いつも傍にいた門番
いつも傍にいた門番

いつも傍にいた門番

 

 ウォンとクルセイダス。

 二人は出会ってから常に一緒だった。

 最初に二人が会ったのは東の帝国カイリの貧民街だった。当時十歳にも満たなかったウォンは既にカイリでも名の知れた強者であり、その日も街を仕切る武闘派集団をたった一人で相手取り、大立ち回りを演じているところだった。

 

「待て! 子供一人に武器を持った大人が多勢でかかるとはなんと卑劣な! 俺も加勢するぞ!」

「お前も餓鬼じゃねえか!?」

 

 そこに現れたのがウォンと同じくまだ子供だったクルセイダスだ。しかしその姿は浮浪者かという程に汚れ、あちこちに怪我もしていた。

 驚くべき事に、この時のクルセイダスは遙か大陸の西端に位置する自由都市連合から、東の果てであるカイリまで一人でやってきた直後だった。しかも加勢に来たと言いながら、クルセイダスは弱すぎてその戦いでなんの役にも立たなかった。

 正真正銘、ただの子供だったのだ。

 

「おいてめぇ! そんな弱っちいくせに、なんで俺に味方なんてしたんだ!? 俺はあんな奴ら千人来たってよゆーだぜ!」

「はっはっは! そうだろうな! 君はこの世界で一番強い! 最強だ!」

「お? おうよ! お前、なかなか良くわかってるな! 子分にしてやってもいいぞ!」

 

 なぜか二人は出会ってすぐからとても気が合った。

 ある日ウォンはクルセイダスに尋ねた。なぜ大陸の反対側にあるようなカイリまで一人でやってきたのかと。するとクルセイダスは満面の笑みを浮かべ、こう答えた。

 

「俺はウォンに会いに来たのだ。君を守るためにここまで来た!」

「はぁ!? いっつも守ってやってんのは俺だろうがッ!?」

「その通りだな! だが――――」

 

 クルセイダスのその答えはウォンを大いに困惑させた。しかしクルセイダスは驚くウォンを気にも留めず、そのまま言葉を続けた。

 

「いつか君も、一人では倒すことの出来ない相手と闘う時が来る。俺はその時の君の力になるために、ここにやってきたのだ」

「ハッ! 俺がこの世界で最強だって言ったのはお前だぜ? その俺が負けるってのかよ!」

「――――その敵がこの世界以外から来た奴なら、君は最強ではないかもしれない」

 

 そのクルセイダスの言葉を、なぜかウォンは遮ることが出来なかった。

 クルセイダスは不思議な少年だった。

 どこで覚えたのか、古めかしく子供らしからぬ口調。どんな事態に直面しても決して冷静さを失わず、常に危機になりながらも最後にはどんな状況でも切り抜けた。

 そしてなにより、クルセイダスはまるでウォンでは想像もつかないような、どこまでも深く遠い果てのなにかを目指しているような、そんな把握しきれない巨大さを感じさせる男だった。

 クルセイダスから言われたその言葉に、なんとか言い返してやろうと口ごもるウォン。しかしクルセイダスは、そんなウォンに輝くような笑みを浮かべ、頷いた。

 

「――――だが俺は信じている。これから先の君は、たとえどんな世界からやってきた敵が相手でも負けはしない。君は、全ての世界で最強の男になるぞ!」

「お!? おお……そうかよ! 当たり前だろうが! この世界とか他の世界とか関係ねぇぜ! 俺はどこでも最強だ!」

「うむ! そして最強の門番にもなるぞ!」

「は――――?」

 

 そして最後はこれである。

 クルセイダスはなぜだかウォンを門番にすることに拘った。

 やがて二人が成長し、ウォンが強者を求めて世界中を流浪するようになると、クルセイダスは度々ウォンの前から姿を消し、ウォンの与り知らぬところでなにやら色々とやっているようであった。

 クルセイダスが王都フィロソフィアの門番候補、つまり一番の下っ端雑兵になったというのを聞いたのも、すでにクルセイダスがそうなった後だった。

 

「おいおい、昔から門番門番うるせえ奴だと思ってたが、結局自分がなってるじゃねえか!」

「無論だ! まず俺自身が門番にならねば何も始まらぬ! 君に門番の素晴らしさを教えることもできないからな!」

「まだ諦めてねえのか!? いい加減俺は門番なんて柄じゃねえんだよ。気にくわねえ奴はすぐにぶん殴っちまうしよ」

「心配することはない! 君は君のやり方で、守ると決めた門を守ればいいのだ。この世界には門番を必要としている人々が大勢いる。俺はあまり強くないので大勢を守ることはできないが、もし君がそうと決めれば、きっと数え切れない数の人を救うことができる! 俺は、そんな君が羨ましい……!」

 

 ――――羨ましい。

 クルセイダスは笑みを浮かべ、ウォンにそう言った。

 その笑みを見たウォンは何も言えなかった。

 この頃のウォンはすでに、クルセイダスの言葉の裏にある深い悲しみを感じ取れるようになっていた。

 ウォンが出会った頃にクルセイダスから感じた底なしの希望。それは、クルセイダス自身がその希望に縋っているということの裏返しだったのだ。

 その希望に縋っていなければ、ともすれば今すぐにでもクルセイダス自身が粉々に砕け散ってしまうほどの、あまりにも深すぎる、無限とも思えるような絶望と悲しみ――――。

 クルセイダスから感じた把握し切れぬ巨大さとは、巨大な絶望のことだったのだ。ウォンは、それを理解し始めていた――――。

 

「はぁ!? お前結婚したのか!? いつだよ!? 相手は!?」

「はっはっは! なにぶん急な事だったのでな。連絡が遅くなってしまいすまなかった!」

「そりゃあ別にいいけどよ……。しっかしお前みたいな安月給のぱっとしない雑魚門番と一緒になろうなんざ、物好きな女もいたもんだぜ。こりゃ相手も相当な変人だな!」

「うむ! さすがウォンだ! ほとんど当たっているぞ!」

「――だれが変人ですかっ! こう見えて私は公明正大、質実剛健をもっとーに清く正しく生きているのですよ!」

 

 瞬間、その場に見慣れぬ白衣を纏い、腰まである長い栗色の髪と美しい赤い瞳。そして黒縁の眼鏡が特徴的な女性が現れた。その女性の出現に、クルセイダスは平然としていたが、ウォンは大層驚くことになる。

 

「紹介させてくれ! 彼女が俺の妻になってくれた女性、エルだ!」

「はいはい、初めましてウォンさん。お噂はかねがね……以後お見知りおきを」

「あぁ? っておい、お前今どこから出てきた!? 俺は周りの気配は完全に把握できる。男も女も年齢もだ。少なくともお前はこの一帯には居なかった。しかもだ、てめぇから俺の良く知ってる力の匂いがするのは気のせいか?」

 

 突然の出現に驚きながらも、ウォンは鋭い眼光をエルへと向けた。なぜなら、エルの周辺に充満するエネルギーは、ウォンも何度となく対峙した魔王軍の発する物とよく似た――――否、そのものだったからだ。

 

「たはは。さすが全ての次元で最強の生物と呼ばれる方だけありますね。仰る通り、私は今ここではない場所からクルセイダスに呼ばれて跳んできました。理由はこうしてあなたに挨拶することが一つ。そしてもう一つはですね――――」

 

 エルは意味深かつ品定めするような色を眼鏡の奥の赤い瞳に浮かべる。

 そしてまたどこからか巨大な箱をその場へと出現させると、それをウォンの腰掛けるソファーの前にあるテーブルへと置いた。

 

「これをあなたに受け取って貰います。安心してください。全然、一切、少しも怪しいものじゃないですよ。ただしクーリングオフは受け付けてませんので返却不可です!」

「うむ! よくわらんが、それを怪しくないと言い張るのはかなり無理があると思うのだが……!」

「チッ……胡散臭すぎるぜ。まあ、貰えるなら俺は酒がいいんだが――――って、これは、太刀か――――?」

 

 ウォンが木箱を開けた、その中身――――。

 そこには異様な領域を展開する一振りの赤い大太刀と、それに寄り添うようにして並べられた、鈍色の鎖が入っていた――――。

 

 

 

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