拙者、都にやってきた侍!
拙者、都にやってきた侍!

拙者、都にやってきた侍!

 

「おおーー! なんとも賑やかな街でござるな! これがこの国の都でござるか!」

「ここがユーリティア連邦の首都、ベリンです。人が多いのは勿論ですけど、他にも連邦全体の政治や軍事、貿易の中心地で、僕達〝流派同盟〟の本部もここにあるんですよ」

「見事だ! 拙者、これほどの街を訪れたのは久しぶりでござる!」

 

 そびえ立つ壁と、その内外を区切る見上げるほどの高さの金属製の門。

 それら途轍もなく厳重な外壁を越えた先に広がっていたのは、広大な青空の下、数えきれないほどの人々が行き交う首都ベリンの街だった。

 大通りを中心として、碁盤の目のように整理された街並み。

 レンガと木材で造られた建物には一定の統一感があり、区画ごとに屋根が赤や青、緑などに色分けされている。

 しかし一度街の中心部へと目を向ければ、半ば崩壊した〝灰色の超高層ビル群〟が集まっており、かつて栄えたという高度な文明の姿を辛うじて残していた。

 

「ところで、ユーニ殿はこの街で生まれ育ったのでござるか?」

「いえ、僕の生まれた村はここから少し東に〝ありました〟……ベリンには六歳の時に来て、それから八年近く街の勇者学校で勉強をしたんです」

「そのような幼い頃から修行に励んでいたとは……流石はユーニ殿でござる!」

「いえ、僕は――」

「いかが致した?」

 

 カギリの何気ない言葉にユーニは俯き、その表情を曇らせる。

「……僕の村は、魔物に襲われて全滅したんです……父さんも母さんも、その時に亡くなって……村で生き残ったのは、僕だけだったそうです」

「なんと……」

「立派とか……そういうのじゃないんです。勇者になろうとしたのも、とにかく父さんや母さんの仇が討ちたくて……」

 

 ユーニのその言葉に、カギリは沈痛な表情で押し黙る。

 しかしそうしている間にも、すぐ横では大量の積み荷を運ぶ馬車が通り過ぎ、街中を定期的に走る機械仕掛けの車がベルを鳴らしながら走っていった。

「でも、今は違います。勇者になって……世界中を旅して気付いたんです。世の中には僕よりもずっと辛い思いをしてる人が沢山いて……みんなを傷つけている存在も、魔物だけじゃないんだって」

「ユーニ殿……」

「だから、今は僕に出来ることを一つ一つやっていこうと思ってます。僕と同じ思いをする人を、一人でも減らせるように!」

 

 歩きながらそう語るユーニの顔は、すでに前を向いていた。

 正面を見据えた翡翠ひすいの瞳には一点の曇りもなく、その輝きに満ちたユーニの横顔に、カギリは思わず声を失って見惚れる。そして――

 

「む、むむ……むむむむ……!」

「……? カギリさん?」

「だばーーーーッ! 拙者……すでにユーニ殿には感服仕切りであったが、今の話を聞いてさらに感服致したッ! もはや立派などという言葉では全く足りぬうううう!」

「はわっ!? な、泣いてる!?」

 

 感極まり、突如としてむせび泣くカギリ。

 道行く人々が何事かと奇異の目を二人に向けるが、当の本人は一切お構いなしだった。

 

「なんと健気な……っ! そのような過酷な境遇であれば、世を恨み……怒りに囚われても誰も文句は言わぬであろうに! 天晴れでござる!」

「そ、そうでしょうか……?」

「約束致すぞユーニ殿! このカギリ、ユーニ殿の友としていついかなる時でも力になると! ぬおおおおおおッ!」

「ありがとうございます……っ! 僕も、もっともっと頑張りますねっ!」

 

 カギリにそう言われ、ユーニはその丸い頬を少しだけ桃色に染める。

 そして両手をぐっと握りしめると、何度も何度も気合いを入れて見せたのだった――

 ――――――

 ――――

 ――

 

「よくぞ戻った! どうやら勇者としての長旅を終え、また一段と成長したようだな!」

「はいっ! 先生もお元気そうでなによりです!」

 

 それから程なくして。

 首都ベリンの街並みをひとしきり散策した二人は、早速ユーニが通っていた勇者学校を尋ねていた。

 

「それとそっちのお前……カギリだったな? 俺はベルガディス・ロッソ。ここの学長をやっている」

「カギリでござる!」

 

 今、二人の前にはこの学校の学長である初老の男――ベルガディスが座っていた。

 既にその髪は白く染まり、顔には深い皺が刻まれていたが、岩のように鍛え抜かれた肉体と鋭い眼光は、いささかの衰えも見せていない。

 

「以前は先生も〝不死身の勇者〟として大勢の人を守っていたんですよ。ほら、あそこにその頃の先生の写真もありますっ!」

「ヴァーッハッハ! 流石の俺ももう昔のようには動けんからな。今はこうして、優秀な後進の育成に力を注いでいるというわけだ!」

 

 大声を上げて笑うベルガディスの背後には、ユーニの言う通り何枚もの写真が額の中に入れられ、大切に飾られていた。

 そこには写真以外にも、連邦から与えられた数多の勲章や感謝状の類いも混ざっており、ベルガディスが打ち立ててきた功績を雄弁に物語っていた。

 

「しかしお前ら、なぜ本部より先に俺の所に来た? ああ……そういえば今日はティリオの奴が留守だったか?」

「左様。拙者達も流派同盟とやらの館は訪れたのだが、盟主殿は不在でござった!」

「実は、カギリさんは〝世界で一番強い悪党を倒す〟ために旅をされているんです。流派同盟に登録すれば、カギリさんの探している悪者も見つけやすくなるかと思って」

「ほう……? この世で一番強い悪を倒す、か――」

 

 ユーニの口からカギリの目的を聞いたベルガディスは、切り揃えられたあご髭を一さすりすると、何かを思い出すように目を閉じる。

 

「――となると、やはり〝星冠の魔物〟しかおらんだろうな。そもそも、倒す以前に会えるかどうかも分からんが」

「星冠の魔物? それはなんでござるか?」

「現在確認されている、神冠・王冠・士冠・無冠の魔物の更に上位……あらゆる魔物の頂点に君臨すると言われている、伝説の魔物ですよね」

「そうだ。しかしお前も知っての通り、今まで星冠の魔物とやらを実際に見た者はおらん。魔物共が星冠の存在について語っているのを聞いただとか、遠くから見ただとかいう、胡散臭い噂レベルの話に過ぎん」

 

 ユーニですら敗れた神冠をも上回る魔物の存在に、カギリは興奮した様子で身を乗り出す。

 

「噂であろうとなんであろうと、僅かでも可能性があるならば探し出して倒すのみでござる! 貴重な話を聞かせて頂き、感謝する!」

「もし本当にそんな魔物がいるのなら、叩き潰すに越したことはないのでな。正直倒せるとは思えんが……お前が〝ユーニの選んだ男〟だというのなら、多少は俺も期待させて貰うとしよう」

「せ、先生っ!? 僕がカギリさんと旅をしているのは、カギリさんから色々と学ばせて貰うためで……! 選んだとか、そういうのじゃ……!」

「フッ……ひとまず、そういうことにしておいてやろう」

 

 突然のベルガディスの言葉を、取り乱しつつ否定するユーニ。

 ベルガディスはその教え子の姿に、深い皺をさらに深くして笑った。

 

「カギリとやら……知っての通りこいつは途轍もなく強いが、内面はまだ子供も子供だ。だがだからといって、生半可な気持ちでユーニに手を出したらただじゃおかんぞ?」

「なぜそうなるのかはよく分からぬが、ぶっちゃけ面倒を見て貰っているのは圧倒的に拙者の方でござる! なーっはっはっは!」

「も、もう……っ」

 

 ひとしきり笑った後、ベルガディスは巨体を揺らして立ち上がると、そのまま部屋の窓際から外の景色へと目を向ける。

 そして何度か頷くと、座ったままの二人に振り向いて言った。

 

「おいユーニ。せっかく来たんだ、今日は久しぶりにうちの授業を見ていかんか? 生徒も教官共も、貴様には死ぬほど会いたがっているんでな」

 

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