誘拐予告される門番
誘拐予告される門番

誘拐予告される門番

 

 門番ランク4。メルト・ハートストーン。

 若干二十歳にしてその数々の功績で上位門番に名を連ねる歴戦の門番。主な活動は各地でのライブコンサートや門番配信で、配信石での同時接続者数十万人を越えたことがあるのはメルトのみ。その圧倒的人気から、アイドル門番の頂点と呼ばれる女性である。

 

「誘拐予告だと!?」

 

 日が暮れた夜のプレミアムデッキ。デッキ上に設置された流麗な白いテーブルを囲む三人の中で、ヴァーサスが驚きの声を上げた。

 

「声が大きいですっ! あの時も思いましたけど、ヴァーサスさん声大きすぎ!」

「むむっ! これは失礼した!」

「たはは……ヴァーサスの声って普通の人の五倍くらい大きいですからね……でもメルトさん、その誘拐予告ってどういうことなんでしょうか?」

 

 思わず椅子から立ち上がらんばかりの勢いのヴァーサスを制するメルト。すぐ隣に座るリドルがなだめるようヴァーサスの手を握って自身の膝の上に重ねた。

 

「実は二週間前から変な手紙が事務所に届くようになって……私も怖くてみんなに相談したんです。でもスタッフのみんなが色々してくれてるのに手紙はずっと届くし、身の回りで変なことは起こるし……それでもう本当に怖くなって、気づいたら誰にも言わずにこの船に飛び乗っちゃってたんです!」

「え!? そんなことして大丈夫なんでしょうか?」

「ぜんっぜん大丈夫じゃないです! スケジュールだって三年先まで埋まってるし、明日も明後日も予定入ってます! でももうほんと無理ですっ! ずっと頑張ってきたのに、なんでこんな怖い目に遭わないといけないのかわかんなくて……っ! あ、その誘拐予告の手紙っていうのはこれです……」

「ふむふむ……? これですか……なんだか可愛らしい封筒ですけども……」

 

 今まで相当溜め込んでいたのだろう。メルトはそう言うと、テーブルに突っ伏して嗚咽混じりに今まで自分がどれだけ頑張って活動してきたかをつらつらと話し始める。

 そしてそれと同時に、メルトは小さな鞄から一通の封筒を取り出してリドルとヴァーサスに手渡した。受け取ったその封筒には猫や犬のプリントが施され、その上直筆で宛名まで入っている。外見からはとても誘拐予告状が入っているようには見えなかった。

 そして封を開けて中を確認すると――――。

 

【愛しのメルト。ヨメにするので攫います。怪盗那由多面相】

 

 と、赤い滲んだ文字で大きく書かれていた。

 

「うわぁ……これはなかなかキてますね……この封筒からこんな手紙出てきたらドン引きですよ……」

「しかしここに犯人の名前が書いてあるぞ! この怪盗那由多面相とかいう輩を見つけて捕らえれば良いのだな!」

「いやいや、どうやって探すんですか! 皇帝さんにこの手紙渡したらそれこそ一発で見つけたでしょうけども!」

「こんなのが毎日控え室とか、家の玄関とかに届いてて……っ! みんなが頑張って見張ってくれてるのはわかるけど全然だめで……どうしてみんな私を守ってくれないのって、つい思っちゃったんですっ! でもそんなこと考える自分も嫌で、もうわけわかんないんですよっ!」

 

 その二つに分かれた長い髪をぶんぶんと振り回し、涙ながらに訴えるメルト。最初は冗談かとも思っていたが、彼女のその様子に余裕のようなものは一切感じられなかった。

 

「それは辛かったでしょうね……。しかも衝動的に船に乗ってしまったせいで、事情を知って支えてくれるスタッフもいなくなってしまったと……」

「そうなんですっ! でもそうしてたら偶然ヴァーサスさんを見つけて……もしかしたら助けてもらえるかもって……」

 

 泣きはらした緑色の瞳をリドルとヴァーサスに向けるメルト。ヴァーサスはそんなメルトの言葉に大きく頷き、笑みを浮かべる。

 

「わかった! 俺で良ければ力になろう。リドル、いいだろうか?」

「もちろん構いませんよ。そもそもヴァーサスがこんなこと頼まれて断れるわけないですし。新婚旅行のいい思い出にしちゃいましょう! というか、あのヴァーサスが引き受ける前にちゃんと私に確認してくれるなんて……っ! 感動のあまり涙が……」

「ありがとうございますっ! だめって言われたらどうしようかと思ってたんです……私、この前の叙任式のときも言った通りとんでもなく弱いのでっ!」

 

 ヴァーサスのその言葉に別々の意味で瞳を潤ませるリドルとメルト。しかしメルトが発したその言葉に、ヴァーサスは不思議そうな表情を浮かべる。

 

「門番のメルト殿が弱い? そうなのかリドル?」

「やっぱり何も知らなかった! そうですよ、メルトさんは配信なんかの公の場でもご自身の力を包み隠さずお話してますから、きっと殆どの人が知ってるんじゃないでしょうか。メルトさん個人の戦闘力は一般人並です。ですが――――」

 

 リドルはまだ言葉を続けようとしていたが、それを遮るように辺りに女性の悲鳴が響き渡った。何事かと周囲を見回す三人の中、ヴァーサスだけは即座にその場から一瞬で悲鳴の場所へと飛んでいた。

 

「あ……ああ……っ! あなたぁ……っ!」

「大丈夫か!?」

 

 音速すら遙かに超える速度で声の元へと出現するヴァーサス。駆けつけたヴァーサスが目にしたのは、その場に倒れる初老の男性と、男性の妻であろうか、倒れる男性に縋り付いて助けを求める同年代の貴婦人だった。

 ヴァーサスは錯乱する貴婦人を静かに制すると、倒れた男性の様子を確認する。すると――――。

 

「――――僅かだが、魔力の気配がする……彼もまだ息はあるが、このままでは…………っ」

 

 男性に刺激を与えないよう、できる限り丁寧に手首の脈と口元の呼吸を確認するヴァーサス。これらは全てかつて戦場を共にしたドレスから学んだ生存確認法だった。

 

「――この傷口、見覚えがある。不死の眷属、吸血鬼か――」

 

 そして最後にそっと首筋を覗くヴァーサス。そこには僅かに血を流す二つの傷口――――。

 それは、ヴァーサスとしては戦場や迷宮、遺跡などで何度も相対したことのある強力な魔族、吸血鬼特有の傷跡だった。

 

「大丈夫ですかヴァーサス!」

「ひっ……そ、その人……っ、無事なんですかっ?」

 

 ヴァーサスから少し遅れ、リドルとメルトもその場へとやってくる。徐々に辺りには人だかりができ、高級リゾートの楽しげな雰囲気は物々しい様相に変わっていく。

 

「まだ息はある……だが、この傷からして敵は吸血鬼だ。このままでは彼も吸血鬼の眷属にされてしまう。俺の記憶では、聖別された聖水か薬草があればなんとかなるはずなのだが……」

「それなら私が跳んで――――」

「私に任せてくださいっ!」

 

 ヴァーサスのその言葉に、一度必要なアイテムが手に入りそうな場所へと転移を試みようとするリドル。しかしそんなリドルを制し、目立たないように変装していたメルトが前に進み出る。

 

「助けて見せますっ! 私の――――この歌でっ!」

 

 

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