全てを斬る門番
全てを斬る門番

全てを斬る門番

 

 徐々にその姿を消した晴れ間は完全な曇天へと変わった。

 一つ、また一つと雨粒が大地へと降り注ぎ、傷ついた大地へと染みこんでいく。

 だがしかし、天上からの光を失い、薄く灰色に包まれた世界を白銀の閃光が眩く照らした。

 それは、ミズハの刃。

 数多の死闘を経た先で彼女がついに辿り着いた、彼女だけの世界だった。

 

############

『クロガネ・アツマ』
 種族:人間 
 レベル:18500
 特徴:
 かつてとある世界の支配者に最後まで抗った一人の男。
 彼は勝利し、一度は日常を取り戻すもラカルムの襲撃により次元が崩壊。
 男は守り抜いたはずの全てを失った。
 万物が持つ向きを操作する力を持ち、その力の範囲は概念にまで及ぶ。 
 領域すら強制的にねじ曲げるその力は、特に高次存在の天敵たりうる。

############

 

『さて、せっかく格好付けてもらったところ悪いが、俺もこれが仕事みたいなもんでな――――!』

「――――参ります」

 

 ミズハが動く。

 その銀色の瞳の中に激しい雷光の放射を宿しながらも、一切の初動を感じさせない刹那の加速。恐らくミズハが水上で同様の動作をしたとしても、彼女の足下には波紋一つ立つことは無かっただろう。

 最強と呼ばれるような戦士や高次存在である神ですら、今のミズハの動きに反応することは困難。それほどの完成された動きだった。

 しかしクロガネは対応する。

 クロガネは自身の帽子を押さえながら後方へと超高速で加速。自分自身にかかる重力・摩擦・抵抗といった様々な力の向きを同時に制御下に置き、通常の物理法則を完全に無視した軌道で辺り一帯を攪乱するように飛翔した。

 

『おいおいマジかよ。全然見えねぇ……厄介なことになって来やがった、が――――』

 

 くすんだベージュのトレンチコートをたなびかせながら、上下左右、縦横無尽の機動を見せるクロガネ。クロガネは本人も言うように戦士ではない。ミズハほどの超高速に反応する方法は限られる。ゆえに距離をとり、攪乱し、ミズハの存在する領域を特定し――――。

 

『――――ここだな』

 

 超高速の機動の中、クロガネがその意識をある一点に差し向ける。

 クロガネの狙い通り、そこには目にもとまらぬ速度で駆けるミズハがいた。

 クロガネの反応速度はあくまで常人の範囲内だが、能力を発揮している最中に限り、周囲に存在する物質の指向性を感覚として捉えることができるようになる。ミズハがいかに完成された動きで迫ろうと、そこに質量を持った肉体が存在する以上、大気は動き、大地は沈む。

 ミズハの小柄な肉体にクロガネの力が影響を及ぼし、先ほどと同じようにその加速を停止させようとする。だが――――!

 

「守勢の奥義――――絶空立華」

『っ?』

 

 ミズハの持つ二刀が双方互い違いに半円の軌道を描き、白銀の残像を残して虚空を斬った。そこにはなにもない。目に見える物体も、領域の類いも。

 にも関わらず、ミズハ確かに何かを斬っていた。その証拠にミズハの動きは止まらず、更なる超加速へと至ってクロガネの視界からかき消えた。

 ミズハが刃を虚空で振るうと同時、クロガネは自身の脳内でブツンというなにかが切断されたような音を聞く。頭を押さえて首を振るクロガネ。間違いない、確かにミズハはなにかを斬っている。

 しかしクロガネにそれを深く推察する時間は残されていなかった。先ほどの一撃でクロガネの軌道は既にミズハに補足されていた。

 ミズハの持つ透き通った銀色の瞳がクロガネを捉える。位置は斜め上方。距離は数十メートル。しかし絶人の域へと至った今のミズハの刃からすれば、それはもはや完全に一息で到達可能な射程距離内だった。

 

『おいおいおい――――どうなってやがる?』

「一の太刀――――」

 

 眼下を駆けるミズハが消えた。狙いは当然クロガネ。クロガネは胸の奥にくすぶるざわつきを押さえ込みながら、自分自身の周囲に強力な斥力と高次領域から降り注ぐ強力なエネルギーの結界を張った。

 物理的、領域的にミズハがクロガネに攻撃を仕掛ければ、必ずどちらかの結界にひっかかり、即座にミズハ自身が打撃を受けることになるだろう。

 クロガネは先ほどミズハが見せた動きから、彼女がクロガネの力の流れを断ち切った可能性に思い当たっていた。力の流れなどと言う、存在するかどうかもわからぬ概念的なものを果たして斬れるのかという疑問はひとまず置き去りにした。

 当然、かつてクロガネが戦った中にもそんな相手は存在しなかったが、もし万が一ミズハがそうだったとしても、対象を特定せず、力の流れを集約しない無指向性の迎撃であれば対応できると踏んだのだ。

 

『頼むぞ。これでなんとか止まって――――』

「――――桜花」

 

 その声は、美しい鈴の音に似ていた。声の主はミズハ。ミズハの発したその声が、ゆっくりとクロガネの横を通り過ぎていく。

 

『――――嘘、だろ――――』

「これが――――門番の力です」
 

 

 一刀のもとに空中を切り抜けたミズハは、流れるような動きで二刀を振り払い、静かに腰の鞘へと双蓮華《そうれんげ》を収める。双蓮華に収束されていた白銀の領域が再びミズハの全身へと宿り、その小さな体に寄り添うように、しかし力強い輝きを発した。

 

『嬢、ちゃん――――あんた、さっきからいったい、何を斬って――――っ?』

 

 後方へ抜けたミズハを振り返ることも出来ず、ゆっくりと落下していくクロガネ。クロガネはその肩口から腰横までを大きく袈裟斬りに切り裂かれていた。切断面が白銀に輝き、そこから光の粒子が止めどなく溢れる。

 

「――――私が斬ったのはあなたの意志。私や、私の大切な皆を害しようとするその澱んだ意志を斬りました。 ――――終わりです」

『マジ……かよ…………』 

 

 クロガネ・アツマは戦闘不能になった。

 

 そのまま意識を失ったクロガネを、ミズハは素早く反転して抱き留めると、ふわりと音も無く地面へと着地し、安堵のため息をついた――――。

 降りしきる雨の中、美しく輝く白銀の領域。

 あまりにも眩しく輝くミズハのその立ち姿に、すでにクロガネの力から解放され全回復した創造神レゴスは、滝のように涙を流しながらミズハへの応援コインボタンを無限に連打するのであった――――。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!