星歴977年。
季の節は六。
摂政マアトの反乱と、それを扇動した帝国軍によるセトリスへの総攻撃は失敗に終わった。
指揮官であるレヴェントを失った緑宝騎士団は総崩れとなり、城内に潜んでいた摂政派の者もほぼ全てが一掃された。
「メリク様の優しさは、私を縛っていた憎悪を溶かし、私に人の心を思い出させて下さいました……マアトの心は、メリク様によって救われたのでございます」
「だが、それでも我は……!」
「過去から続いた憎悪の連鎖は、私の犯した罪と共にセトゥの炎で焼き尽くされましょう。メリク様はそのような業に縛られず、ただ前にお進み下さい……それが、このマアトの最後の願いでございます」
マアトの処罰に対しては、彼の貢献の大きさから寛大な処置を求める声も上がった。
だがマアトはそれらの温情を〝自ら拒絶〟。
最後にはその意を汲んだメリクの命により、マアトは一族と共に守護山セトゥの火口に身を投げ、セトリスで最も苛烈で高貴な刑によってこの世を去った――。
「我は泣かぬ……! 傷ついたセトリスを建て直し、悲しみに暮れる民の心を癒やすため、我は王として立派に務めを果たしてみせる……! それが我を育ててくれた、父上とマアトへの一番の手向けになろう!!」
「メリク……」
「コケー……」
シータは見ていた。
数千年の歴史を誇るセトリスの転換点となった騒乱の当事者として、全てを見ていた。
メリクの苦悩と決意。
マアトを縛っていた積年の憎悪と愛。
そしてセトリスに生きる人々の生き様。
その全てを目と心に焼き付け、深く傷つきながらも前を向くメリクに寄り添い、セトリスでの日々を彼を支える無二の友として過ごした。そして――。
「其方たちには本当に世話になった! 我がセトリスは、永久の時が流れようとエリンディアから受けた恩を忘れることはないであろう!!」
セトリスに到着してちょうど一ヶ月。
帝国残党の排除と、王朝内部のひとまずの安定を見た独立騎士団は、ついに旅立ちの朝を迎えていた。
「お陰でルーアトランもすっかり元通りになった! 本当にありがとう!!」
「イルレアルタも、前よりずっと速く動けるようになったんです。これも全部、メリクとセトリスの皆さんのおかげです」
「それはなによりだ! セトリスの守護神であるセルクティとラーステラは、修復の目処も立たぬほどに壊れてしまったが……今すぐには無理でも、いつか必ず我らの手で再建してみせる!!」
「もし再び帝国が攻めてくれば、必ず私たちがかけつけます。これまでもこれからも……エリンディアとセトリスの友好が変わることはありません」
メリクを初めとした大勢の人々の見送りを受け、シータとリアン、そしてニアら独立騎士団の面々は、この滞在で生まれた新たな絆に思い思いの別れを告げる。
辺りを見回せば、崩落したセトリスの王城は今も再建の道半ばだ。
しかし黄金の砂漠に昇る朝日に照らされたセトリスの人々の表情は、どれも力強い希望に満ちていた。
「どうかご無事で! イルレアルタとルーアトランの整備に必要な物資は、すぐにエリンディアに宛てて送らせます」
「ありがとうラファム将軍! 将軍も息災でな!」
セトリスからの帝国軍排除と、エリンディア国内における天契機整備の技術向上。
そして最も重要な、反帝国同盟結成へのセトリスの賛同。
それら独立騎士団の目的は無事に成し遂げられ、長らく途絶えていた両国の交易も再開する運びとなった。
「シータよ……必ずまた会おう。此度、我はあまりにも多くのものを失った……それでも前を向けたのは、其方という友が傍にいてくれたからだ。これから先、たとえ何があろうと我らの友誼は決して変わらぬ」
「僕だって、メリクには本当に沢山のことを教えてもらった……どんなに遠くに行っても、僕はずっとメリクの友だちだからねっ!」
「死ぬでないぞ……! そしてまたセトリスに来てくれ……その時は、今よりもずっと立派になった都をシータに案内してやるからの!!」
メリクとシータは互いの身を抱きしめ合い、人目もはばからず涙を流して別れを惜しんだ。
セトリスの王として、もう二度と泣くまいと決めたメリクの涙。
それは王としてではなく、一人の少年としてメリクが流した涙だった――。
「――トーンライディール浮上! 南東に進路を取れ!!」
「ありがとうメリク! 絶対にまた会いに来るからっ!」
「コケコッコーー!」
「さらばだシータ! 其方たちの道行きに、セトゥの加護があることを祈っておるぞ!!」
黄金の砂漠と、その上に広がる悠久の青空。
今日も変わらず黒煙を吹き出すセトゥを背に、シータたちを乗せてトーンライディールが飛翔する。
生と死が交錯する戦いの果て。
凄絶な出会いと別れ……そして過酷な運命に立ち向かう友の姿を見たシータは、新たな絆を胸に次なる戦地へと旅立つのだった――。
――――――
――――
――
「ええ、はい……そうですね。〝ここにあった二機〟は水晶炉ごと壊れちゃいましたよ。セトリスなら機体はそのうち直すと思いますけど……さすがに〝アレ〟とのリンクを直すのは無理でしょうね」
ごうごうと。
重苦しい地鳴りが続く暗闇。
じっとりと汗ばむ熱気の中、軍服姿の女性士官――緑宝騎士団副官のナズリン・アルバが、耳元に手を当てながら一人闇の中を歩いていた。
「団長も結構頑張ってましたけどね。まあ、起源種のことを剣皇に伝えないって言い出した辺りで駄目そうとは思ってましたよ。ええ」
やがてナズリンの周囲を包む闇がゆっくりと晴れる。
ごつごつとした岩肌がつるりとした金属製の壁面に変わり、炎とは違う人工的な光が辺りを満たす。すると――。
「あー……あったあった、見つけました。〝先生〟の読み通り、やっぱりセトリスにもありましたね」
辿り着いたのは、まるで別世界のような異質な空間。
見渡す限りを用途不明の機器で埋め尽くされた広大なホール……その中央に、なんの支えもなく〝空中に浮遊する巨大な金属球〟が鎮座していたのだ。
「ナグナルイン……こんな危ない物を、噴火しっ放しの山の下に隠すとか。ほんっとーに昔の人は何を考えてたんでしょうね? やっぱり〝私たちレンシアラの方が〟ずっと上手くやってましたって。先生もそう思いませんか?」
それは、かつてイルレアルタに乗ったエオインが射貫き、伝説となった破滅の元凶――ナグナルイン。
しかしそれを見たナズリンは呆れたようにため息を一つ。
自らの〝真の役目〟を果たすべく、セトゥの地下奥深くで稼働し続けていたそれにゆっくりと歩み寄っていった――。