拙者、共に歩む侍!
拙者、共に歩む侍!

拙者、共に歩む侍!

 

「すまなかった……この度の非礼、深くお詫びする」

「ベルガディス殿……」

 

 模擬戦から数刻の後。

 傷を癒やし、挨拶に訪れたカギリとユーニの前で、ベルガディスは深々と頭を下げていた。

 

「顔を上げて下さい先生……っ! 僕も模擬戦の事情を聞いた時はびっくりしましたけど、こうして何事もなかった訳ですし……」

「そうでござる! 拙者もこの通り、毛ほども気にしておらんでござる! むしろ、貴殿ほどの達人と立ち会えたことに感謝したい!」

「いや……俺はカギリ殿だけでなく、教え子であるユーニのことも完全に見誤っていた……身勝手な行いと物言いを、どうか許して欲しい」

 

 突然の謝罪に慌てふためく二人をよそに、ベルガディスは頭を下げたまま、神妙な表情で言った。

 

「たとえ一人で万の魔物を屠ろうと、たとえ一人で万の命を守ろうと。ユーニもまた人であることに代わりはない……カギリ殿に言われるまで、俺はそのことを失念していた」

「先生……」

 

 そこまで話してから、ようやくベルガディスは顔を上げる。

 その顔は先ほどまでの剛毅な戦士の物ではなく、どこか自分の娘を見る親のような、厳しさの抜け落ちた表情だった。

 

「思えば……俺はユーニに何も教えることは出来なかった。勇者の修練を始めて半年も経つ頃には、お前の力はとうに俺を越えていたからな……」

「それは……」

「な、なんと……!?」

「俺は、ユーニの師としてあまりにも力不足だったのだ……すぐ目の前に、この世界全てを救えるほどの才能の原石がありながら、俺にはそれを磨くどころか、より優れた師に預けることも出来なかった」

 

 それは、あまりにも深い悔しさと口惜しさを滲ませた声だった

 自らの両手を見つめながら、ベルガディスは静かに目を閉じる。

 

「だが……そんな俺の後悔など、ユーニの有り様にはなんの関係もない。カギリ殿の言う通り、ユーニは俺と出逢ったあの時から、常に自分の意思で進むべき道を選び続けている。元より、俺の手出しなど無用であった」

 

 ベルガディスはそう言うと、カギリの黒紅くろべにの瞳をじっと見つめ、頷いた。

 

「カギリ殿……改めて、ユーニの窮地を救い、今日まで支えてくれたことに感謝する。そして出来ることなら、これからも友としてユーニを支えてやってくれ」

「うむ! そういうことなら大歓迎でござる! しかしベルガディス殿……拙者、今の話を聞いてまた一つ〝貴殿の勘違い〟を見つけたでござるよ!」

「勘違いだと?」

「そうでござる! ベルガディス殿はユーニ殿の師として何も出来なかったと申したが、拙者はそうは思わん! なあ、ユーニ殿!」

「……っ! はいっ!」

 

 力強い笑みと共にカギリから話を振られたユーニは、一瞬目を丸くした後ではっと何事かに気付くと、まるで咲いた花のような満面の笑みを浮かべた。

 

「カギリさんの言う通りです! あの雨の日……僕は父さんも母さんも、何もかも失いました。でも先生と出逢って、拾って頂いて……それからずっと、先生は今だって沢山のことを僕に教えて下さっています!」

「お前……」

「今の僕がこうしていられるのも、先生が僕のことを大切に育てて下さったからですっ! 何も出来なかったなんて仰らないで下さい……先生はいつだって、僕の目指す勇者そのものなんです!」

「そうか……本当に、立派になりおって……」

 

 ユーニの真っ直ぐな思いと言葉。

 それを確かに受け止めたベルガディスは、溢れる何かをこらえるように上を向き、呟いた――

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「ありがとうございました……」

「なにがでござるか?」

 

 すっかり日の暮れた夜のベリン。

 無数の街灯が輝く街並みは驚くほど明るく、人通りは昼にも増して多かった。

 勇者学校を後にした二人は、大勢の人で賑わう大通り沿いを歩いていた。

 

「いえ、その……今日は、カギリさんを僕の事情に巻き込んでしまったので……」

「はっはっは! そんなもの、こうして一緒に旅をしていれば当たり前でござる! それに此度のことは、ユーニ殿の生い立ちや新たな姿を知れて拙者も楽しかったでござるよ!」

「っ……あと……実は、それだけじゃなくて……えっと……」

 

 普段通りの調子で笑うカギリ。

 しかしユーニの方はなぜかもじもじと落ち着かず、何度も何度も何かを言おうとしては、思いとどまるを繰り返していた。しかしやがて――

 

「あのっ! さっき、カギリさんが言ってくれた……っ!」

「拙者が言ったこと?」

「僕が何度負けても、何度道を間違えても支えてくれるって……そう仰って下さってましたよね……!? 僕……誰かからそんなこと言われたの、初めてで……っ」

「なんと!? そうでござったか!?」

 

 色とりどりの街灯の下。

 ユーニはそのオレンジ色の光の下でもはっきりと分かる程に頬を染め、懸命に隣のカギリを見上げて言葉を発した。

 

「なんともかんとも……あれについてはまっこと申し訳ない! ユーニ殿の気持ちも考えず、つい勢いで手前勝手なことを口走ってしまったでござる……っ」

「謝らないで下さい……! 僕は凄く嬉しかったんです……! 本当に嬉しくて……なんだか胸も苦しくて……じっとしていられなくてっ! それで、とにかくカギリさんに御礼を言わなきゃって思って……!」

「そ、それならば良かったでござる……! 拙者、ぶっちゃけユーニ殿との旅は〝はちゃめちゃに〟楽しいのだ! 拙者の方こそ、こうして旅路を共にしてくれてありがとうでござるよ!」

「あ……っ」

 

 そう言われ、カギリは珍しく照れたように答える。

 とはいえ、端から見ればそれはユーニも同じだった。

「僕も……僕もカギリさんと会えて、本当に良かったですっ!」

 

 そうして。

 二人は互いに微笑み合うと、大勢の人が行き交う街を歩いて行く。

 夜の闇の中に煌々こうこうと輝く街の明りは、二人の行く末を穏やかに照らしているようにも見えた。

 だが――

 

『――見つけた』

 

 だがしかし。

 この時、二人はまだ気付いていなかった。

 遙か天上。

 雲よりも高く、空すらも越えた先。

 無数に輝く〝星〟の中に、宿へと急ぐ二人をじっと見つめる〝目〟が混ざっていたことに――。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!