無限に広がる大宇宙。
どこまでも広がる黒の中で今、一人の男の命の炎が燃え尽きようとしていた。
『隊長! ボタンゼルド隊長! 一人じゃ無理です! 俺たちのことは構わず、隊長だけでも離脱してくださいっ!』
「駄目だ! 戦争は終わったんだ! ようやく俺達も平和な世界を見ることが出来る! 俺は隊長として、お前達全員を無事に帰還させる責務がある!」
黒の中に浮かぶ美しい青。
地球と呼ばれるその青い星を背景に、無数の閃光と爆炎の華が咲いていた。
数十機にも及ぶ赤い人型機動兵器のど真ん中。
たった一機の純白の人型機動兵器が、無数の熱線をかいくぐりながら一機、また一機と敵の機体を撃墜していく。
その戦場から僅かに離れた宙域には、傷ついた艦船が進むのもやっとの状態で停泊していた。白い機体はその艦船を庇うような機動をとりつつ、必死の抵抗を続ける。
『戦争終結など私には関係ない! 私はただ貴様を倒せさえすれば良いのだ! もはやそれ以外は何も望まぬ!』
「ノルスイッチ……!」
白い機体と赤い機体が光の粒子によって生み出された刃を交える。
プラズマの光が放射状に広がり、互いの生死をかけて交錯する。
『貴様が今まで何人の命を奪ったと思っている!? 貴様は戦争を終結に導いた英雄などではない! ただの大量虐殺者だッ!』
「そんなことは――――百も承知だッ!」
交錯する白い機体のコックピット内部。サーベルの激突によって赤熱する視界の中で、必死に機体制御用のレバーを握り締める青年。彼の名はボタンゼルド・ラティスレーダー。
彼こそ二百年続いたこの戦争を、一人で終結寸前にまで導いた最強のパイロット。
彼の現時点での撃墜スコアは19008機。艦船を含めればその数は更に増す。
彼の乗った人型機動兵器一機の戦力は、数個艦隊にも匹敵するとされていた。
敵には悪魔の化身と恐れられ、味方からは英雄と讃えられる生ける伝説である。
『死ね! 死んで地獄で待つ者達に詫びろボタンゼルドッ! それが貴様に出来る唯一の贖罪だッ!』
「俺は――――!」
コックピットに響く宿敵の声。
その声はすでに摩耗しきったボタンゼルドの心を鋭く抉り、その動きを鈍らせる。
それが命取りだった。
「ぐ――――!」
『は……はは……! や……ったぞ……! 私は……ついに……っ!』
交錯する二機の機動兵器。それは互いに抱き合うようにして双方のコックピットにその光刃を突き立てると、一つの閃光となって漆黒の宇宙を照らした。
『隊長っ!? ボタンゼルド隊長! 返事をして下さい! 隊長おおおおおおっ!』
虚空には必死にボタンゼルドを呼ぶ声が響き続けていた。
しかし、彼の生存を願うその声をボタンゼルドが聞くことはなかった――――。
ボタンゼルド・ラティスレーダーについての公式記録
・星間戦争を終結に導くも、和平成立後に敵軍残党の奇襲から傷病船を庇い死亡
・享年29
・最終撃墜スコア:19008――――
その消えゆく意識の中。英雄とも、死神とも呼ばれた青年はただ願っていた。
もし次があるのなら、今度は人を殺めるのではなく、ただ人を救うだけの存在になりたいと――――。