「さあユーニ殿! どこからでもかかってくるでござる!」
「いきますよカギリさん! 戦型解放――!」
まだ日も昇りきっていない朝焼けの草原。
木々を背に立つユーニの元に、天から一条の光が降り注ぐ。
「剣撃戦型――! はぁあああああああああッ!」
光の収束を待たず、一直線に飛び出すユーニ。
しかし光を抜けた彼女の姿は先ほどまでの旅装束ではなく、聖剣を持つ右手から背面までを完全に覆う、翼状の装甲を生成した〝戦闘形態〟へと移行していた。
「見事な踏み込み! しかし――!」
「受けたっ!? でも――!」
だがカギリはユーニの一撃を左手の長刀で受け止めると、即座にもう一方の短刀でユーニの胸元に鋭い突きを放つ。しかし、すでにそこに彼女の姿はない。
「――上でござるか!」
「この位置なら! 砲撃戦型!」
カギリの頭上からユーニの声が響く。
そこには聖剣の形状を〝身の丈の数倍はある巨大な長弓〟へと変化させ、纏う鎧まで射撃戦用へと特化した形へと変えたユーニが、今まさに光弾の雨を降らせるところだった。
「逃げ場はありませんよッ!」
瞬間。ユーニの構えた長弓が凄まじい閃光を放ち、撃ち出された無数の矢は星屑の弾丸となってカギリに迫る。
「なんの!」
「っ!?」
しかしカギリはまたしてもユーニの攻撃を凌ぎきった。
光弾の雨を躱せないと判断したカギリは、すぐさま短刀を空中のユーニ目掛けて投擲。放たれた短刀は降り注ぐ光弾を一直線に打ち砕く。
「くっ! 守護戦型!」
光弾を容易く破壊するカギリの一刀に、ユーニは即座に守勢に回る。
射撃用の軽鎧が重厚な全身鎧へと一瞬で組み変わり、巨大な長弓がユーニの体をすっぽりと覆い隠す〝大盾〟に変化。
さらには〝何枚もの翡翠の光壁〟が出現し、空中に鉄壁の城塞を築き上げる。
「勝機! いざ――推して参る!」
だがカギリはそれをこそ待っていた。
自身が投擲した短刀と全く同じ軌道を描き、疾風と化したカギリがユーニへと飛翔。先に投擲した短刀を自らの加速で追い抜きざまに掴み取ると、再び二刀でもってユーニへと挑みかかる。
「貰ったでござる!」
「――かかりましたね! 魔導戦型!」
「なんと!?」
空中のユーニに刃を叩き付けようとするカギリ。
しかし彼女は刃を受けるとみせかけ、寸前で力の有り様を変える。
重鎧が閃光と共に弾け、〝五つの宝珠〟を展開した法衣装束のユーニが光の中から現れたのだ。
「いくらカギリさんでも、この距離なら! 戦型奥義――相剋砲ッ!」
「ぬわあああああああ――っ!?」
その言葉と同時。
カギリの刃がユーニに届くよりも早く、ユーニの従える五つの宝珠が空中に複雑な幾何学模様を描き出す。
描かれた光陣は一瞬にして魔力を収束すると、街一つ、山一つ容易く消し飛ばす破壊の渦をその場に巻き起こした。
閃光。
そして遅れてやって来る爆風と爆音。
ユーニの放った破壊魔法の威力に、空に浮かぶ白雲が円状に砕ける。
確かに直撃した手応えに、ユーニは可憐な横顔に安堵の色を浮かべた。しかし――!
「――お、お見事!」
「えっ!?」
だがしかし。
光が収まった先に現れたのは、全身からぷすぷすと黒煙を上げながらも、ユーニの眼前で刃を止めたカギリだった。
「ふ、ふふ……フッフッフ……! さすがは……ユーニ殿……!」
「か、カギリさん……?」
「拙者の……負けでござる……! 〝ギリギリの 刃に映る 我が身かな 異国の風は 実に冷たし〟 ――ガクッ!」
「か、カギリさああああああああああんっ!?」
思わず息を呑むユーニにカギリは力なく微笑み、そのまま刃を取り落として地面へと落下していった――。
――――――
――――
――
「はーっはっはっは! 今日は拙者の完敗でござった! 流石はユーニ殿、まっこと惚れ惚れする強さでござるな!」
「ありがとうございますっ! でも、やっぱりカギリさんも凄いですよ。僕とこんなに何回も戦って、本当に毎回ギリギリバトルになるなんて……」
「拙者、ギリギリ侍ゆえッ!」
「勇者の僕が、こんなに勉強になる稽古を何度も出来るなんて……やっぱりカギリさんに弟子入り……じゃなくてっ! い、一緒に旅が出来て良かったです!」
「それは拙者も同じこと。ユーニ殿のお陰で、拙者の腕もめきめきと上達している! 感謝感謝でござるな!」
早朝の稽古を終えた後。
すでに稽古で負った手傷は、ユーニの回復魔法で癒やされている。
朝食を済ませた二人は、緑に囲まれた街道沿いを北に歩いていた。
「ところで、カギリさんはどうしてどんな相手との戦いでもギリギリになってしまうんです? 僕みたいに、なにか特別な力を?」
「そんなものはないッ! 実は拙者、赤子の頃に師によって拾われ、ギリギリ侍としての剣を叩き込まれたでござる。無論、我が剣の真髄は心得ているが、なぜそうなるのかは拙者もいまいちよく分からぬ!」
「でもギリギリ侍って、別に絶対に勝てる訳じゃないんですよね? どうしてわざわざそんな……」
「うむ! 先の手合わせでも明らかなように、拙者の力及ばぬ時は〝普通に負ける〟でござる! 勝負は時の運も絡むゆえ!」
「あの……それって、戦う相手によって使うか選べたりは出来ないんですか? カギリさんの力なら、こう……手のひらでビシバシ叩くだけでもスライムくらい余裕で倒せると思うんですけど……」
そう言うと、ユーニは隣のカギリを見上げながら、ばしばしとスライムを叩くポーズをして見せた。しかし――
「はーっはっはっは……それが出来れば苦労はしないッッ!」
「む、無理なんですね……?」
「致し方なし……拙者、生まれも育ちもギリギリ侍ゆえ……」
カギリの語るギリギリ侍の理由。
その話はユーニにとってとても興味深いものだった。
「でも、それで僕や神冠の魔物にも勝てるのは凄いですよね。世界にそんな剣術があるなんて知りませんでした」
「とはいえ、〝特異な剣〟といえばユーニ殿もそうであろう。あの空から降ってくる剣や、変化する鎧はどういう仕組みになっているでござるか?」
「あれは〝僕の気と自然の魔力〟を使って生成しているんです。この鎧の形が変わるのも同じ仕組みで――」
そうして、二人は今日も互いの話に華を咲かせた。
ユーニにとって、それは初めての誰かとの旅。
共に切磋琢磨し、気軽に会話を弾ませられる日々に、ユーニは今までにない程の充実感と楽しさを覚えていた。
だが――
『――運命の勇者ユーニ・アクアージ。マザードラゴンより救援要請。箱舟が魔物の襲撃を受けています。救援求む、救援求む』
「な、なんでござるかこの〝鉄の鳥〟は!? いきなり出てきてユーニ殿になにやら言っておるぞ!?」
「竜の遣い……!? すみませんカギリさん、詳しい説明は後でします!」
だがしかし。
それまで何事もなく平和だった二人旅も、今日は様子が違っていた。
二人の上空に突然現れた金属製の小さな鳥が、危急の報をユーニに伝えたのだ。
「戦型解放――! 飛翔魔法で一気に飛びます! カギリさんも僕に掴まって下さい!」
「承知! やってくれ、ユーニ殿!」
遣いの言葉を聞いたユーニは即座に動く。
勇者の力を発動したユーニは再び青と白の法衣を身に纏うと、すぐさまカギリと共に天へと昇った――。