クラスマスター。
それは、魔物の出現によって存亡の危機に立たされた人類が編み出した、限界を超えた戦闘技術を使いこなす者達の総称である。
剣で全てを斬り裂く者――流派、剣士。
たとえ星が爆発しても必ず生還する者――流派、生存者。
高貴なる令嬢道を極めた者――流派、貴族令嬢。
果ては巨大な人型兵器を手足のように操る者――流派、機動士。
これら、多種多様な流派の数は数千を超える。
力ある流派を学ぶことを志し、自らの肉体と技量を極限まで鍛え上げ、魔と戦う術を得た者達。
彼らはその全てがクラスマスターと呼ばれ、修めた流派の誇りと矜持を背負い、今日も世界を守り続けている――
「――そして、あらゆる流派の中でも最も志す者が多く、最も極めることが困難な流派……それが勇者だ。ここにも毎年数千人の志願者が集まるが、十年学んで実際に勇者を名乗れる奴はまずおらん」
「勇者への道がそこまで過酷とは……ならば、勇者になれなかった者達はどうなるのでござるか?」
「見所のある奴は他の流派に回す。勇者としての修練をくぐり抜け、その上で勇者になれずとも、そこらのクラスマスターより余程動けるからな」
「なるほど」
「そもそも、真の勇者とはただ戦型や奥義を使えるようになるだけでは駄目だ。俺が〝不死身の勇者〟と呼ばれ、ユーニが〝運命の勇者〟と呼ばれるように、最終的には己自身の勇者道を死ぬまで模索し続けることになる」
うららかな日差しの下。
並んで立つカギリとベルガディスの視線の先には、広大な敷地で熱心に剣や魔術の訓練に励む大勢の生徒達の姿があった。
生徒達にはまだ幼い少年少女も、高齢の者もいる。
だがその動きはカギリの目から見ても洗練されており、全員が相当な腕前であることを伺わせた。そして――
「――甘い!」
「うわっ!?」
「あう!?」
「ぴえっ!?」
瞬間。
カギリとベルガディスの見守る先で火花が散った。
「つ、強い……! さすがユーニ先輩……っ」
「私達が三対一でも全然勝負にならないなんて……」
「これが、運命の勇者……っ」
「勝負あり……ですね」
倒れた三人の勇者候補生の中央。
息一つ乱していないユーニが、静かに聖剣を振り払う。
「さすがはユーニ殿! あの三名もかなりの腕であろうに、全く寄せ付けぬとは!」
「あいつらは俺の推薦でな。今の力量でも〝士冠〟の魔物程度なら十分に仕留められるレベルだ。とはいえ……ユーニと比べる訳にはいかんな」
「ユーニ先輩! 今の私達の連携はどうでしたか?」
「凄く良かったですよ! 特に初撃の踏み込みの速さには僕も驚きました! ただ気になったのは、魔法と剣を同時に扱う時のバランスが――」
「ユーニの奴。人に物を教えるのも達者になりおって」
二人の前で懸命に訓練に励む生徒達。
すでにユーニの周囲には大勢の人だかりが出来ており、直接指導を受けている三名以外の生徒達も、皆ユーニの一挙手一投足を目に焼き付けようとしているようだった。
「しかし、ユーニ殿の人気ぶりには驚いたでござる! 勇者というのは皆あのように人気者になるのでござるか?」
「あれは〝完全に別格〟だ。連邦史上最速で勇者になったかと思えば、瞬く間に王冠の魔物を十体以上討伐……今ではユーニが遠征に出るだけで数万の魔物が地上から消える。天才などというのは、あいつのような存在を言うのだろう」
「道中でも凄さは感じていたが、やはりとんでもない御仁でござるな……」
ベルガディスと共にその光景を見るカギリは、改めてユーニがどれだけ特別な存在なのかを驚きと共に実感する。だが――
「――その通りだ。俺はこの世であの娘以上の才能を知らん。だが……そのユーニと肩を並べて戦い、あまつさえ自ら学びたいとまで言わせたお前は一体何者だ?」
「……この地の流儀に合せるのならば、〝流派、ギリギリ侍〟とでも名乗るべきでござったか?」
「流派などどうでもいい。ユーニも今さらお前から剣を学ぶつもりなどあるまい。俺が知りたいのは、あいつがお前から感じ取ったであろう〝なにか〟だ」
既に、カギリはベルガディスから感じる剣呑な気配に気付いていた。
先ほどから穏やかに談笑しながらも、ベルガディスは常にカギリの身のこなしを観察し、その心奥を探っていたのだ。
「ユーニはこの国の……いや、恐らくこの世界全ての運命を左右する存在だ。あいつがどれ程お前を信用していようと、やはりおいそれとどこの馬の骨とも分からん男に、ユーニの行く末を任せることはできん」
「ならば、ベルガディス殿は拙者に何をお望みか?」
「なに……簡単なことだ。俺とこの場で手合わせして貰おう。無論、断るのも自由だ」
二人は視線を合わせない。
殺気も剣気も放っていない。
傍目には、談笑と共に学生達を見守っているように見えただろう。
しかしその場で交わされた互いの言葉は、抜き身の刃のそれだった。
「――良かろう。その申し出、受けて立つ」
――――――
――――
――
「どういうことですか!? どうして先生とカギリさんが突然手合わせなんてっ!?」
「ヴァーッハッハッハ! 久しぶりに生徒共の前で俺の戦いぶりを見せてやろうと思ってな。こいつも喜んで協力してくれるそうだ!」
「その通りでござるユーニ殿。拙者も皆の熱の入った稽古にあてられ、ちょうど体を動かしたくなっていた所でござる! はーっはっはっは!」
「そ、そんな……そんなのじゃないって、見れば分かるのに……っ!」
突然のことに狼狽えるユーニをよそに、カギリとベルガディスは互いに間合いを取って広大な訓練用の敷地で対峙する。
事情を知らない大勢の生徒達は、生ける伝説であるベルガディスの戦いぶりを見れると知り、興奮を隠せずにいた。
だがユーニは違う。
ベルガディスとカギリ。双方の人柄を良く知るユーニだけは、両者の間に流れる空気が、模擬戦などという生やさしい物ではないことに気付いていたのだ。
「さあ、行くぞギリギリ侍とやら! 戦型解放ッ!」
「どこからでもかかって来るでござる!」
「カギリさん! 先生……!」
ユーニの不安に満ちた声が響く中、ベルガディスが動く。
ベルガディスはその丸太のような腕を天に掲げ、身の丈程もある巨大な聖剣を雷鳴と共に空から召喚すると、流れるように開戦の合図を告げた。
「我が名はベルガディス・ロッソ! 流派――不死身の勇者! 我が流派の誇りにかけて、この刃にて貴様の魂魄を見極めんッ!」
「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍! いざ――尋常に勝負ッ!」