死ぬわけにはいかない門番
死ぬわけにはいかない門番

死ぬわけにはいかない門番

 

「この次元にこんな場所があったなんて………」

 

 銀と蒼の色を宿した透明な壁面の中を、いくつもの時間が流れていく。
 周囲には同色の光が穏やかにたゆたい、黒姫が発したその声をどこまでも遠くに運んでいく。

 

「ここがレゴスさんが仰ってた場所ですね……! 急ぎますよ皆さん!」

「わかってます! 残り二時間を切りましたよ!」

「はいっ! 師匠……死なないで……っ!」

「三人とも俺のために……! 俺も最後まで諦めないぞ!」

 

 ヴァーサス、リドル、黒姫、ミズハの四人は頷き合うと、光り輝く洞窟のような場所を奥へ奥へと進んでいく。

 ここは宇宙の中心――――。

 かつてビッグバンが発生し、宇宙開闢の始点となった場所。

 ヴァーサスの余命が三時間と知ったリドルは、即座に黒姫に協力を仰いだ。
 当然、黒姫がそれを断わるはずもない。 

 リドルと黒姫はそれぞれ手分けをしてヴァーサスの命をつなぎ止める方法を探した。念のためラカルムにも交信を試みたが、反応はなかった。

 リドルと黒姫は門と融合し、無数の平行次元を自由に行き来できる存在になっている。その力は強大で、次元を支配する上位神すら力の行使という意味では二人に遠く及ばない。

 しかし二人は全能に近い力を持っているが、全知ではない。二人が持つ知識と認識力。そして情報処理能力はあくまで人の限界を越えることはないし、見知らぬ情報を既に知っていると言うこともない。

 そこで二人が頼ったのが創造神レゴスと門番皇帝ドレスだった。

 ドレスには人の世の知識を、レゴスには宇宙全体での解決策をそれぞれ求めたのだ。結果――――。

 

 ●    ●    ●

 

「なるほど……事情はわかったよ。僕もすぐになんとかできるよう指示を出す。その前に少しだけヴァーサスの様子を見させてもらっても良いかな?」

「皇帝さん……ありがとうございます……っ」

「すまんドレス……お前にはいつも世話になり通しだな」

「気にしなくて良いよ。君は僕の唯一無二の友だ。実は僕も少し前に新しい力に目覚めてね、もしかしたら力になれるかもしれない…………」

 

 沈痛な表情でドレスへと感謝を述べる二人を前に、ドレスも流石に軽口を叩く余裕は無い。ドレスはヴァーサスへと歩み寄ると、じっとその姿を見つめた。ヴァーサス個人の持つ領域に、ドレスの展開した極小の皇帝領域が寄り添うように重なる――――。

 

「うん――――? うーん? なるほど、そういうことか…………」

「皇帝さん、なにかわかりましたか!?」

 

 なにか気づいた様子のドレスにリドルが尋ねる。実はこのとき、リドルとヴァーサスはドレスが皇帝領域などという全知全能チートパワーに覚醒していることなど全く知らなかった。

 

「――――いや、たしかにヴァーサスの余命が迫っていることはわかるけど、それ以上は僕にもわからなかった。でもさっき言った通り、僕にできることは全てやらせてもらう。力になれなくてごめんよ」

「そ、そうでしたか…………っ。いえ…………すみません、ありがとうございます。なにかわかったら、すぐに連絡してくださいっ!」

 

 ドレスのその言葉に、一度は明らかに失望の様子を見せるリドル。

 しかしリドルはすぐにそんな表情を打ち消して顔を上げ、絶望の色を見せぬ真剣な眼差しでドレスに対して感謝の言葉を伝えた。

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ドレス、もしこれで俺が消えることになったとしても、俺はお前との日々を忘れることはない。ありがとう!」

「では皇帝さん、時間が押していますので私たちはこれで! ヴァーサスを助けたら、また改めてお礼にお伺いしますので!」

「そうだね。リドル君――――」

「はい、なんでしょう?」

 

 最後の時、ヴァーサスを連れて転移しようとしたリドルに、ドレスが声をかける。

 

「君たち二人の未来に幸多からんことを。僕も、心から祈っているよ」

「――――はいっ!」

 

 ドレスのその言葉に、力強く頷いて消えるリドルとヴァーサス。そんな二人の消えた空間を見つめながら、ドレスは一人、静かに呟いた――。

 

「――強いね…………君は本当に強い。リドル君、ヴァーサスのこと、宜しく頼んだよ――」

 

 ●    ●    ●

 

 ――――そしてもう一人、現在この宇宙で最も全知に近い存在、創造神レゴス。

 二人が睨んだとおり、レゴスはヴァーサスを治癒できる可能性を提示してくれた。

 その結果が今この場所。宇宙の中心点と呼ばれる地点だ。

 特異点であるヴァーサスの領域そのものを修復することは、いかな創造神レゴスでも不可能。しかしレゴスは、この宇宙の中心点に存在する虚無の石と呼ばれる物質ならば、ヴァーサスの消えゆく存在を修復できるかもしれないと黒姫に教えた。

 

「でも、その虚無の石ってどんな形をしているのでしょうか? 見ればすぐにわかるものなんですか?」

 

 輝く洞窟の壁面を音速で走り抜けるミズハがリドルと黒姫に尋ねる。今回の件について、ミズハにはリドルが伝えた。

 すでにミズハは、リドルとヴァーサスにとってもう一人の家族とも呼べるほど大切な存在になっている。残された時間は僅かだったが、それでもヴァーサスの生死が関わるこの一件を、ミズハに伝えないという選択肢はなかった。

 

「レゴスは石に近づきさえすれば私たち二人の力ですぐにわかると言ってました!」

「場所が場所なので転移できないのがもどかしいですね……っ! ヴァーサスはまだ体とか大丈夫ですか?」

 

 この場所はビッグバンが起こった中心点だ。そこはあらゆる物質が吹き飛ばされ、何も残っていない。ヴォイド地帯と呼ばれる虚無の空間にあるただ一点の次元の歪み。それがこの場所だった。

 ある意味、どの宇宙にも必ず一つはある特異点といっても相違ないだろう。
 そしてこの場所では転移の座標が定まらず、定めた目標地点へと正確に転移することを困難にしていた。

 

「心配をさせてすまない! 自分のことながら、あと数時間で死ぬのか怪しいくらいに元気満々だ! しかし――――」

 

 地面を駆け抜けるミズハとヴァーサスに、上空を飛翔するリドルと黒姫。リドルから体調を尋ねられたヴァーサスは周囲を見回して尋ねる。

 

「どうも先ほどから妙な気配がする……どうやら、ここにいるのは俺たちだけではないな!」

「――――たしかに、敵意や殺気のようなものは感じませんが、なにか別の――――」

「待って! わかりました、近いです!」

 

 周囲に満ちる不思議な気配に神経を張り巡らせるヴァーサスとミズハ。しかしその時、黒姫が目的の反応を感知し、速度を上げて導くように前に出た。

 光り輝く壁面と、流れていく時空。上下左右の判別も無い不可思議な道のりを抜けた先――――。

 狭くなった石と石の狭間を越えると、そこには一つの小さな石が中央に浮遊する広大なホール状の空間だった。

 そして、その場所には――――。

 

「どうやらあれが目当ての石っころですね! 急ぎましょう!」

「うむ! しかしこの者達は!?」

 

 そこには、その石の放つ光と暖かさを頼みにするように、オレンジ色の胴体から四つの手足をはやし、二つの光る触覚を持つなんらかの生物がいた。軽く見回してもその数は万を超えている。

 彼らはヴァーサスたちが入ってきたことに気づいた様子を見せたが、特にそれ以上なにかをするわけではなく、互いに体を擦り合ったり、転がっている石を食べたりと気ままに振る舞っていた。

 

「私にもよくわかりませんが、きっとこの石の力に惹かれて集まってきた生き物でしょうね!」

「なんだか、ふわふわしてて可愛いらしいですね……こんな場所にも生きている命があるなんて……」

 

 このような世界の最果てのような場所にも生命が存在するという事実に驚くミズハ。しかし今はその感慨に耽る暇は無い。四人は一瞬でホールを駆け抜けると、虚無の石と呼ばれる小さな石の前に相対する。

 

「これは……レゴスさんの仰ってたとおりですね……ただの石とは思えない、とんでもない力です……」

「たしかにヴァーサスの存在があの時のように希薄化してるのなら、これで治せるかもしれません……! ヴァーサス、この石を手にとってみてください!」

「うむ! やってみよう!」

 

 頷き、目の前の石を力強く握り締めるヴァーサス。そしてそれと同時、凄まじい量のエントロピーがヴァーサスの体へと流れ込み始める。

 

「――――っ! こ、これは――――! なんだかよくわからんが、凄まじい力――――むむっ!?」

「え!? どうしたんですかヴァーサス!? なんで石から手を離すんです!?」

 

 ヴァーサスも驚きの声を上げるほどの力の奔流。黒姫の言葉通り、もしヴァーサスの領域が希薄化の末消滅するというのであれば、この石は間違いなくそれを伸ばすことが出来ただろう。しかし――――。

 

「――――駄目だ、俺にはこの石の力を使えない――――」

 

 ヴァーサスそう言って虚無の石から手を離すと、心の底から申し訳ないという表情を浮かべて三人に頭を下げた――――。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!