風と炎
風と炎

風と炎

 

「――帝国の飛翔船から二機の天契機カイディルが降下! イルレアルタの狙撃は阻止された模様!!」

「まさか帝国本陣の逆方向から現れるとは……この周到さから見て、我々の策は読まれていたと考えるべきでしょうな」

 

 円卓上空。

 イルレアルタとルーアトランを円卓に降下させ、周囲の警戒を行っていたトーンライディールは、突然現れた帝国飛翔船に虚を突かれた格好となっていた。

 

「こうも接近されては、武装に乏しいトーンライディールで敵艦に砲撃戦を挑むのは自殺行為です。かといって、イルレアルタの援護がなければ連邦の敗北は必至でしょう」

 

 カールの指摘通り、トーンライディールは〝天契機の運用母艦であり戦艦ではない〟。

 数ヶ月にも及ぶ巡航を目的とせず、武装を満載した帝国軍の飛翔船と戦う能力は存在しないのだ。

 

「まだです……相手は大陸最強と呼ばれる雷竜騎士団らいりゅうきしだん。私の策が看破される可能性も想定済み……シータさんとリアンにも、こうなった時にどう動くかは伝えてあります」

 

 だがそれを受けてニアは即座に動く。

 ニアは円卓の上で孤独な戦いに突入するイルレアルタとルーアトランの姿を目に焼き付けると、すぐさま全艦に指示を下す。

 

「トーンライディールを円卓の下方へ! 断崖の死角を盾に、〝次策の目標地点〟に向かいます!! マクハンマーさんの技術班は〝連邦本陣への信号弾〟を準備して!!」

「信号弾の装填は終わってますよ! いつでもどうぞ!」

「トーンライディール急速降下! 円卓の崖沿いは気流が荒い。空鯨が怯えないように頼むよ、リッカ君」

「あいあい、キャプテン」

 

 ニアの指示を受け、トーンライディールは眼下に立ちこめる白雲へと突入。

 まだこちらの位置を把握していないであろう帝国飛翔船に見つからぬよう、潜行を開始する。

 

「これが帝国の本気ということ……。頼んだわよ二人とも……そして、必ず無事で戻ってきて……!」

 

 加速する船首に切り裂かれた雲と風にその金色の髪をなびかせ、ニアはかつてない強敵と対峙する二人の無事を祈った――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「あの黒い天契機は僕がやります……っ!! リアンさんは赤い方を!!」

「シータ君……やはりあれがお師匠様の仇なのだな……」

 

 師の仇であるガレスを前に、シータは激しく戦意を漲らせる。

 リアンはそんなシータの様子に一抹の不安を感じると、彼女としては珍しく、努めて穏やかに……平静を促す声色でシータに応じた。

 

「いいかシータ君。たとえ誰が相手だろうと、絶対に熱くなってはいけないぞ。君はもう一人じゃない……この先で何があろうと、私は必ず君の傍にいる。それを忘れないでくれ」

「リアンさん……。わかりました、ありがとうございます!」

「ならば――! 仕掛けるぞ、イルヴィア卿!!」

「わーってるよ! っていうかいい加減その呼び方は止めろっての!!」

 

 開戦。

 遙か眼下に連邦と帝国の一大決戦を臨み。

 円卓頂上という未開の大地を舞台に、灰と純白、漆黒と紅蓮の決戦兵器が戦いの火蓋を切る。

 

「無理はするなよシータ君! 危なくなったら、いつでも私と交代していいからな!!」

「あんたが噂の居眠りの騎士か。この私とドラグラー炎竜サを相手にして、随分と余裕だな!!」

「むむっ!!」

 

 激突。

 先陣を切ったのは風の翼による驚異的な加速力を誇るルーアトランと、イルヴィアが駆る紅蓮の天契機ドラグラーサ。

 ルーアトランの突撃を見て取ったイルヴィアは、即座にドラグラーサの腰部から竜のあぎとを思わせる〝二振りの戦斧〟を抜き放ち、ルーアトランの強烈な斬撃を正面から受けてみせる。

 

「居眠りの騎士……〝眠れば眠るほど強くなる〟とかいう馬鹿げた噂。本当かどうか私が確かめてやるよ!!」

「誰だそんなことを言ったのは!? 断わっておくが、私は別に強くなるために寝ているわけではない……眠いから寝ているのだっ!!」

「あはは! 随分と正直なんだな!!」

 

 つばぜり合う二機の巨人。

 しかしその拮抗は一瞬、風の翼による膨大な推力を持つルーアトランは剣刃一閃。

 ドラグラーサの戦斧を上方に弾くと、がら空きとなった胸部に肩口から強烈な体当たりを叩き込む。

 

「馬鹿正直で真っ直ぐな剣だ。嫌いじゃないぜ、そういうのはさ!!」

「躱した!? この距離で!?」

 

 だがルーアトランの突撃は空を切る。

 驚きと共に目を見開くリアンは、しかし次の瞬間頭上から降り注いだ火炎砲の放射をまともに受ける。

 

「ぐぬぬ! さっきの火の玉か!!」

「悪いけど、〝炎翼〟の名は飾りじゃないんでなー!」

 

 そこには一足飛びに後方へ跳躍し、それと同時に戦斧に内蔵された小型の砲身から火炎弾をばらまくドラグラーサの姿があった。

 ドラグラーサの放つ火炎弾には、以前シータが対峙したラーステラほどの破壊力は無い。

 しかし燃えさかる炎はリアンの視界を遮り、目くらましには十分過ぎるほどの効果を持つ。そして――。

 

「さーて、次はこっちの番だ!」

 

 瞬間。距離を取ったドラグラーサがその背面の翼を大きく展開。

 ルーアトランが風の翼を発動した時と〝ほぼ同じ挙動〟を見せ、一瞬にして超加速。

 さらには加速するドラグラーサの後には〝炎の軌跡〟が残り、先ほどの火炎弾と同様に周囲を焼き尽くしていく。

 

「くそっ……まさしく炎の翼ということか! しかし、どことなくルーアトランの風の翼に似ているような……」

「〝間抜けな二つ名〟の割に鋭いじゃないか。お前の読み通り、ドラグラーサはそのルーアトランを参考にして、私ら帝国の技術者連中が作った天契機らしいな」

「なんだとっ!?」

「守護神だの護国だの言われてる古い天契機は、その戦型も割れてるもんさ。せっかく戦うことになったんだし、どっちの翼が上かはっきりさせてやろうか!!」

 

 間一髪、リアンは天性の反応でドラグラーサの突撃を回避。

 しかしルーアトランの周囲は更なる業火に包まれ、歪む視界はドラグラーサの正確な位置を覆い隠した。

 

「敵だろうと味方だろうと、お前みたいに私を熱くしてくれる奴は大歓迎だ。やっぱりガレスに付いてきて正解だったな!」

 

 まるで戦いを遊びのように楽しみ、余裕すら見せるイルヴィアとの対峙に、リアンは現時点での〝明確な力量差〟をはっきりと感じ取る。

 

「悔しいが、このままでは負けるのは私か……! ならば――!!」

 

 ルーアトランの操縦席内部。

 劣勢を悟ったリアンは両足のペダルを一気に踏み込み、座席前方のレバーを全開に。

 風の翼を最大出力で開放すると、燃えさかる炎を真っ二つに切り裂いてドラグラーサに迫る。

 

「斬り開くぞ――ルーアトラン!!」

「いいねぇ……ならお望み通り叩き潰してやるまでだ! 燃やすぞ――ドラグラーサ!!」

 

 風と炎。

 互いにその翼を広げた両者は、円卓の頂上に激しい炸裂を巻き起こすと、天契機の限界を超えた高速領域へと踏み込んでいった――。

 

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