「え、ええ……!? オークの皆さんから救援要請ですか!?」
「オーク……俺が初めてティオと出会った時に戦っていた緑色の奴らだな。敵ではなかったのか?」
混迷極まる赤と青に輝く惑星軌道上。
ティオとミナトの駆る二体のTWによって壊滅寸前にまで追い込まれた正体不明の軍勢に交わるようにして、薄汚れた緑色の装甲を持つオークの大艦隊が亜空間からワープアウトする。
その艦隊の数は万を超え、艦隊が出現した側の視界全てが遮られるほど。
しかし確かに良く見ればその艦隊を構成する船の中には傷を負っている船も多数見受けられた。
『おいおいおい、オークのやつら、随分と情けねぇじゃねえかよ! しかもこいつら、ずっと俺たちのことを追っかけてきてた奴らだろ? 散々人を攻撃しておいて、ヤバくなったら助けてくれかよ!』
「それに……これだけの数の艦隊が一方的にやられるような相手なら、僕たちが戦ってもあんまり意味ないんじゃ……」
「むむ! 気をつけろティオ! どうやら彼らを追いやった敵がこの場にやってくるぞ!」
「えっ!?」
すでに攻撃の意志を失った正体不明艦隊のまっただ中。
機体の各部に備えられた姿勢制御用のバーニアを小刻みに点火させ、クルースニクがバーバヤーガの近くへとやってくる。
そしてそれとほぼ同時。
オーク艦隊がワープアウトを完了したことを見計らったように、正体不明艦隊、オーク艦隊、そしてラースタチカ。それら全てを視界に収める虚空に、巨大な空間湾曲が発生する――――
『――――我らはグノーシス。我が波長を受ける全ての存在に告げる。我らはグノーシス。偉大なる創造主によって生み出された結末の文明』
まるで数万の艦隊が時空間跳躍を行ったのに匹敵するほどの空間の歪み。
だがその歪みから出現したのは、全長500m程の人型機動兵器一体のみだった。
その人型の姿は、まるで人類が思い描く悪魔や邪神の姿に似ていた。
金属とも生体ともつかぬ光沢のある灰褐色の体表に、血管を思わせる赤いライン。
鋭く尖った肩や膝肘。背中には巨大な八枚の翼状の部位が伸び、その狭間からは赤黒い粒子が絶え間なく放出され続けている。
『繰り返す、我が波長を受ける全ての存在に告げる。偉大なる創造主の旅路を探る愚かな劣等種共よ、創造主の後継足る我らグノーシスが貴様らの結末を言い渡そう――――――――死ね』
ボタンゼルドは勿論、ティオもミナトも過去に見たことのない技術体系の機体。
グノーシスと名乗ったその存在は、まるでゴミかムシケラを見るかのようにその眼孔部分を赤く光らせると、その片腕を静かに――――ただ静かに振り下ろした。
「ぐっ!?」
瞬間、漆黒の宇宙を鮮血の赤が染めた。
強固な障壁で守られたバーバヤーガ内部にまで響く振動が巻き起こり、凄まじい爆発が巻き起こる。
グノーシスの放ったその赤は、眼下の万を超えるオーク艦隊の半数を一撃の下に半壊させ、僅か数秒でその中に乗っていた無数の命を奪い去って見せたのだ。
「そんな……っ! じゃあ、オークの皆さんは、本当にあの機体から逃げて……!?」
『にゃはは! なになになにー? もしかして、丁度面白くなってきたところだったり?』
「ユーリーさん!? 無事だったんですね、良かったぁ……!」
あまりにもあっけなく行われた大虐殺。
その光景にごくりと唾を飲み込むティオに、突如としてバーバヤーガの背後から閃光と共に現れた光の巨人――――ユーリーの明るい声がかけられた。
銀と緑の光沢ある体表に、優しく輝く鋭角な瞳。
そして流れるようにたなびく翡翠色の髪。見た目こそ人間態のユーリーとは大きく異なっているが、纏う雰囲気は紛うことなく彼女そのものだった。
『皆の通信は聞こえてたよー。あの灰色の奴、結構強そうだねー? もしかして……私が殺っちゃってもいいのかな? かな?』
「えええええっ!? いやいやいや、流石にそれは……っ!」
『ふざけんじゃねぇぜ! 出てきて一発目の台詞が『死ね』とか言う奴は悪い奴に決まってんだ! 俺が叩き潰してやる!』
「ミナトさんまでっ!?」
目の前で行われた暴虐に、血の気の多い二人はすでに我慢の限界に達していた。
戸惑いを見せるティオを余所に、その身に銀色の輝きを灯したユーリーとクルースニクが直上のグノーシスめがけて飛翔する。
『俺の邪魔するんじゃねぇぞユーリー!』
『あははー! ミナトこそ私の流れ弾で死なないようにねー!』
「二人とも行ってしまったぞ!? 俺たちはどうするのだ!?」
「はわわわ! ど、どうするって…………どうしましょう!?」
青白い粒子の尾を引いてみるみるうちに小さくなるミナトとユーリーに、ただあたふたと右往左往するティオ。
そもそも一方的に攻撃を受けたとはいえ、初めて遭遇した文明相手に即座に戦闘を仕掛けるのは、太陽系連合全体にとってあまりにもリスクの高い行為だ。
生真面目なティオはそういった国益や外交問題などのあれこれを考えてしまい、即座に動くことができなかったのだ。しかし――――
『――――聞こえるかい、ティオ。ボタン君。悪いけど緊急事態だ、今から君たちに指示を送るから可能な限り遂行して欲しい』
「ラエル! そちらは無事か!?」
「ラエル艦長っ!」
『こちらは心配ない。本来なら君たちを回収して逃げるつもりだったんだけど、事情が変わった。あの存在は――――なんとしてもここで撃破する必要がある』
バーバヤーガに通信を入れたラエルノアは真剣な口ぶりでそう言うと、そのままこの場での指令を伝達する。
『一分四十秒。この通信を切ってから一分四十秒だけ時間を稼いでくれ。それだけしてくれれば、後はこちらでなんとかする』
「一分四十秒――――わかりました、やってみます!」
『だけどバーバヤーガに残されたリソースは僅かだ。そのまま行ってもやられるだけだろう。そこでボタン君、君の力を借りたい』
「なんだ!? 俺に出来ることならばなんでもやらせてくれっ!」
指令内容を伝えるラエルノアに、ティオとボタンゼルドは力強く応じる。
ラエルノアはボタンゼルドのその返事を聞いて通信越しに僅かな笑い声を零した。そして――――
『じゃあボタン君。君はバーバヤーガに私が新しく取り付けた、ボタン君専用ソケットに填まってくれるかな?』
「ん? んんんんん……!? ソケット? 填まる……?」
『ククククク……ッ! 楽しみだよ……! これでバーバヤーガはこれまでの何倍もパワーアップできる! さあ、急いでくれよ二人とも。ボタン君のソケットは目の前にあるからねぇ……ッ! ククク……クハハハハハッ!』
完全にマッドな高笑いを残し、ラエルノアは『健闘を祈る』と言って通信を一方的に打ち切ってしまう。今この瞬間から一分四十秒耐えきらなくてはならない。
「ボタンさんを填めるって……これ、でしょうか……?」
「もはやこうなっては仕方あるまい! やってくれ! ティオ!」
「わ、わかりました……やってみますっ!」
操縦桿の間に挟まるようにして現れた謎のくぼみ。
ティオは困惑しつつも、恐る恐るそのくぼみにボタンゼルドをむぎゅむぎゅと押し込むのであった―――。