昔話 二人が越えたのは
昔話 二人が越えたのは

昔話 二人が越えたのは

 

 邪竜メルダシウス。

 世に残る歴史が始まるよりもはるか昔。

 天地を支配していた力の頂点たるドラゴンの名。

 メルダシウスの力は己以外のすべての命を合わせたものよりも強く、己以外のすべてに対して暴虐の限りを尽くした。

 しかしメルダシウスによる絶望の支配は、ある日突然終わりを迎える。

 ドラゴンの暴威に怯えながらも少しずつ力を増していた人とモンスター。二つの知恵ある勢力が互いに手を取り合い、邪竜に戦いを挑んだのだ。

 

『おのれ……! 取るに足らぬゴミどもが、よくも……ッ!』

 

 果たして。星に生きるすべての命が力を合わせたことで、恐るべき邪竜は打ち倒された。

 痛苦と憎悪に満ちたメルダシウスの咆哮は七昼夜にわたって全世界に轟き、その巨大な体から溢れた血は大海を深紅に染めたという。そして――。

 

『呪われろ……! 呪われろ矮小な虫けらどもよ! 我が返り血を浴びた者どもの末裔は今より互いを忌み嫌い、未来永劫争い続けることになるであろう! ククク……クハハハハハハハハッ!』

 

 それは、滅び行くメルダシウスが残した最後の爪痕。

 星そのものを染めた邪竜の鮮血を触媒に、メルダシウスの怨嗟はたしかに成就したのだ。

 かくして、それから数千年の先に至るまで。

 共に邪竜討伐を成し遂げた同志だったはずの人とモンスターは、メルダシウスが残した呪いによって、いつ終わるともしれぬ争いを続けることを宿命づけられたのだった――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――ふーん。つまり〝君〟は、私と大魔王にラブラブチュッチュされたら困るってことか。それで慌てて出てくるなんて、邪魔者もいいところだね……!」

「まさか俺たちの争いにそのような理由があったとは……! 人間どもも俺たちも、共に貴様の手のひらの上だったというわけだ!」

『そうだ……! あろうことか貴様らは、人と魔の頂点であるにも関わらず互いに愛し合うなどという愚行に走った……! ゆえに、このメルダシウス自ら滅ぼしてくれる……!』

「なっ!? ま、待つのだ! まだ俺たちが愛し合うと決まったわけではっ!」

「私は愛してるよ(キリッ)」

「ぬわーーーーっ!? 貴様はまだ十歳とちょっとのガキンチョだろうに!? そ、そういうことはもっと大人になってからよーく考えてだな!?」

『ええい! 我が前でイチャつくでないッ! なんと忌々しい!』

 

 そして時は十年前。

 ついに魔王城での直接対決を迎えた大魔王エクスと勇者フィオレシア。

 しかし二人の対峙はフィオからの熱烈な愛の告白と抱擁によって一瞬で終わり、それを受けた大魔王エクスもまんざらでもないどころかぶっちゃけ嬉しかったため、まったく戦う雰囲気ではなくなっていた。

 このまま二人は幸せなキスをして終了――となるかに見えたのだが、そこに突如として出現した邪竜の強大な残留思念が、二人の前に立ちはだかったのだ。

 

『なぜだ!? なぜ貴様ら二人はそうなった!? 我がこの星に打ち込んだ呪いの楔は健在! 貴様らとて、我が力の支配下にあるはず! にも関わらず、なぜ貴様らはそれほどまでにラブラブに……!?』

「そんなの、君の力が〝私の愛より軽かった〟からに決まってるでしょ? 邪竜だかなんだか知らないけど、これ以上私と大魔王の邪魔をするなら……殺すよ」

「貴様の呪いがどういうものかは知らんが、少なくとも俺は今までの大魔王人生で特に人間どもを憎いと思ったことも、忌み嫌ったこともないぞ! フハハハハ……どうだ、参ったか!」

『おのれ……! このメルダシウスを虚仮にするか……!』

 

 直接顔を合わせたのはほんの少し前だというのに、エクスとフィオはすでに長年そうしてきたかのように並び立ち、現れた諸悪の根源に対峙する。

 

『許さぬ……! 貴様らの力が我が呪いを越えているなど……そのようなことは決して認めぬ! 人と魔の頂点とはいえ、所詮貴様らは小さき虫けらの長……我が思惑を外れるというのならば、この場で跡形もなく消し去ってくれる!』

「いいねぇ……話が早くて助かるよ」

「ふん……! 人とモンスターの争いが貴様のせいだったというのならば、同胞たちの明日を預かる大魔王として見過ごすわけにはいかんな!」

 

 瞬間。魔王城に邪竜の怒りと憎悪が充満する。

 だがしかし、エクスとフィオは互いに目を合わせて頷き合うと、眼前の邪竜に向かって共に前に出た。そして――!

 

「我が名は勇者フィオレシア・ソルレオン!」

「我が名は大魔王ロード・エクス!」

 

 現れた真の邪悪を前に、同時に名乗りを上げる勇者と大魔王。

 勇者の力を解放したフィオレシア目がけ、天から紅蓮の光柱が降り注ぐ。

 その光はやがて収束。この世でただ一人、フィオだけが扱うことを許された焦熱の聖剣ニルヴァーナとなって大地へと突き刺さる。

 そして同じくフルパワー大魔王となったエクスの周囲には、すべてを滅ぼす漆黒の万雷が幾筋も伸び、邪竜の憎悪をこともなげに押し返した。

「私の力と想い……そして、大魔王への愛にかけて!」

「邪竜メルダシウス! 貴様は今ここで……俺たちが倒すッ!」

 

 十年前、魔王城で行われた最終決戦。

 それは天を砕き、大地を割り、海を焼き尽くす壮絶なものだったという。

 激しい戦いの末、勇者と大魔王は勝利した。

 邪竜は滅ぼされ、今度こそその力のすべてを失った。

 そしてその戦いの後、勇者は新たな世界を平和に導くために起業し、大魔王は星にかけられていた邪竜の呪いを一身に背負い、十年の求職活動を余儀なくされたのだった――。

 

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