「お、俺に面接を受けろというのか……!? 今ここで……!?」
「おやおやァ~? どうされましたァ~? なにやら顔色が悪いようですが~?」
採用面接。
ラナから提示されたその要求に、エクスは突然震えだし、恐怖のあまり座っていたパイプ椅子から転げ落ちる。
「だ、大丈夫ですか大魔王さまっ!?」
「じっかり……魔王ザマ……!」
「なるほど、最初から君の狙いはこれだったってわけか……まさか私とエクス以外に、〝呪い〟のことを知っている者がいたとはね」
「ノ・ロ・イ~? はてさて……ワタクシにはなんのことやらさっぱり。私はただ、CEOが自信を持ってお選びになった新しい管理人さんが、どのような方なのか興味があるだけですよ~?」
「くっ……! すまない二人とも、この俺としたことが取り乱した……!」
テトラとクラウディオに左右から支えられ、なんとか立ち上がるエクス。
しかし大魔王のたくましい体は今もまだ小刻みに震え、テトラが支える二の腕にはじっとりと汗が滲んでいた。
「大魔王さま……こんなに震えて……」
「魔王ザマ……」
「ククク……! サァ、どうしましたァ? さっきも言ったとおり、貴方にはただ挨拶してもらえばいいんですよ~? まさか、それすらもできないっていうんですかァ~?」
「お、おのれぇ……!」
挑発的なラナの言葉を受けながら、エクスはどうしても円卓の前に進むことができないでいた。
たしかに、エクスが10年前に受けた呪いの効果はほとんど残っていない。
テトラやクラウディオ――そしてこのマンションでエクスが関わった人々が、もはや彼を恐れていないのがなによりの証拠だ。だが――。
(お、俺にできるのか……? 〝世界から忌み嫌われる〟という呪いの力はほぼ無力化したはず……! だが、その状態でも俺は〝一度も採用されなかった〟のだぞッ!?)
そう。エクスはフィオよってこのマンションに拉致される直前まで求職活動を続け、そして〝落ち続けて〟いる。
(つまりそれは……俺の知らない呪いの力がまだ効果を発揮しているか……もしくは、そもそも俺の面接対策が根本から間違っているかのどちらかということ……ッ!)
もはや、呪いは言い訳にできないのではないか?
十年もの間、数千回と繰り返してきた〝エクス様のより一層のご活躍をお祈りいたします〟の壁が、再び立ちはだかるのではないか?
それらかつてのトラウマがエクスの体を縛り、両足を鉛のように重く固めていた。
「やれやれ……その様子では、とても挨拶なんてできそうにありませんねぇ?」
「……いいや、まだだよ」
だがその時。
悔しげにうめきながらも踏み出せずにいるエクスの視界に、穏やかな表情で彼に視線を向けるフィオの赤い瞳が映った。
「フィオ……」
「(おいでエクス。大丈夫……今の君には私がいる)」
「……っ!」
はっきりと言葉を交わしたわけではない。
しかしエクスには、フィオの想いが手に取るように理解できた。
(すまないフィオ……! 俺はいつも貴様に助けられてばかりだ……!)
(いいんだよエクス……これからは私も君と一緒に戦う。君を一人にしたりはしない)
フィオの想いを受けたエクスの足がゆっくりと動く。
一歩。また一歩と。
やがて円卓に座るフィオのすぐ横へと辿り着いたエクスは、そこで大きく深呼吸を一つ。
覚悟を決めた様子で目の前の理事会役員に向かって深々と一礼した。
「我が名はロード・エクス! そこにいるリンカウラ・ラナが言っていたとおり、かつては大魔王をしていた者だ!」
眼光鋭く、エクスは普段どおりの言葉を発した。
そしてその瞬間、その場に得体の知れない不快感とも恐怖ともしれぬ〝ナニカ〟がその場に充満。
それを見たラナが眼鏡の奥の灰色の瞳をぎらりと光らせる。
現れた〝ナニカ〟はそれまで静観を決め込んでいた他の役員の心に忍び寄ると、エクスに対する嫌悪と恐怖を増大させようと働きかける。しかし――。
「俺にとって、このマンションの管理人として働けるのはとても光栄なことだ。人とモンスターが手を取り合って共に暮らす社会……その縮図とも言えるこの場所で、俺は今度こそ、人々の平穏な日常と笑顔のために力を使いたい!」
「(やっぱりまだ残ってたね……私の目の前でエクスを苦しめるなんて、絶対に許さないよ……!)」
だが〝ナニカ〟が役員たちの心を覆い尽くすよりも先に、常人には見えない〝紅蓮の炎〟が〝ナニカ〟を一瞬にして焼き尽くす。
その炎の正体、それはフィオの持つ勇者の力。
今も必死の思いで声を発するエクスの手。フィオはその手をずっと円卓の下で握りしめ、励まし続けていたのだ。
「最後に……独断とは言え俺をこのマンションの管理人として選んでくれたフィオレシアと、こうして面接の場を与えてくれた理事会一同に心から感謝する。そして願わくば、俺がこのマンションでこれからも働くことを許可してもらいたい……!」
「クックック……いいでしょう。まずはお見事と言っておきますよ」
エクスの挨拶が終わると同時。
それまで黙って話を聞いていたラナが、エクスに向かって真っ先に盛大な拍手を開始する。
残りの理事会役員たちも温度差はあるもののラナの拍手に続き、無事エクスの管理人就任は認められたのであった――。