偽らない門番
偽らない門番

偽らない門番

 

 ナーリッジ郊外。

 先ほどまでの晴天が徐々に曇り空へと変わり、日光を遮っていく。

 その真下には深いクレーター状の破砕が無数に穿たれた大地があったが、それらはみるみるうちに修復され、何事も無かったかのように元の美しい景色を取り戻していく。

 景色だけではない。そこに存在した草花や、その草花と生活を共にする目に見えぬ小さな命もまた、その息を吹き返していた。全ては彼らを生み出した万物の親、創造神レゴスの力だった。しかし――――。

 

「グ――――ググ――――ッ」

「レッゴチさんっ!」

『――――なぁ、もう止めにしないか? さっきも言ったが、そこの嬢ちゃんが今の仕事を辞めるって一筆書いてくれればそれで済むかもしれないんだ。いや、もし済まなくても後は俺が上手いこと誤魔化してやる』

 

 煙草をくゆらせながら、手ぶらな方の腕を上空へと掲げるクロガネ。その掲げられた腕の先には、その場に縫い付けられたように空間に固定された創造神レゴスがいた。

 レゴスの領域は健在だ。万物を破砕する音も、全てを創造する力も、どちらも行使することができる。

 しかし、今のレゴスには創造の力はともかく、破砕の力でクロガネへと攻撃することはできなかった。それは何度も試したが、全く効果が無かったどころか、自身や周囲を傷つけるだけに終わったからだ。なぜなら――――。

 

「一の太刀――――!」

 

 拘束されたレゴスを救うべく、レゴスの力によって回復したミズハがその二刀に純銀の領域を纏わせてクロガネに仕掛ける。既に神の領域すら両断することが可能な一閃。しかしクロガネは僅かにミズハを一瞥するだけだ。

 

『俺はあまり頭の回る方じゃねぇ。領域だとか次元だとか、そういうのもぶっちゃけるとよくわかってねぇ。ただ――――』

「――――くっ! また――――!?」

 

 クロガネの側面から超高速で仕掛けたミズハが突然その場で止まる。否、クロガネの力によって強制的に止められたのだ。

 急加速から急停止へと、無理矢理に運動エネルギーを変化させられたミズハの体にはそれだけで凄まじい負荷がかかり、肉体が悲鳴をあげた。

 

『ただ、これだけはわかる。あんたらの戦い方俺のやり方は相性が良い。 ――――もちろん、俺にとっての話だ』

「――――ッ!?」

「グアアアアア!」

 

 瞬間、ミズハはクロガネへと突貫したとき以上の超加速で数百メートル先の地面へと吹っ飛ばされ、空中のレゴスは全方位から圧縮されるようにしてその肉体を押し潰されていく。

 更には吹き飛ばされ、地面へと転がるミズハの上部から、不可視の力がのし掛かり、衝撃から即座に立ち上がろうとしたミズハの小さな体を、今度は垂直に地面へと叩きつけた。

 一度はレゴスの力によって完全に再生された大地に、再び巨大なクレーターが地割れと共に穿たれる。

 

「くっ――――ああああっ!」

 

 ミズハを中心として一段、また一段と地面に圧が掛かり、その度にクレーターはその深度を増していく。全身の痛みと致命的破砕の圧力にミズハが苦痛の悲鳴を上げる。

 レゴスも同様だった。レゴスはより上位の次元へとその身を逃し、クロガネの拘束から逃れようとしたが、クロガネのその正体不明の力はより上位の次元にも効果を及ぼし、レゴスが逃れることを許可しなかった。

 レゴスはその力を使い、圧縮されていく自身の肉体を再構築し続けることでクロガネに抗う。もしそうせずにこのままクロガネの力によって完全に押し潰されれば、おそらくレゴスは蘇ることはできない。その確信があった。

 

「き、様……因果律を操っているな……っ」

『さてね。さっきも言っただろ。俺はそういう小難しい話には詳しくないんだ。因果だとか運命だとか、平行世界だとか、そのあたりも何度か仲間から説明されたんだが、未だにさっぱりだ』

 

 呻きと共に言葉を発するレゴスに、クロガネははぐらかすように大仰な動作で両手を広げ、首を傾げた。

 

『まあ、あんたはもう気づいてるようだからそろそろネタばらしすると、俺は向きを操れる。なんでかって? 俺の方が教えて欲しいくらいだよ』

「グ――――アアアアアア!」

 

 レゴスの肉体が限界を超え、崩壊を始める。

 向きを操るというクロガネの言葉通りだった。今レゴスの肉体を押し潰そうとしているこの圧の正体は、レゴスの領域自身だったのだ。

 それと同様、今ミズハの肉体にかかっている圧の正体も、その一点に収束されたこの星の重力だった。レゴスのような高次存在には領域を、ミズハのように三次元に肉体を持つ存在に対しては物理法則を。万物の向きを自由自在に、手を触れることも無く支配する。それがクロガネの力の正体だった。

 

『さあ、もう一度聞くぞ。門番を辞めてくれればそれでいいんだ。考える時間もやる。俺は殺しや嬢ちゃんみたいなお子様をぶん殴ったりするのは完全にポリシー違反なんだよ。出来るなら今すぐあんたらも解放して、穏便に済ませたいんだ。 ――――頼むから、少し考えてみてくれないか?』

 

 そう言ってクロガネは、ミズハが返答しやすいようその力のかかりを僅かにズラす。ミズハは咳き込み、なんとかその銀色の瞳をクロガネへと向けると、血の滲む口腔から絞り出すようにして言葉を紡いだ。

 

「私は……っ! 私は、門番を辞めるつもりは……ありませんっ!」

『――――それで死ぬことになってもか?』

「私はもう決めたんです――――! 私は、もう二度と自分を偽らないっ! 好きな人への想いも、夢も――――私が歩む道は、私が決めるっ! それをこうして力で無理矢理曲げようとするあなたなんかに! 私は決して、屈しない――――っ!」

「グ……み、ズハ……ッ!」

 

 それは、ミズハの嘘偽りのない本心だった。叫ぶと同時ミズハの体が光に包まれ、再び万全な状態へと回復する。それは上空のレゴスが最後の力で放った創造の力だった。

 

『――――やれやれ、ご立派すぎるな。俺みたいなおっさんには耳が痛い』

「私は私と約束したんですっ! たとえ――――たとえ命を失っても、ここでそれを曲げたら、私はもう私じゃなくなるっ!」

 

 それはかつて、ミズハが夢の中で誓った自分自身との約束――――。

 なによりもまず、自分の気持ちを偽らないこと。
 自分の心の叫びを大切にすること――――。

 ミズハにとって、門番という自身の夢を他者からの強制によって辞めるなどと言うことは、まさにその誓いを破るに等しい行為だった。とても許容できるような行為ではなかった。

 

「師匠――――見てて下さいっ! 私は――――っ!」

 

 ゆえに、ミズハは再び立ち上がる。

 瞬間、ミズハを中心として純銀の領域が完全な正円の姿で出現し、白銀の雷光がその全身を包む。それは、ミズハがさらに上位の段階へと自らの力を進めた証。ミズハはついに、神をも越える領域まで自身のエゴを高めたのだ。

 

『おっとと……こいつはやぶ蛇だったか?』

「――――レゴッチさんを離してください! あなたにはこの世界を傷つける権利も、私の大切な皆さんを蔑ろにする権利も与えられていないっ!」

 

 その領域はミズハの肉体にかかる重力をはねのけ、ミズハの体に自由を取り戻す。クロガネは参ったとばかりに手に持った煙草を地面へと落とすと、革靴のかかとで踏み消した。

 

『嬢ちゃんがそうでも、俺もまだ色々できるんだぞ。大人は汚ぇんだ――――』

「あなたがいかなる存在だろうと、私は私の意志であなたを倒し、私の夢を守り抜く! それを阻むというのなら、あなたは今ここで――――この私が切り捨てる!」

 

 刹那、ミズハが静かに瞼を閉じる。

 それと同時、ミズハの周囲に大きく展開していた白銀の領域が閃光と共に消える。

 深い呼吸の後、ミズハはゆっくりと瞼を開け、その銀色の瞳の中に雷光の放射を宿し、流麗な所作で完璧な構えを取った。

 するとどうだろう。一度は消えたミズハの領域が再び現れ、今度は彼女が持つ二刀一対の刃――――双蓮華《そうれんげ》へと収束し、凄絶な白銀の光刃となって辺りを照らした――――。

 

「門番ミズハ・スイレン――――参りますっ!」

 

  

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