先には一基の降下用メインエレベーター。

 あれを使えば、この要塞のどこだろうと問題なくたどり着けるだろう。

 だがしかし、そのエレベーターの前には数え切れない程の黒い影――――それはざっと見ただけで〝千人を超える殺し屋の群れ〟だった。

 さすがに〝聖像イコン持ちの殺し屋〟はそこまで多く無さそうだが、聖像があろうとなかろうとこの数。一々戦ってたら面倒だ。

 

「クククッ! 雑魚は任せな……ッ!」

「なら、あそこまでの道は僕が!」

 

 加速する俺の左右。一瞬にして白と灰の疾風と化したサダヨさんと鈴太郎が、一切の躊躇なくその群れに飛び込む。

 猛烈な突風と衝撃波が炸裂。

 二人の放った初撃だけで数十の殺し屋が空を舞って夜の闇に消えた。

 

「先に行ってくれ悠生ゆうせい! ここを片付けたら僕もすぐに追いつくからっ!」

「クヒッ! なんかあれば大声で泣き叫びな……! 飛んでいってやるよ……ッ!」

「よし、任せた――――!」

 

 突貫。

 俺は二人が切り裂いた殺し屋の壁を閃光の拳でさらに穿ち、貫く。

 無数の肉を叩く衝撃の先。ミサイルの直撃にも耐えるだろう分厚いシャッターを渾身の一撃で木っ端微塵に打ち砕くと、そのままぽっかりと口を開けた闇の中に飛び込んだ――――。

 

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