突き進む道
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「持ちこたえろ! 帝国を王都に近づけさせるな!!」

 

 アドコーラス帝国対、セトリス王国の前線。

 すでにセトゥから流れる火の川は突破され、戦場はバーリバン砦周辺の砂漠地帯へと移っていた。

 

「騎兵隊前へ! ラシュドゥームの熱蒸気は、火の川でのみ展開される! 砂上に出た今ならば、反撃を恐れることはない!!」

「「 おおおおおおおお――!! 」」

 

 だがしかし。

 火の川を突破されてなお、セトリス軍は決死の迎撃を続けていた。

 初戦での敗退からイルレアルタによる反撃を経て、セトリス軍はラシュドゥームの解析を完了。

 ラシュドゥームの独壇場となる火の川での戦いをあえて回避し、黄金砂漠での決戦に活路を見いだしていた。

 砂エイに乗った騎士達が一斉にラシュドゥームに襲いかかり、装甲の薄い背面に手投げ式の炸裂弾を放り込む。

 群がる騎兵隊に駆動系を狙われ、小回りの効かないラシュドゥームは徐々にその数を減らしていった。

 

「ふむ……すでに〝守るべき王が囚われの身になっている〟とも知らずに、セトリスもなかなかに粘るものだ」

 

〝金縁黒地に浅緑の聖杯〟が描かれた戦旗が立つ丘の上で戦況を見守るのは、緑宝騎士団りょくほうきしだん団長のレヴェント。

 レヴェントは自らの乗機である〝ヤルヴィン至宝〟を操り、セトリス攻略を完遂するべく陣頭指揮を執っていた。

 

「ぐっ……! まだ、ここで私が倒れるわけには……!!」

「いかにレンシアラの天契機カイディルが強くとも……たかだか一機ではどうしようもなかろうよ。そろそろ諦めたらどうかね?」

 

 今、レヴェントの前には彼が指揮する二機の従騎士ヴァレット級によって〝両腕を破壊され〟、必死に回避行動を取るラファム将軍が操るセルクティの姿があった。

 セトリスの守護を司るセルクティは、その下半身がサソリのような異形となっており、通常の天契機であれば足を取られる砂漠地帯でも高速な機動性を保つことが出来る。

 しかしそれと相対する帝国の天契機もすでに砂上戦を想定した〝クモに似た多足機〟へと改修を受けており、セルクティの優位は限りなく縮められていた。

 

「君らは何百年も前からその天契機を頼りにしてきたんだろうが、それはつまり、その〝機体の情報は大陸中に知れ渡っている〟ということでもあるのだよ。〝カビの生えた旧型〟にしがみつき、革新を怠った者の末路というべきかね」

「黙れ!! この命に代えても、王都からの援軍が来るまでは持ちこたえてみせる!!」

「はっは! 援軍かね! なんとも健気なものだよ!!」

 

 戦況は明確に劣勢。

 ラシュドゥームをいくら破壊しようとも、結局のところ戦場の勝敗は天契機同士の戦いによって決まる。

 三対一の不利に加え、帝国軍の入念な対策によってセルクティを封殺されたセトリス軍の運命は、もはや風前の灯火だった。

 

「君らがいくら粘ろうと、城からの援軍など来るわけがない。なぜなら、君たちの王はすでに――」

「だっはぁああああああああ――!!」

 

 だがその時。

 裂帛れっぱくの気合いと共に、小高い砂丘の影から蒼穹のケープに純白の装甲を持つ天契機――エリンディアの守護神、ルーアトランが飛翔する。

 

「でぇええええええええぇ――い!!」

「な……っ!? がああああああああああっ!?」

「エリンディア軍……! 来てくれたのですね!!」

「え、エリンディアだとッ!? ナズリンめ……しくじりおったなッ!?」

 

 現れたルーアトランは剣刃一閃。

 間髪入れずセルクティを囲む従騎士級の片方を袈裟斬りに両断すると、残る一機にも雷の如き速度で襲いかかる。

 

「ここは私とルーアトランが引き受けた! ラファム将軍は後退して軍の指揮を頼む!」

「し、しかし……! 他の援軍はどうしたのです!? 星砕きは!?」

「ここに来たのは私だけだ! 事情は後で説明する!!」

 

 中破したセルクティを庇いつつ突撃するルーアトラン。

 しかしルーアトランの突撃を見た従騎士級は、砂上とは思えぬ跳躍で即座に後退。

 さらには両肩に装備した連装弩砲ですぐさま反撃に打って出る。

 

「ぐぬぬっ!?」

「エリンディアめ……! 団長、ご指示を!!」

「なるほど……こちらに来たのはあの居眠りの騎士だけか。となると、私の計画も完全に失敗したというわけでもなさそうだ」

 

 当然、エリンディア軍の存在はレヴェントも織り込み済みである。

 ナズリンによる暗殺失敗という計画外はあるものの、レヴェントは現れたのがルーアトランのみと確認するや、すぐさま残る従騎士級に指示を飛ばす。

 

「よろしい。ならば、まずは私と君とでルーアトランを討つ。戦型は事前に伝えた通りだ。地の利を活かし、決して接近せぬようにな!!」

「了解!!」

 

 その言葉と同時。

 それまで後方に控えていた濃緑の機体――レヴェントの駆るヤルヴィンが、砂煙を上げてルーアトランに迫る。

 ヤルヴィンもまた下半身はクモ状の多足機体だが、その武装は従騎士級とは異なり、両手と両肩全てに連装弩砲を装備する〝極端な射撃機体〟となっていた。

 

「リアン殿! 見ての通り、この者たちは相当な手練れ……! いかに貴方でも、無策ではセルクティの二の舞になります!」

「だろうな! だから私も今回は〝色々と考えてきた〟……たとえばこうだ!!」

 

 だがその瞬間。リアンはルーアトランが持つ風の翼を展開。

 翼から放出される突風と両足のステップとを組み合わせ、砂の上を滑るように駆け抜けて見せたのだ。

 

「な、なんだねそれは!?」

「こいつも砂の上で走れるのか!?」

「どうだっ! 今回の私は前とは違うぞ!!」

 

 それは、かつてのリアンでは到底なし得なかった操縦技術。

 氷槍騎士団ひょうそうきしだんとの雪上戦で苦戦を強いられたリアンは、あの日から今日まで、シータと二人で天契機の操縦技術向上に励み続けてきた。

 

(だからこそ分かる……イルレアルタがあろうとなかろうと、シータ君は本当に凄い! シータ君と比べれば、今の私はあまりにも弱すぎる。だが――!!)

 

 狙いは残る従騎士級。

 従騎士級は後退しつつ弩砲を放つが、リアンは巧みな操縦で迫り来る矢を見事に切り払い、瞬く間に敵機を間合いに捉える。

 

「――それで立ち止まるほど、私の夢と覚悟は弱くない!!」

「だ……団長……っ! 申し訳――!」

 

 一閃。

 エリンディアを象徴する蒼穹のケープが砂上にはためくと同時。

 ルーアトランの長剣が後退する従騎士級を切り抜け、星空の下に爆炎の炸裂を巻き起こす。

 

「チィッ! 次から次へと想定外のことばかり起きおって……忌々しいことこの上ない!!」

「決めるぞ、ルーアトラン!!」

 

 二機の従騎士級を仕留め、しかしリアンとルーアトランが止まることはない。

 従騎士級の爆炎を背にリアンは風の翼の出力を上げ、足元のペダルを小刻み踏み込んでヤルヴィンとの間合いを詰めにかかる。

 

「おのれ……! 突撃しか能のないイノシシ騎士が!!」

「イノシシで結構! 〝眠ることと進むこと〟にかけては、私は誰にも負けるつもりはない!!」

 

 迫るルーアトラン。

 レヴェントはヤルヴィンの持つ連装弩砲全てで強烈な矢弾の弾幕を形成するが、リアンは致命傷となる矢のみを的確に切り払って更に加速。

 その装甲に無数の矢を受けながら砂丘の麓へとヤルヴィンを追い詰めると、握りしめた純銀の長剣を大上段に構える。

 

「な、なぜ止まらん!? まさか、この私がこんなところで終わる……!?」

「もらったぁああああああ――ッ!!」

「――とでも思ったかね?」

「っ!?」

 

 衝撃。

 ルーアトランがヤルヴィンめがけて振り上げた刃は、振り下ろされることなくその動きを止める。

 この時のリアンを責める事は出来ないだろう。

 同じ状況であれば、誰もが自らの勝利を確信したはず。

 それほどまでに、レヴェントの〝誘い〟は見事だった。

 

「保険は最後の最後まで取っておけ……この言葉は、私が商売人だった頃に何度も救われた格言でね」

「ど、どうしたルーアトラン……!? どうして倒れてしまうのだ!?」

 

 操縦席のリアンが混乱した様子で操縦桿を握る。

 しかしルーアトランはリアンの操縦に応えることが出来ず、リアンの視界を道連れに砂塵へと沈んだ。

 衝撃の正体。

 それはヤルヴィンの〝腰部から飛び出した回転刃〟。

 その外観からは近接武器を持たないように見えたヤルヴィンには、隠されたもう一つの武器……一撃必殺の刃があったのだ。

 

「足をやられたのか……!? そんな……っ」

「まさか卑怯とは言うまいね? 君が君のやり方を通そうとしたように、私は私のやり方で応じたまで……そういうことだよ、居眠りの騎士君」

 

 一拍遅れ、切断されたルーアトランの右足が余剰エネルギーの炸裂で爆散する。

 片足を失い、戦場に倒れたルーアトランの前。

 自らの勝利を確信したレヴェントは、ヤルヴィンの刃を高々と振り上げた――。

 

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