黄昏の連邦
黄昏の連邦

黄昏の連邦

 

 エーテルリア連邦。

 大陸北西部を版図とする、帝国と並ぶ大陸最大の国家連合体である。

 二十年前の天帝戦争終結まで、連邦は名実共に大陸諸国の盟主であり、その影響力はレンシアラすら無視できない程だった。

 しかし長年にわたるレンシアラとの関係を重視した連邦は〝天帝戦争に参戦せず〟。

 数多の国々を率いてレンシアラ打倒を成し遂げたアドコーラス帝国の躍進を許し、実質的な大陸の盟主としての地位も失うことになった――。

 

「けれど、たとえ権威は損ねても国力まで衰えたわけじゃない……レンシアラの技術を手に入れた帝国が未だに大陸統一を成し遂げていないのも、連邦と帝国がお互いを牽制しあっていたからよ」

「なら連邦と力を合わせることができれば、帝国を倒せるかもしれないってことですねっ!」

「コケ!」

「いや……そう簡単な話ではないと思うぞ。〝連邦の他国嫌い〟は、この私でも知っているほどだからな……」

 

 雲海を飛ぶトーンライディールの甲板。

 ニアの話に無邪気な喜びを表すシータとは違い、リアンは彼女としては珍しく、嫌悪に近い表情をその凜とした横顔に浮かべた。

 

「他国嫌い……ですか?」

「……エーテルリア連邦は、連邦以外を助けることはない。実際、ソーリーン様もこれまで何度も連邦に特使を送っていたけれど、一度もまともに相手をされたことはないはずよ」

「もし連邦が初めから他の国と協力していれば、帝国の侵略がここまで激しくなることもなかったかもしれない。そう考えると、どうも連邦を好きにはなれなくてな……」

 

 盟主の地位を失い、国力においても帝国に劣勢を強いられてなお、連邦の方針に大きな変化は見られない。

 数百年の繁栄を謳歌した大国のおごり。

 かつて、剣皇ヴァースがその驕りを突いてレンシアラを打倒したのと同じ過ちを、エーテルリア連邦も犯そうとしていたのだ。

 

「で、でもっ! 今回は連邦の方から助けて欲しいってお願いして来たんですよね? もしかしたら、これからはみんなと協力して帝国と戦ってくれるのかも……」

「うーん。そうだといいが……」

「そもそも、私たち独立騎士団の本当の狙いは、〝連邦からの支援要請を引き出す〟ことだったの。先に各地で私たちの名声を広めたのも、帝国との戦いで追い詰められた連邦が〝私たちに縋るように仕向ける〟ため……ここまでは、全てソーリーン様のお考え通りになったというわけね」

 

 恐るべきは、氷獄の魔女ソーリーンの知謀。

 イルレアルタという伝説の再来を擁する独立騎士団の名声が高まれば、窮地に陥った連邦は必ずエリンディアにコンタクトを取ってくる。

 他国の救援要請には応じず、自国の救援は平然と求める。

 今も変わらぬ連邦の高慢な思想を、ソーリーンは全て見透かしていたのだ。

 

「私だって、色々と連邦に思う所はあるけれど……だとしても、帝国を倒すには〝連邦の力は絶対に必要〟よ。私たちが連邦で何をして、何を成すか……きっとそれが、これからの帝国との戦いを大きく左右することになる。貴方たちも、それを忘れないでね」

「わかりました!」

「コケー!」

「むぅ……そういうことなら、私も頑張ってみよう」

 

 これまで訪れたどの国々とも異なる、味方とも敵とも呼べぬ巨大な存在。

 未だその全貌を知らぬシータとナナはニアの言葉に全力で頷き、一方のリアンはなんとも不服そうにその薄い唇をへの字に曲げた――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――そこの飛翔船!! 今すぐ降下し、連邦領に現れた理由と所属を述べよ!! さもなくばこの場で即刻撃墜する!!」

「え? ええええええっ!?」

「コケ!?」

 

 シータたちがシャンドラヴァ王国を旅立って十日目。

 長い旅路を終えてエーテルリア連邦の領空に到着した独立騎士団は、そこで予想外の出迎えを受けていた。

 

「待て待て! いったい何がどうなってこうなった!? 私たちをここに呼んだのは連邦だろう!?」

「いやはや、これは参りましたな……少々不用意に近づきすぎましたか。目視できるだけでも、我々を針山にするのに十分な弩砲がこちらを狙っているようです」

 

 場所はエーテルリア連邦の首都近傍。

 立ち並ぶ優美な街並みに点在する高空弩砲全てからその砲門を向けられ、さすがの船長カールもお手上げの声を上げる。

 連邦からの書状を信じ切っていた独立騎士団は、まさかの〝連邦軍による無慈悲な警告〟によって出迎えられたのだ。だが――。

 

「お待ち下さいっ! 本日、私たちはエリンディア王国の使者として、エーテルリア連邦議会からのお招きに応じて参りました! 私たちが頂戴したこちらの書状の主……セネカ・エルディティオ様にそうお伝え下さい!!」

「エリンディアだと? しかし議会からは何も……」

「――これはこれは、ようこそいらっしゃいましたエリンディアの皆様! 心から歓迎しますよ!!」

 

 だがその時。必死に弁明するニアの声に応えるように、眼下に居並ぶ連邦軍を割って〝一人の男〟が姿を現わす。

 

「セネカ議長……!? では、まさかこの者たちは本当にエリンディアの……?」

「驚かせて申し訳ありませんでした……実は今回、皆さんを連邦に呼んだのはこの私……セネカ・エルディティオただ一人の独断によるもの! つまり〝他の連邦の皆さんはまだなーんにも知らないのです〟!!」

「え……?」

「ほむ?」

「コケ!?」

「なによそれっ!? あっ……ごほんごほん……し、失礼……それは一体どういう意味でしょう?」

 

 セネカと名乗った男の言葉に、ニアまでもがその顔色を変える。

 しかしセネカは一切悪びれた様子も見せず、太陽を思わせる黄金の笑みを浮かべて答えた。

 

「ですがご安心ください! 連邦議長である私の名において、連邦領での皆さんの安全と自由は保障します。皆さんと共に力を合わせて連邦を守りたい……その思いに嘘偽りはありません。どうか信じて頂きたい!!」

 

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