雲一つ無い晴天の下。巨大な門の上。
雷雲など一つも無いうららかな空中に、無数の雷光の放射が奔る。
稲妻は轟音と凄絶な衝撃を残して現れては消え、現れては消えた。空間そのものを震わせるその波が周囲の光景を歪ませ、青・赤・白の順に辺り一帯の景色を塗り潰す。
そして、その空間を歪ませている根本。
それは、通常の測りを越えた圧倒的高次元で戦う二人の男――――。
ヴァーサスと反転者。
宿命の因果に縛られし二人がその刃を交えるのは、これで二度目だった――――。
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『反転者』
種族:不明
レベル:39780
特徴:
あらゆる門の根源となる狭間の門の先へ至ることを目指す男。
全殺しの槍の制作者であり、絶人的な頭脳を持つ。
かつて狭間の門の寸前まで迫ったが、待ち構えていた門番ヴァーサスに阻まれた。
その際に多くの仲間を失っている。
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「うおおおおおお!」
ヴァーサスが吼える。
瞬きするほどの刹那の間だけ通常の三次元空間に現れたヴァーサスは、すぐさま紅蓮の領域を展開した全殺しの槍で眼前の男へと万を超える突きを撃ち放つ。
それを受ける反転者は前面に一切の光を反射しない極黒の空間を生み出すと、激しい雷光の放射に怯みつつも後方へと滑るように飛翔。背面の時空間領域を突き破って別次元へと逃げすさると、赤と青の混ざり合った自らの領域を凝縮させ、その一つ一つが宇宙そのものを容易く崩壊させる威力の弾丸を無数に連射する。
「ならば! 行くぞ、全反射の盾!」
しかしヴァーサスはそれを回避しない。
右手に持った全反射の盾が眩いばかりの閃光を発すると、それはすぐさま七枚の結晶体へと変化。致命の弾丸全てを反転者自身へと反射した。
『チッ――――あの女、俺の槍を見た後とは言え、独力でこれ程までに厄介な物を生み出すとはな』
因果の反転を感知した反転者は即座に自身の攻撃を解除、反射された破滅の因果が自身に到達する前に自分自身の攻撃を霧散させる。
ヴァーサスの周囲に浮かぶ七枚の結晶体を見た反転者は僅かに舌打ちすると、再び自身のエゴを固め、六次元から七次元、そして八次元へと。次元の壁を次々と砕きながら追いすがるヴァーサスへと対峙した。
ヴァーサスと反転者は今、いくつもの上位次元と通常の三次元空間を次々と穿ち抜き、行き来しながらその刃を交えていた。それは通常の三次元空間での被害を大きく減らしていたが、広大な空間に及ぶその戦闘領域ゆえに、互いの攻撃はどれも決め手に欠けていた。
「反転者とやら! 貴様の俺を殺したいという頼みはきけん! 俺はまだ死ぬつもりはないのでな!」
『お前ほどのエゴだ、無論そうだろう。だからこそ俺はお前がこうなる前に消しておきたかった。すでに俺の槍も完全にお前の支配下に置かれているようだ』
「リドルとウォン殿から聞いているぞ! 全殺しの槍は元々貴様の物だったそうだな! 全殺しの槍には俺も何度も命を救われた、感謝する!」
『喜んで頂けたようでなによりだ。今更返せとは言わない。せいぜいその槍と共にあがいてみせろ』
「言われずともそのつもりだ! 降りかかる火の粉は俺自身で払う!」
叫び、加速するヴァーサス。
ヴァーサスの周囲に見える空間の光が無数の線へと変化し、赤方偏移を起こして赤く染まる。それはヴァーサスの速度が限りなく光速へと近づき、間もなくその光の速度を上回ることを意味していた。
三次元に時間を加えた四次元空間においては光は絶対不変の最速の存在だが、より上位の次元ではその限りではない。ヴァーサスは上位次元へと飛び込んだ反転者に対し、物理法則の限界を打ち破る超光速の刺突を繰り出した。
『――――速さが過ぎる。俺よりもお前の方がより自由に近いとは、皮肉なものだな! 全殺しの槍よ!』
迫るヴァーサス。しかしその瞬間、反転者の周囲に数十を超える数の見慣れた槍――――全殺しの槍が出現する。掲げた手のひらを握り締め、超光速で迫るヴァーサスへと振り下ろす反転者。
反転者が出現させた全殺しの槍の領域は今のヴァーサスを単体で傷つけられる強さではないが、数が数である。一斉に全てを受ければ、進化した全反射の盾にも届きうる可能性があった。しかし――――!
「たとえ生み出したのが貴様でも、俺にとって全殺しの槍は最高の戦友だ! 支配しているわけでも、従えているわけでもない! 俺に力を貸してくれ、全殺しの槍よ!」
ヴァーサスのその呼びかけに応え、紅蓮の閃光と共にその形状を長大な両手槍へと進化させる全殺しの槍。ヴァーサスはあえて全反射の盾を拡散させて自身の周囲に結界を張ると、進化した全殺しの槍で自らの進行方向めがけて力任せに薙ぎ払った。
一閃。そして巻き起こる無数の因果湾曲の爆裂。
数十を数えた全殺しの槍がヴァーサスの放った横薙ぎの光刃によって全て打ち砕かれ、その領域が潰えていく。
しかも破砕された全殺しの槍はもはや二度と再創造することはできない。槍が存在したという因果が今の一撃で完全に抹消されてしまったからだ。
『――――ただの全殺しの槍では束になっても相手にならないか。 ――――なんなんだこいつは? こんな存在が許されるものなのか? あの二人は一体この世界に何を遺した? 門番だけならばまだしも、最も厄介なヴァーサスまでもが存在し得ない程の領域に到達している』
「クルセイダスとリドルの母上が命を賭けて守り抜いたこの世界を、貴様の好きなようにはさせん! それがクルセイダスに命を救われた俺の責務だ! 反転者よ、貴様は今ここで――――!」
自らの放った光刃の爆炎を、紅蓮の領域で放射状に抉り抜きながらヴァーサスが飛翔する。ヴァーサスが持つ全殺しの槍の周囲に七枚の結晶体となった全反射の盾が寄り添い、二つの因果律兵器が互いの力を合わせて矛盾の因果を収束させる。
「――――この俺が切り捨てるッ!」
あらゆる因果と色が収束し、純白の閃光を放つヴァーサスの全殺しの槍。あまりにも神々しく美しいその輝き、しかしそれは反転者にとっての確定された破滅の因果。
『馬鹿が――――! 俺がなんの策も持たずにお前の元に姿を現わすと思うか? 俺はこの時をこそ待っていたのだ。完成された因果律兵器の力、今こそ見せてやろう――――!』
しかし自身へと迫る破滅を前に、反転者はその灰褐色のローブを大きくたなびかせると、胸元から黒く輝く立方体を取り出す。
漆黒の立方体は即座にその領域を展開すると、先ほど反転者が見せた極黒の空間をさらに禍々しく塗り込めたような闇で辺り一帯を染めた。
「俺を信じろ! 全殺しの槍! 全反射の盾! 俺もお前たちを信じる! 俺たちの未来は、俺たち全員の力で切り開くッ!」
その漆黒の空間を見た全反射の盾がヴァーサスへと絶対的警告を告げた。それはヴァーサスが持つ二つの因果律兵器の進化形態すら上回る、圧倒的領域支配の力を示していた。
しかしヴァーサスは怯まない。
自身の力と、ヴァーサスの元で力を合わせると誓った二つの因果律兵器。
それは無数の戦場を共に駆け抜けた三つの領域が三位一体となってついに完成した、自らのエゴと矜恃と存在の全てを乗せた純銀の領域。ヴァーサスはその魂すらも光と化し、全てを飲み込む極黒の領域へと叩きつけた。
そして――――。
――――その激突は、あらゆる次元で最も高次、かつ深部に位置すると言われる十一次元で起こった。
白と黒。二つの頂点たる領域の激突は全ての次元を抜けて響き渡り、人々の暮らす通常空間にすら巨大な震動として伝播した――――。