ラブラブする門番
ラブラブする門番

ラブラブする門番

 

「うひゃー! す、凄いー! 凄すぎるー! 見て下さいヴァーサス! 乗ると跳ねすぎて浮かんじゃうようなベッドですよ! 家の安物ベッドとは全然違います!」

「ハッハッハ! これは凄い! 俺もこんなベッドを使うのは生まれて初めてだ!」

「この部屋とか全部ガラス張りじゃないですか!? 外から丸見え……ですけど、外が全部海だからどうでもいいですね! ひゃー! ロマンチックですねぇ……」

 

 豪華客船ダイタニック号へと乗り込んだリドルとヴァーサス。

 受付を済ませ、乗船した二人を待っていたのは想像を絶するダイタニック号の豪華さだった。案内された部屋の調度品や家具などはもちろん全てが最高級品。さらに部屋の作りや広さ、内装までの全てが、恐らくナーリッジでこれに匹敵する屋敷を持っている富豪は存在しないであろうほどのすさまじさである。

 ――――最新鋭豪華客船ダイタニック号。

 全長一千メートル。総トン数は百万トンを越え、もとより船と言うよりも海上を移動する浮遊島の実現を目的として建造された、人類史上最大の海上建築物である。

 一度に運ぶことの出来る客員の総数は一万人。そしてそれらの人々をもてなす船内スタッフの数は二万人近くに及び、合わせれば三万人もの人々が長い船旅での共同生活を営むことになる。

 この客船での船旅を楽しむにはもちろん相当な金額を払う必要があるが、あまりにも広い船内は七つの区画に分かれ、最上級のプレミアムスイートから順に値段は下がっていき、最も割安な区画での乗船であればそこまで手の届かない金額というわけでもなかった。

 様々な思惑や目的を持った多種多様な人々が、このダイタニック号に夢を乗せ、大海原へ漕ぎ出そうとしていたのだ。

 

「ディナーは夜の六時から二十一時までの好きな時間に各食堂でってなってますね。うわっ! 見て下さいヴァーサス! 私たちが行けるレストランとかバーって、この船の中に百個くらいありますよ!? なんですかこれは!?」

「うむ! 凄すぎてよくわからんな! そもそも俺よりもこういったことに詳しいリドルにわからないものを、俺が知っているはずあるまい!」

「いやはや……私も今まで移動に関しては座標の力で事足りておりましたので……実はこういったことには不慣れなんですよねぇ……。でも――――!」

 

 ふかふかの布団の上に乗ったまま、ベッドサイドに設置された配信石のメニュー画面を眺めていたリドル。しかしリドルは突然隣に立っていたヴァーサスに抱きつくと、そのまま分厚いベッドへと二人でなだれ込んだ。

 

「お、おおっ? どうしたのだリドル?」

「――船旅とかぜんぜん詳しくないし、不慣れでなんにもわからないんですけど、ヴァーサスと一緒だと全部楽しいって思えるんですよ……。あなたと二人で、このなんにもわからない場所に来れて良かったって思えるんです。ふふっ、これが幸せってことなんですね……」

「――俺もだ。今だけではない、俺は君と出会ってから良いことしかない! こうしてリドルの傍にいることが出来て、俺は本当に幸せ者だ!」

「私もです――――」

 

 半身を布団に預けたままお互いを見つめ合い、そのまま抱きしめ合うリドルとヴァーサス。もはや万祖ラカルムですら手出しすることが出来ないほどの、とんでもないラブラブ領域である。

 ――――結局、二人は正午過ぎにダイタニックに乗り込んだ後、たっぷり数時間は部屋から出たりもせずにずっとラブラブしていた。結局のところ、今のリドルとヴァーサスにとっては二人で一緒にいることが重要であり、どこにいるかはあまり重要なことではないのだ。

 そして、客室から見える青い海もそろそろ夕日の赤に染まろうかという頃――。

 

『ようこそダイタニックへ! 本船は間もなく出航時間となります。どうか皆様、夢のような船の旅をダイタニックでお過ごし下さい!』

「あっ! そろそろ出港予定時間みたいですね。ということは、さっき言ってた夕食ももうすぐなんじゃないですか?」

「そうだろうな! リドルはなにか食べたい料理などはあるのか?」

 

 船内に響いた出航を告げる放送を聞き、もぞもぞとベッドから起き上がる二人。リドルは再び配信石に手を伸ばし、細い指先でピコピコと画面を操作していく。

 

「うーん……せっかく皇帝さんのご厚意で楽しませて頂いてるわけですし、やはりここは普段食べられないような、とんでもなく高級なお店を…………とも思いましたが……止めましょう。私はどこか二人で、ゆっくりお話できるようなとこがいいです!」

「そうか! 俺もそうしたいと思っていた!」

「ですです! じゃあ早速行きましょー」

 

 そう言うと二人はベッドから跳ね起きて身だしなみを簡素に整えると、そのまま連れだって自室を出た。皇帝ドレスが二人に用意した部屋はダイタニックでも最上級の区画である。部屋だけでなく、その部屋同士を結ぶ通路も広く、明るく、清潔だった。

 オレンジ色の明かりに照らされ、優雅な音楽が流れる船内を進む二人。しばらく進むと、上層七階にも分かれた多重構造の区画を大きく吹き抜けにした、中央エントランスホールへと辿り着く。

 最も上層に当たるリドルとヴァーサスがいる七層のエントランスには、それこそ一目で高貴な身分であることがわかる人々で賑わっていた。彼らに比べるとリドルもヴァーサスも実に慎まやかで庶民的な出で立ちである。
 

 

「えーっと……どうもこの先に、外の景色を眺めながらお食事できる場所があるみたいです。そこなんていかがですか?」

「わかった! なにやらわくわくするな!」

 

 二人はそのままエントランスホールを抜け、船内から七層のデッキエリアへと出る。太陽が水平線に消え、今見えるのは赤から紫、そして黒へと変わっていくグラデーションの光だ。

 ダイタニックの広大なデッキの上を地図を頼りに進むと、すぐに目当ての場所を見つけることが出来た。注文を受け付けるカウンターなどがあるものの、基本的に全ての店舗での食事代は乗船時に支払われているので、どんなに高価な料理を注文しても追加で料金を支払う必要は無かった。ドレス皇帝陛下万歳!

 

「むふふ……こういうのって私も初めてなんですけど、とっても雰囲気あっていいですね。なんだか別世界感があるというか」

「同感だ! これで更に門もあれば最高だったのだが!」

「こんなときでも門ですかーっ! 家の門はシオンさんたちが交替で見てくれるって言ってましたし、門のことはもう諦めて私と一緒に居て下さい!」

「はっはっは! すまない!」

 

 たとえ新婚旅行中でも、相変わらずの門番バカっぷりを遺憾なく発揮するヴァーサス。お約束のやりとりを交わした後、二人は運ばれてきた豪華な――とはいえそれほど重すぎない軽食とも言えるようなメニューを口に運ぶ。

 新鮮な野菜とハム、そしてクリームチーズなどを柔らかなパンに挟んだサンドイッチやサラダ。一口サイズにカットされた魚のフライに、エビのディップなどがそれだ。まさにのんびりと景色を楽しみながら、二人で談笑を楽しむのに最適なメニュー。しかし――――。

 

「あのー……もしかして……あなた、門番のヴァーサスさん……だったり?」

「――? 君は――」

「あれ――? この方ってどこかで見た記憶が……」

 

 夕食を楽しむリドルとヴァーサスの元に、おずおずと声がかけられる。

 見れば、そこには大きな眼鏡に顔をすっぽりと隠せるような帽子を被った、緑色の髪の女性が立っていた。

 

「あ、そうでした……! 私、メルト・ハートストーンです! 門番ランク4の……叙任式のときに私もいたんですけど、やっぱり覚えてないかぁ……」

 

 メルトと名乗った女性――いや、まだ少女だろうか。とにかく彼女はそう言ってヴァーサスに名前を告げると、かけていた眼鏡を少しだけずらし、その奥に隠れていた大きな緑色の瞳をヴァーサスに向けた――――。

 

 

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