「あなたっ! なかなか強そうだねー! ちょっと私と遊んでよッ!」
『第七種か――――個を極めることを目的として生み出された概念』
「はあああああああああ! 疾風! ルミナスパーーーーンチ!」
その光り輝く肉体をしならせたユーリーの閃光の拳が、グノーシスの灰褐色の機体へと叩きつけられる。
だがしかし、全長500mのグノーシスに対抗するべく350mほどまで巨大化したユーリーの拳は、グノーシスの眼前であらぬ方向へと逸らされる。
「空間湾曲――――! とんでもなく強力なやつっ!?」
『第七種を生み出した頃の創造主は、争いを続ける多数に絶望していた。そこで生み出されたのがお前たち第七種だが――――創造主はすぐにその考えが間違いであったことに気付いた』
「がああああああああっ!?」
無防備に背面を晒したユーリーめがけ、グノーシスは自身の周囲に滞空する赤黒の粒子を自身の拳へと集約。まるで羽虫を払うような動作でユーリーの巨体に強烈な裏拳を叩き込む。
ユーリーは即座に自身の周囲に多角形の防御シールドを展開したが、グノーシスの拳の前にユーリーのシールドはまるで華奢なガラス細工のように叩き割られ、ユーリの肉体ごと閃光の中に消えた。
『なぜなら、命とはどこまで行っても個で成り立つものではなかったからだ。たとえいがみ合い、争ったとしても――――進化とはその先にこそ存在する』
「ユーリーっ!? てめえええええッ! 俺と勝負しろおおおおおおッ!」
一瞬の交錯で閃光へと飲み込まれたユーリーの姿に、激昂したミナトがクルースニクを加速させる。
クルースニクの全身が反物質による物ではない赤いオーラを纏い、未だ体勢を崩さぬグノーシスめがけてその二刀を構える。
『お前は漂流種だな――――? この宇宙の守護者として、漂流種は排除する』
「排除だと!? やれるもんなら――――やってみやがれええええええッ!」
瞬間、クルースニクの機影が光の粒となって消える。
それはあらゆるTWの中でもクルースニクだけが持つ、近距離無制限の時空間跳躍システム。つまりは自由自在な瞬間移動だ。
通常のワープのように何光年も離れた距離には跳べないが、目視できる距離であれば何度でも、好きな時に好きなように連続使用できる。近接戦闘においてはこれ以上のない無敵の力である。
クルースニクは瞬間移動を駆使し、次々とその二刀をグノーシスめがけて振り下ろす。しかし――――!
『これは驚いた、その外殻を作ったのはどこの種だ?』
「くっ! こいつ――――!?」
瞬間瞬間に光速を超える速度で現れては消え、現れては消えるクルースニク。
しかし恐るべき事に、グノーシスはクルースニクの瞬間移動に追随した。
一瞬にして数十回、数百回と繰り出されたクルースニクの光速の斬撃。
だがグノーシスは自分自身もクルースニクと同様に瞬間移動を繰り返し、その攻撃全てを容易く防ぎきって見せたのだ。
『いや――――なるほど、わかったぞ。その瞬間転移はお前の持つ無限のエネルギーあってこその芸当というわけか。他の者が纏っても十全に扱うことはできない。そうだな――――?』
振り下ろされたクルースニクの刃をその人差し指で受け止め、悪魔じみた姿の灰色の機神は、興味深そうにクルースニクとその内部に乗るミナトを観察する。
「チッ! 気色悪ぃことするんじゃねぇ!」
そのグノーシスの姿にミナトはゾクリと冷たい物を感じると、咄嗟にクルースニクを後方へと走らせた。
そしてそれと同時。ミナトは後方へと下がりつつも、クルースニクの両肩に装備されたあらゆる物質を消滅させる反物質拡散砲を連続で撃ち放つ。だが――――!
『我々の宇宙はグノーシスが管理する。他所者の介入は不要』
「っ――――!?」
クルースニクが放った拡散粒子砲の光がぐにゃりと逸らされる。
それはまるで、弾丸が自らグノーシスに触れることを拒んでいるかのような光景。
光の雨を正面から突っ切ってクルースニクへと一瞬で肉薄したグノーシスは、その禍々しい両腕から赤黒い刃を伸ばすと、そのままクルースニクへと十字型に切りかかる。
「くっそがあああああああ!」
その巨体に纏う純白の外套ごと胸部装甲を切り裂かれ、為す術もなく片腕と両足を吹き飛ばされるクルースニク。
ミナトの超反応によってなんとか機関部分の破壊は免れたものの、もはやクルースニクの戦闘継続は不可能だった。
しかもそれだけではない。
グノーシスの放った十字型の刃は、切り裂いたクルースニクの機体だけでなく、その後方に存在していたオーク艦隊、正体不明艦隊すら巻き込んで両断し、さらにはその先に見える赤と青に輝く惑星の大地にまで大爆発をもたらしていた。
「強ぇえな……っ! こうなったら、俺も勇者として戦うしか……!」
『ここまでだ――――我々の宇宙を汚す者は何人たりとも許さぬ』
凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされていくクルースニクの残骸。
そのコックピットでミナトは何かを決意して呟くが、それよりも早くグノーシスの巨大な影がクルースニクを覆った。
『死ね――――漂流種。そしてこの世を汚す旧世代共よ』
グノーシスの胸部装甲が解放され、そこから禍々しい生物的な機構が露わになる。
血液を思わせる赤黒い粒子が集まり、膨大なエネルギーの渦となり、クルースニクの残骸だけでなく、この宙域全てに存在する艦隊を葬り去る一撃が放たれる。
だが、その一撃が極大の破壊をもたらすことはなかった。
「魔女の大釜、最大出力――――っ! 力場解放――――! エネルギー反転装置、作動しますっ!」
『なんだと……我らの力に干渉できるのか?』
放たれた赤黒い閃光はクルースニクにも、艦隊にも、惑星にも届くことはなかった。湾曲し、ぐにゃりと捻れた空間の先で待つ禍々しい魔女の大釜――――バーバヤーガの胸部へと瞬く間に吸い込まれ、消失したのだ。
「あと58秒――――っ! 絶対に、なんとしても! やってみせますっ!」
「うむっ! やるぞティオ! 俺たち二人で、皆を守るのだ!」
圧倒的力を見せつける灰色の機神。
その強大な力を前に、機械仕掛けの魔女がその細く禍々しい両腕を広げる。
そしてバーバヤーガのコックピット内部。
コックピット中央のソケットにかっちりと埋め込まれ、名実ともに脱出ボタンと化したボタンゼルドは、同じく決意を宿したティオと目線を合わせて力強く頷いた――――。