王と狩人
王と狩人

王と狩人

 

「守護山セトゥから東に流れ落ちる炎の流れは、大きく二つの支流を持っています。〝二ヶ月前の大敗〟により、帝国軍は一つ目の支流を越え、川と川の間に橋頭堡きょうとうほを築きました……このまま手をこまねいていれば、もう一つの支流を越えるのも時間の問題です」

 

 セトリス王城の軍務室。

 エリンディアの独立騎士団を迎えての初の軍議は、セトリスの将軍ラファムによる現状の確認から始まった。

 大柄な体躯に、頭髪を丁寧に剃り上げた容貌が特徴的な将軍ラファムは、苦々しい内心を隠さぬままにセトリスの地図を指し示す。

 

「一方、我が軍は未だ損耗から回復しておりません。破壊された二機の天契機カイディルの内、一機は水晶炉の破損が激しく廃棄。もう一機も修復は完了しましたが、乗り手は落命したため……」

「うむ……つまりセトリスに残る天契機は、ラファムのセルクティと我のラーステラのみだ。しかし皆もすでに知っている通り、我らにはエリンディアからやってきた星砕きと白き守護神がおる! 今こそ打って出る好機なのではないか?」

「恐れながら陛下……帝国は火山帯でのいくさにおいて、すでに我らの戦術を上回る恐るべき兵器を投入しております。いかにエリンディアの支援があろうと、迂闊に攻めるのは得策ではないかと」

「何を仰いますか摂政せっしょう殿! 火の川を突破されれば、もはや都を守る物はないのですよ!? 都を戦場にすれば、大勢の民を戦火に晒すことにもなります。陛下、どうか我らに出陣の下知を!」

「愚かなりラファム! お前たち軍の者がそのように血気に逸った結果、先王様の身辺が手薄となった咎を忘れたとは言わせぬぞ!!」

「し、しかし――!」

 

 紛糾する軍議。

 穏健派の摂政マアトと、軍事を預かる将軍ラファムの対立は平行線で、王であるはずのメリクの言葉も決め手とはならない。

 しかしそれも無理のないこと。

 元よりセトリスは、天帝戦争を戦い抜いた先王タリクによって数十年に及ぶ安寧を謳歌してきた。

 帝国との戦いにおいても、先王が健在であった頃はむしろ戦況を優勢に進めていたのだ。

 だが帝国軍が火山帯に適応した新兵器を戦場に投入したのと同時に、先王タリクは〝突如として急死〟。

 混乱の内にセトリス軍は大敗を喫し、未だ先王の死因すら解明できぬまま、跡を継いだメリクへの権力移譲もままならない有り様だった。

 

「――ならば、ここでエリンディアの皆様のご意見もお聞かせ願いたい。よろしいですかな?」

「コケー?」

「え!? えーっと……そのー……」

「すやー……すぴー……むにゃむにゃ~……」

 

 その時、それまで完全に蚊帳の外だったシータたち独立騎士団に、摂政マアトから話の矛先が向けられる。

 しかし当然ながらシータは軍略については無知であり、一方のリアンはいつのまにやらシータの肩に頭を乗せ、すやすやと寝息を立てている始末であった。しかし――。

 

「まず一つ。我がエリンディアが保持する飛翔船は、〝空鯨そらくじらの持つ習性〟から火山帯上空を直接飛行することはできません。そしてそれは帝国も同じです」

 

 しかし戸惑うシータを制し、隣に座るニアは丸眼鏡の奥の瞳をきらりと輝かせて答える。

 

「ですが、火山帯を大きく迂回すれば帝国軍本陣を直接攻撃することは可能です。帝国軍はまだ我々の到達も、我々が飛翔船を持っていることも知らないはずですから、強襲が成功する可能性は高いと考えます」

「なるほど……飛翔船があればそのような戦術も可能となるわけか」

「二つ目に、守勢に回った場合ですが……その際はシータ・フェアガッハが操るイルレアルタの矢が役立つでしょう。いかに帝国軍が火山帯を走破可能でも、イルレアルタにとっては良い的に過ぎません。そして最も重要なのは、攻守どちらにおいても帝国軍に私たちの到来を悟られないこと……〝戦力の秘匿は戦の要〟と、ソーリーン様も常々仰っておりました」

 

 一切の淀みなく。ニアはセトリスの屈強な戦士たちを前に、現時点で可能な戦術の要諦を見事に語ってみせた。

 実のところ、ニアは外交官であると同時に、エリンディア独立騎士団における〝最高指揮官〟という大任をも担っている。

 政治、戦略、戦術と……様々な教えをソーリーン直々に授けられたニアにとって、この程度は出来て当たり前の芸当であった。

 

「なんとも頼もしい! やはり我らは万の軍勢を得たと言っても過言ではないぞ!!」

「承知しました。ならば今一度、我らもエリンディア軍の適切な配置をエルフィール様と検討させて頂きたい」

「最終的な戦術判断は皆様にお任せします。我らエリンディアの独立騎士団は、たとえどのような戦場でも力の限り戦うとお約束しましょう」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――見るのだシータよ! これが天契機の手足を動かしている〝昇華弦しょうかつる〟だ。これは様々な金属を混ぜた合金で出来ておってのう……天契機が外界から取り込んだ音や光、熱のような刺激は全て反射水晶炉で動力に変換され、骨格である〝天霊樹てんれいじゅ〟を通して最終的にこの弦に伝わる。そしてこの弦が伸び縮みすることで、天契機の手足も動くというわけだ!」

「はい! 天契機の仕組みは、僕もマクハンマーさんに教えて貰ったばかりなのでわかります。水晶炉から天契機のどの部分に力を送るかは、操縦席のヘルメットやレバーを通して管理されてるんですよね」

「その通り! さすがはシータだ、勉強熱心なことだのう!」

 

 白熱の軍議を終え。

 場所は整備を受けるイルレアルタの前。

 軍議で相当に気を張った後にも関わらず、少年王メリクはすっかり仲良くなったシータと共に、早速イルレアルタの修復に取りかかっていた。

 

「でもなんだか申し訳ないです。メリク様はとてもお忙しいのに、イルレアルタの修理までやってくれるなんて……」

「ぬわぁあああー! だーかーらー〝様付け〟はやめよと言っておるであろう!? 我とシータはもう立派な友である! 歳も変わらぬゆえ気軽にメリクと! メリクと呼ぶのだ!!」

「えっと……じゃあ、メリクはどうして?」

「天契機が大好きだからだ! 特に星砕きは最高に最高なのだ! 以上!」

 

 事実、メリクの天契機整備の腕は相当な物だった。

 混乱するセトリスで心の準備もなく王となり、その上でイルレアルタの整備にも全力を尽くすメリクの姿に、シータは確かな感銘を受けていた。

 

「むしろ、我はこうしてシータとエリンディアの力になれることが嬉しいのだ。シータも先の軍議を見たであろう? 今の我は、王とはいえお飾りのようなもの……偉大な父上に比べ、我はあまりにも未熟だ」

「そんな! メリクはさっきだって立派に……!」

「王としての未熟は、誰よりも我が痛感しておる……だが天契機の整備では誰にも負けるつもりはないぞ! これは今の我がただ一つ、皆の力になれる立派な仕事なのだ!」

 

 偉大なる先代と未熟な自分。

 そして今できることを懸命に行おうとする姿勢。

 少年王メリクの現状は、今まさにシータが置かれている境遇ととても似通っていた。

 

「それでなシータよ。先の話の続きだが、天契機の持つ力は反射水晶炉の質に大きく左右される。星砕きには内蔵された水晶炉の他に、武器となる弓にも〝小型の水晶炉〟が組み込まれているようでな……」

「そう言われれば……イルレアルタが矢を撃つ時には、弓も一緒に青く光ってます」

「星砕きの弓は、反射水晶炉で増幅された力を光に変えて放つ……このような構造の武器は我も見たことがない。そして更に言えば――」

「――大変です陛下!!」

 

 言葉を交わし、深まる絆。

 シータにとって生まれて初めて出来た同じ年頃の友人との時間は、しかし突然の声によって遮られた。

 

「我ならここにいるぞ! いったい何事か!?」

「火の川沿岸のバーリバン砦から信号弾! 帝国軍が進軍を開始しました!!」

 

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